第九話 古代の覇王

 ​───さて、そんなこんなで五分程度は経っただろうか。

 時間はそれほど多くないのだ、こんな事に何十分も掛けていられる時間はない。


 「…という訳で!少しは自分の命の危機について、よく考えなね!!」


 そう、締めくくるように、私の背後でシナシナのミイラの様になっていたオルペに声をかければ

 「いざ行かん」と、サークルクス墓地へと足先を向け​─────


オルペ「​───ま、待ってくれ…」



 ​────えぇ…、まだ何かあるのぉ…?


アンリ「何さ…彼女スヴェッタの身に何が起こっているかはさっき説明してあげたでしょ。もう時間が無いんだよ。」


 さっき​──とは説教を含めた5分間の内だ。

 私のやっている事、彼女の現状​───そして、"王種ロード"について。


 これは保険だ。もし​───なんて考えたくもないが、私が負けた時の為の。


 少し失礼な言い様だが、木っ端程度とはいえ、彼は魔術師だ。

 私が負けた後、この村を捨てて彼らを逃げさせる程度はオルペにも出来るだろう。


 ​───可能性はゼロに近いが、彼の王都の交友関係に期待すれば、討伐の可能性だってあるかもしれない。


 ​───その頃には、彼女は既に…だろうが。



 ​───さて、話を戻そう。


オルペ「…あぁ、神話の王種ロードなんて…眉唾物の話だが、旅人くんが言うならば間違いは無いんだろう…。」


オルペ「そして、だからこそ頼みたい​─────!」


オルペ「僕だって木っ端とはいえ魔術師なんだ!…そして何より、想い人の危機なんだ!!」


オルペ「​────僕を、王種ロード討伐に同行させてくれ!!」


アンリ「​えっ、お断りします。」


オルペ「この流れでお断りされた​───!?」


 ​────いや当然だろう。流れ…なんて言うのは知らないが。

 "木っ端とはいえ魔術師"とは、私も心の中で言ったけれど、それは『村のみんなを避難させる事』を目的とした場合だ。


 もし前線に駆り出してみろ。王種ロードの防御魔術がどの程度かは知らないが、彼の魔術を当てた所で、焼け石に水にもならずに、相手にとっては露払い程度の軽い反撃で簡単に死んでしまうだろう。


 ​────悪いが、「それが望みか!よし!なら死にに行こう!」と言えるほど私は優しくない。



アンリ「​───当然でしょ。君、事態を舐めてない?」


アンリ「君の魔術の度合いは魔力を見れば何となく察しはつく。」


アンリ「通常ただ古代死者ドラウグ程度なら、まぁ何とかなるんだろう。」


アンリ「でも、相手はその上位種よりも更に格上。古代死者の中の最上位種、王種ロードだ。」


アンリ「言っちゃ悪いけど、君の魔術じゃ彼の注意すら逸らせるとは思えない。」


アンリ「​そんな一助にもならない君が来た所で、ボクの足を引っ張るだけだ。」



オルペ「​───大、丈夫だ…!僕の事は居ないものとして扱ってくれてもいい!」


オルペ「王種や、それより下の上位種には敵わなくたって、通常手の露払いくらいは​───!!」


 それを聞くアンリの瞳は、どこか冷ややかな物だ。

 「はぁ…」と短い溜息を皮切りとし、声を出す。


アンリ「君を庇う庇わないで邪魔って言ってる訳じゃないんだよ。」


アンリ「戦いにおいて…オルペ、君が邪魔なんだ。」


アンリ「それだけじゃない。今、君は"自らが死んだっていい"ような口振りをしたね?」


アンリ「さっきのボクの話を聞いていなかったの?それとも、聞くつもりが無かったのかな。」



アンリ「​──────そんな人間を、なんでボクが連れていかなくちゃならないんだ?」


 オルペは、最早食い下がる事も無く、ただ俯き、地面を向いている。


 「少し言いすぎたかな」と思いつつも、これは必要な事だし…それに、まだ立ち去っていない。もう少し釘を刺しておく必要がありそうだ。


アンリ「​───それにね、オルペ。君は彼女​───スヴェッタに好かれているんだろ。傍に居て欲しいって思われているんだろ。」


アンリ「呪いにかかった今の彼女において、そういう精神的な支えは重要な物だ。」


アンリ「​───そんな支えを失った彼女は、どうなると思う。」


アンリ「​────君は、彼女を殺したいのか?」


 これは本当の事。

 被呪者にとって、精神的な支えというのはとてつもなく重要な要素だ。

 現に、私が王種を倒せると信じてからだったり、父親ナガレさんに打ち明けてからだったり


 精神的な安定を見せてからは、(私の応急処置もあるとはいえ)平静を取り戻していた。



オルペ「​────そん、なこと…!!」


 ギリ​───!と、奥歯を噛み締めるような鈍い音が響く。

 そりゃそうだ。彼がスヴェッタを殺したいだなんて思っているはずもない。


 寧ろ、殺さない為に。そして、彼女を救おうとしている私すら、殺されない為にこういう提案をした。


 それを私が望んでいるか、そしてそれが必要なことかは別として。


 ​─────とかく、彼は優しいのだ。そして、今まで並べた合理性を排したとしても、私はそんな彼に死んで欲しくはない。


 だから、ここは辛く当たらせてもらう。


アンリ「​───そんな事。なんだ​?何を言うつもり?」


 そう、威圧する様な深く澱んだ声で言っては、一歩距離を詰め、そして、少し高い位置の胸倉を掴みあげる。

 そのまま力限りに引き寄せれば、オルペの体幹は容易く崩れ、私と視線の高さを合わせるように膝を着かせる。


アンリ「​───まさか、"そんな事思っているはずがない"だなんて言うつもりは無いだろうな。」


アンリ「​───そんな事を思っていなくても、お前の行いは、行動は、それを誘うんだ。」


アンリ「​────分かったらッ!!さっさと私の目の前から消えろ!!」


 そう言っては、掴んでいたオルペを、其の儘山の雪道へと叩きつけ

 「ふん。」と捨て台詞代わりの溜息を吐いては、視界から外し、再び、山頂へと向かっていく。


 しんと積もった白雪の中。


 ​────もう、彼が私を引き留める事はなかった。





***




 ​───​────さくり。と、地下墓地の入口。その石畳に積もった積雪を踏みしめる。


 ​静寂に包まれていたその空間において、其れは浸透する様に際立ち、広がり。

 そして、其の音は墓地の死者達を叩き起こす鐘の音となったのか。


 ​────カタカタ。カタカタ。と、骨を打ち付けるように古代の戦士ドラウグ達は徐に起き上がっていく。



 「​───ミノ、ス王、万歳。」


 「​───タウロシア王朝、万歳。」


 「​────サークルクス、ノ加護ハ、我々ニ、在リ。」



 そんな言葉を口々に、片言で呟きながら骨格に皮膜を貼り付けただけの様な、そんな姿の死者達が、片手斧や片手剣を手に取っていく。


 使われている素材​────…と言うよりも、武器に使われ、腐らずに残っているのは黒曜石と、なめされ、腐らない獣の皮だけか。


 全体的な装飾は原始的という程では無いが、旧石器時代特有の、縄の様な紋様と、古代言語がそこかしこに刻まれている。


 ​───まぁ、つまりは一般的な古代死者ドラウグというわけだ。


 言葉を口にしている…という事を除いて。

 そもそもあのミイラの様な声帯でどうやって喋っているんだ…?という疑問は尽きないが、其れは古代魔法の不思議パワーという事だろう。


 死霊術では無いが、それに近しいもの…或いはその原型プロトタイプなのかもしれない。


 だが、これで(ほとんど分かりきっていた事だが)確証がついた。


 本来は、墓から出て人を襲う様な凶暴性を持たない筈の古代死者ドラウグが墓から飛び出て人を襲い続けている理由。


 其れはひとえに、古代死者・王種ドラウグ・ロード​───────。



 いや、"古代のアーテナイト覇王 ミノス"が原因なのであろう。


 蘇った理由も、その目的も不明ではあるが。


 だが、それは間違いなく、人を害すために行動し、そしてその行動には、統率を行えるだけの"知恵"がある。



 ​─────現に、"古代の覇王"の​───


 ​────その刺し貫くような"敵意"が


 現に今、五本の黒曜の刃となって、私に刺し向けられているのだから。


 「​────カタ、カタカタ。」


 「​────ミノス王、万歳。」


 上顎と下顎の骨を打ち付け、鳴らすような音を混じらせて放たれた言葉。


 「​─────来い!」


 それを合図として、長い一夜の戦い​───


 その火蓋が切って落とされたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る