Day06 アバター

 私を含む近頃の若者は、生まれ持った肉体よりもバーチャル空間で創造した模倣電子体アバターに重ねてコミュニケーションやゲームを楽しむ。もちろん本当リアルの顔なんて知らない。会話の内容なんてどうでもいいことばかりで、家族や友人に対する不平不満、理不尽、気に入らないこと……。そういうのを共感して共通意識を持つことで人間は仲間だと勘違いする。実際は「自分こそ正しい考えを持つ優秀な人間だ」とアピールしている滑稽な大会のようなものなのに。

「夕飯ができたぞ」

「うん、今行く」

 私はバーチャル空間に接続ダイブするための眼鏡型デバイスを取り外し、現実に戻ってくる。ジェフの手料理は三つ星レストランの味を再現できるほど忠実で正確なレシピのオンパレード。食卓に並ぶ一枚の大皿にはレアな焼き加減のスライスステーキとお洒落に飾られたサラダ。栄養バランスも完璧。

「じゃ、遠慮なく」

 サラダドレッシングはサウザン。私の好みに合わせて酸味が抑えてある。

 今日も最高の食事が提供されるが、一つ悲しいと思うことがある。それはアンドロイドと「味」の共感ができないことだ。

「ジェフにも食べ物の味が知れたらいいのに」

「どうしてだ? アンドロイドにそんな機能は必要ないと思うが」

「アンドロイドが完全に自立して、人間の関係を完全に絶った時にはいらないんじゃない? 私が言いたいのは、食事の時間を誰とも共有できないことがつまらないの。特にジェフ、あなたと共有できないのは心が痛むほどにね」

「あなたがここまでの本音を明かすのは初めてだ」

 ジェフは表情一つ変えないけど、私にはその声色でジェフが相当驚いていることが分かる。

「何か方法があればいいのだけど」

「あなたが楽しんでいるバーチャル空間を、仮想現実としてここに投影するのは? 食事はあなたの模倣電子体と同様に作り出せば、そう難しいことはないかと」

「さすがジェフ。たしかに仮想現実を投影するオプションはあるけど、そこまでのサービスを利用する対価がないの」

「楽しみは後の方がいいのでは?」

「燻されすぎて老いぼれになる前には実現したいわね」

 ジェフは何だか嬉しそうに笑ったような気がした。

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