第十七話 本領発揮

 ​───足先の殆どを地面の中に突っ込む程の威力で、私を地面を蹴りつける。



 最早余力を残す必要など無い、それどころか、そんな事をせずに【短期決戦】で終わらせにかかる戦い方の方が、先程の賭けの勝利に価値を見出せる。




 肌がビリビリと震える程の、大地の絶叫が響き渡る、その轟音に跳ね上がる砂々の内を突っ切っては、その音の原因​────既に、ミノスの近くにまで接近していた私が、その首を狙ってフロベルジュを横向きに振り切る。




 「​────温いわッ!!」





 " ギ ィ ン "と、再び肌の毛を逆立たせる程の轟音。

 大剣フロベルジュの燻る橙刃は、然し振り抜かれる事無く、標的である首の直前で止められている。



 アンリの持つ人間離れした膂力を止めているのは、当然ミノスの宝剣クラウ・ソラス




 視線を交差させる者達互いの力が、ギリギリと火花を上げる刃を媒介としてせめぎ合うことコンマ数秒。




 「【輝剣クラ​──「【炎剣フロベルジュ】!!」





 宣言と共に吹き荒れかける漆黒ミノスの魔力、然し放たれかけたその宣言は封じられるように、解放された灼熱の炎によって止められる。




 轟々と、薄暗かった地下聖堂が暖かなオレンジの色彩に染め上げられる。

 その色彩を放つ元、フロベルジュの刃は其の儘近くに存在したミノスの右顔部をその揺らめきによって即座に泡立てるように溶かしていく。



 「​───ぬゥ゛…ガ、…ァ゛ ア゛ ッ!!」と、苦悶の声。


 皮肉を、頭蓋を焼き尽くす炎を遠ざけようと、ミノスはそのまま、手を伸ばせば触れられる程の距離にまで近づいていたアンリの腹部に右肩膝を突き出した。



 だが、苦し紛れのその一撃を許容するほど、アンリという少女の積み上げた堅実な、そして狂気的なまでの積石しゅぎょうは軽い物ではなく。




 それを【紫水晶】纏う足で受け止め、そしてその魔力は瞬時に姿を変えては、薄く纏われたミノスの防護魔法を突き破っては中へと侵入していく。




 「​───爆ぜろ【呪巣】ッ!!」




 「しま​────ッ!」





 少女特有の甲高い声に似合わぬ、恐ろしき文言が聖堂内を木霊する。

 それをかき消すように、「ぼこんッ」と肉が無理やり膨らまされる、背筋の粟立つ様な音を響かせて、数秒の猶予なくミノスの右肩膝は骨を残してする。



 自身の強力な魔力が災いしたのか、その爆発の威力は尋常ならざる程の物へと変化しており、その骨すらぼろぼろに、触れれば落ちそうな程にやせ細り、脆弱化していた。




 然し、爆ぜ吹き飛んだ大きな肉片の一つが一瞬、アンリの視界の左下部分を覆い尽くす。



 それを知ってか知らずか、ミノスは右手に持っていた剣を一瞬手離し、其の儘少女の小さな顔面を殴打する。



 岩を砕く鉄拳はアンリがミノスを見、纏い出していた防護目的の魔力を、薄いガラス板の様に粉砕し、そして骨を軋ませる鈍い音を立てる。




 その負荷に、鍛えているとはいえ少女の軽い体が耐えられるはずもなく、地面に何度も打ち付けられながら、その体を向かい側の壁にまで、風を切る程の速度で飛ばし、打ち付けられる。




 ​───余りの物理的衝撃に、聖堂が驚いた様に揺れている。



 「​───ぁ゛…ぐ…っ…!」



 上手く動かない顎関節を無理やり駆動させながら、歯を食いしばり根性で固定する。



 どうやら、私の戦士としての本能は剣を手放さなかったらしい。



 右の手に強く握り締めていた高級ななめし革の感触でそれを確かめては、その先の波打った刃に視線を移す。



 「……間に合わなかったか、まぁこれくらいなら許容範囲…。」



 波打った刃の一部、先程ミノスの持つ剣​─────【クラウ・ソラス】とか言わていたか。あれと鍔迫り合いを演じていた部分の刃が、そのままあの刃を食い込ませたように欠けている。




 …本当に、そのまま食い込ませたかのようだ。私の剣は粘土ででも出来ていたのか?と笑いたくなる。



 ​────一瞬、緩みかけた気を戻す。実際の所を言うと、彼の剣、クラウ・ソラスも魔法具だろう。



 魔法具であらば、私のフロベルジュの炎と同じく込められた【魔法】があるはずだ。

 そしてこの独特な刃こぼれに、先程私が受けた、一切歯止めの利かぬ滑らかな斬撃​────。




 ​─────もう間違いないだろう。あの剣に込められた魔法は【絶対切断】。




 触れた物全てを切り裂く斬撃!




 そう確信を得た瞬間、前方にとてつもない魔力の収束を感じる。




 ​─────しまった、魔法の行使!





 「【渦巻く氷竜】​───。」





 ドス黒い魔力を収束させたミノスがそう宣言する。

 次の瞬間、私の頭から足先までの全身が、私を構成する全ての感覚が、としてこれでもかという【危険信号】を発する。



 ここに居ては、絶対にマズい!!



 そう思う暇もなく、私の体は転がるように右へ移動していた。

 ゴロゴロと惨めに回る最中、元々私の居た場所が、横向きの白い竜巻に突き刺される様に、文字通り【消失】しているのが見えた。



 先程私を受け止めた硬い石壁のあったはずの場所には、今はハリケーンの通り過ぎた後の様に、虚空が拡がっていた。



 ​​────再び、漆黒の魔力が、私の方へと空いた片手を向けているミノスの元へと集中し始める。



 「【渦巻く氷竜】」




 ​─────って、それ連打できるのズルくない!?古代魔法はインチキか!?


 そう仕方の無い事を思いながらも私は慌てて起き上がり、そして流れるように身を飛びあがらせて回避する。



 その時に地上を見やるが、既に、先程まで私の居た床は消し飛んでおり、黒々とした地中を覗かせていた。



 「​────…〜〜…!」




 あれを連打させるのは、奴に好き勝手させるのはマズい​───!!それに奴には解放した【クラウ・ソラス】の一撃もある。


 もう一度、近距離戦へと持ち込まなければ…!!






 そう決心しては、上斜め後方に、そのままの魔力を吹き上げる。

 魔力は其の儘霧散するも、その際に生じた反作用によって踏ん張りの効く地面へとすぐ様戻りながら、同時に前へ突き進む。




 「​───させん!【渦巻く氷竜】!」




 当然、近づかせては不利というのは彼も理解しており、近づかせんと今回は私狙いではなく、私と彼を直線上に繋いだ際の地面に威嚇として魔法を放つ。




 私はそれを見れば急停止し、其の儘立ち止まることはせず、されど距離を詰めることも出来ず、距離を一定に保ったまま、右へ左へと、無秩序に右往左往だ。




 ​───場面の硬直。だが、私の体力が尽きれば、その隙を【古代魔法】か、【クラウ・ソラス】の一撃できっと狩られる。


 それに、彼は今も尚、顔と膝の再生を続けている。私が言えた話では無いが、不正チートじみた力だ。



 …場面は依然不利。であれば、新たな風を吹かせるしかない。





 「…すぅ。」と深く息を吸い込む。



 ​───同時に、湿っぽく、しかし何処か、噎せ返る程に甘ったるい、そんな臭いが周囲に充満する。





 「​───【権能行使】。」




 「遂にか​───!」そういう様に、ミノスは空洞のような目を見開いては、宝剣を握り倒した。


 そうかい、見たけりゃ見せてやる。






 「​────【魔蟲術】!」

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