Day31 遠くまで

 私は時々、この世界は人間の力だけでは生きていけない、シロアリに食われた家のようだと思うときがある。不安だらけの社会から逃げ出すには、テクノロジーから逸脱した古い文明を守る国に移住するしかない。でも私にそんな度胸はない。両親を亡くして、アンドロイドのジェフと拾い猫のアンバーとの共同生活に慣れてきたところなのに、環境まで変わるとなると対応しきれない。――とは思いつつも、目の前に広げたフリーペーパーの旅行雑誌をぼんやりと眺めて現実逃避をしている。

「旅行に行きたいのか?」

 いつものように私の様子を覗き込むジェフ。アンバーもジェフの肩から私の様子を窺っている。

「ねえ、ジェフ。もし、こことは違う遠い場所で暮らしたいって言ったら、ジェフはついてきてくれる?」

「もちろんだ」

「あなたを生かすためのテクノロジーが無くても?」

「それは困るが、きっとあなたが何とか生かしてくれると信じている」

「そんなに信頼しているのね、私のこと」

「ああ。だってあなたは私の家族だからな」

 ジェフから「家族」という言葉を聞くとは思わなかった。ちゃんと「家族」と認識していることに気付くと、私は嬉しくて感極まった。

「そんなに悲しいのか?」

「――違う。そうじゃなくて、嬉しいのよ」

 言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が渋滞して何から言えばいいか混乱して言えなかった。でもこの社会から逸脱して、一人と一体と一匹の家族が安心して暮らせるなら、今の場所は捨てても構わない。

「ジェフ。この中ならどこに住みたい?」

 フリーペーパーを一つ一つ読み取っていくと、ジェフが満足する場所はないようで首を横に振った。

「あなたが決めたことについていく」

「それが人工物のない森や砂漠でも?」

「ああ」

 これはもう、私が身を粉にしてジェフを世話する覚悟も必要なのかもしれない。

「じゃあ私が人型人工生命体修理技師免許アンドロイドリペアエンジニアライセンスを取ったら、今の生活を全部捨てて、ここに住みたいわ」

 フリーペーパーの一枚をジェフに渡す。写真は森林地帯の中に開発されたサテライトビレッジ。目的は早期リタイアした人の新天地として売り出しているが、孫のための資産として買っている人も多いらしい。ここなら煩わしい人間関係から離れられる。

「でも、あなたやアンバーが病気になったらどうする?」

「一応、往診サービスもあるみたいだし、そこまで心配はいらないと思うわ」

「それなら、まあ」

 どのみち、人間が作り出したテクノロジーから逃げることはできない。特に衣食住に関しては完全に支配されている。だからこそ、便利で贅沢すぎる生活から逸脱して、ジェフとアンバーで暮らす旧時代の暮らしはどうなるんだろうと、少しの好奇心が私を遠くまで突き動かすのだろう。

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私の良き隣人 星山藍華 @starblue_story

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