Day03 文鳥
定期購読している雑誌の巻頭ページはペット特集と書かれていた。生き物のペットなんて機械の時代には好まれない。有限の生命より、半永久的で替えの利く生命の方がストレス無く共生できる。愛玩を目的としたペットアンドロイドは、今や一人に一匹いる言っても過言ではない。
「あ、文鳥だ。生で見てみたいなー」
雑誌には様々な文鳥が載っていて、私が特に気に入ったのは真っ白い丸々としたふてぶてしい文鳥。鳥系のペットアンドロイドはフクロウ型が主流で、その次に人気なのはインコ型。でも文鳥はこの国に縁もゆかりもない。聞いた話では東にある島国に生息していて、生でお目にかかれるのは剥製くらいだという。
「生で、というのは、生きている本物を見たい、ということ……か?」
すかさず訊ねるジェフは敬語を無理やり外す。相変わらずぎこちないが、段々可愛く思えてきた。
「そう。でもこの国で見ることはできない。東の島国へ旅行でもしないと見られないのよ」
「確かに文鳥は輸入出が禁止されている特定保護生物ランク4にあたる種類。そう簡単には見物できない」
見られないと分かっていても、溜め息を吐いて雑誌に目をやってしまう。飼いたいとさえ思うほど、目の前の文鳥に釘付けだった。
「そんなに文鳥が見たいのか?」
「たまには獣臭い生き物と触れ合うことも良いものよ。でも文鳥はこの国では見られない。だから雑誌でこの丸っこい不貞不貞しい文鳥を見て、私の心に癒やしを与えるの。ジェフにはそういうの無い?」
「私は生き物より、美術の方が好きです」
「あら意外。鑑賞専門? それとも自分で描くアーティスト?」
「創造性はアンドロイドに不要な思考。なのでプログラムされていない」
「じゃあ意地悪していい?」
「何なりと」
「この文鳥を描いて。模写ならできるでしょ」
雑誌に掲載されている白い文鳥を指しながら要求する。ジェフは私のデスクから白紙とペンシルを手に取りソファーに座る。テーブルに雑誌を置き、私はジェフの描く文鳥が完成するまでコーヒーブレイクをする。
ずっと喋っているにも疲れるので、ブラックコーヒーで喉を潤す。唯一の悲しみは、この味を共有できる家族がいないこと。でも全てが悲しいわけじゃない。人間とアンドロイドが持てる共通認識はいくつもある。今ジェフが一生懸命描いてくれている文鳥の模写もそうだ。
「こんな感じでいいか?」
十数分で完成したそれは、まさに完璧な模写。白い文鳥のふわふわした感じや不貞不貞しい表情も、雑誌から抜き出したかのように欠点が無い。
「うん。完璧なコピーね。額に入れてデスクの壁に飾りたいわ」
「こんなものでいいのか?」
「こんなものって、自分を否定する言い方ね」
「人間は模写を好まない。そう記憶されているので」
「じゃあ私は0.1%側の人間ってことね」
自分に皮肉めいた言葉を浴びせるようにジェフとの共感を仰ぐ。
「本当にあなたの思考は分からない」
「そう? でもあなたの手で生み出された文鳥は、温もりを感じるわ」
後日、丁度良いサイズの額を買って文鳥を飾る。色のない文鳥は今にもちょんちょん足で動き出しそうなほど、私は幻想を見ているようだ。
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