第三十三話 前夜

 ぱらぱらと、無数の光を散らしながら、屍人と光の奔流は昏い夜空に消えていった。



 ふぅ、と一息つけながら、私は、硬直しきった手を空から下ろす。

 ​───威力は百点満点を飛び越えたせいで70点。今回みたいに空中に逃げた相手とかならまだしも、人里でろくに撃てたものじゃない。範囲も同様。


 さらに言えば──────今、私の腕は動かない。【魔蟲術】で散らせることも出来ないみたいだ。



 呪術で腕自体を一時的に反動か、感覚が完全に麻痺してる。



 …つまるところ、かなり使いにくい。

 でも、威力は確実に私の中でも、他の技と比べて断絶していると言えるほどに格別に高い。



 総評して言えば、【最後の一撃フィニッシュブローを確実に決める為だけの一撃】と言ったところか。




 そんな総評を済ませたところで、あの老婦人をどこかにやってきたのか、手ぶらとなったモラグがこちらへと近づいてきていた。



 「あっ、モラグ。彼女​────あのご婦人はどうしたの?」



 『治療し、そしてここいらの記憶をした後、あの家に返してきたわ。…さすがに目覚めれば困るゆえ、荒れた家を片付けることは出来んかったがな、そこは自分か、家の者の手でも借りて後始末をしてもらう。』



 今回の場合は良いんだけど、なんか今、すごく怖いこと言わなかった?



 「記憶の処置…消したってこと?そんなことも出来るの?」



 『遠回しな言い方をした余も悪いが、聞き返すほどのことか?……まぁ、分かりきった話とはいえ、答えるとするならば、その通りよ。厳密に言えばここいら1時間ほどの記憶を消させてもらった。…まさか責めまい?』



 腕を組み、上目遣い​───と言うよりかは睨むようにこちらを見てくるモラグ。

 …なんかだんだんと私への対応が雑になってきている気がするが、私もモラグの扱いは雑にしているので口にはしない。



 「そりゃね、今回は…いや、今回もか。モラグには助けられてるし、記憶を消すって聞けばちょっと怖いけど、それも使い方次第だよね。」



 『ハッ!悪魔の所業を随分と簡単にまとめるな?それも己が英雄を目指しながら、【呪術師】であるが故か?』



 「かもね。」



 『​────クフ、そうかい、生意気なヤツめ。』




 小さく笑うモラグだが、すぐに「そうだ」と、何かを思い出したようにこちらの顔に再び視線を向かせる。



 『お前、呪術とはいえ、まさか【達人】等級の物などいつの間に扱えるようになっていたのだ。』



 『あの爺の家にいる時でも、余が眠る前までは、【熟練】が限界であっただろう』と首を傾げるモラグに、私は「ふふん」と自慢げに鼻を鳴らすようにして言葉を返す。



 「実はね。君が眠ってから、旅に出るまでの2ヶ月くらいでやり方を覚えたんだよ。」



 「とはいえ、魔力量自体が足りなかったから、ミノス王を倒して、存在規模が大きく増えるまでは満足な威力で扱うことは出来なかったんだけどね。」



 『なるほどのう…』と頷くモラグ。



 『ならまぁ、良いであろう。』



 そうやって、嬉しげに笑う悪魔。

 いつもなら、どこか不気味に感じる彼女の笑みだが、此度のその表情は、本当に母のように柔らかなものに思え、だからこそ、私は不思議になって問い返す。



 「…?いいって、何がさ。」



 『余の想像の余地を超えて、お前は成長していたという話よ。』



 「…それで?」



 そこまで言えば、もう一度モラグは『ふっ』と笑って、『まぁ明日の戦場では使だろうがが、余の【秘奥】を教えてやる​───────』と言って、アンリの耳元へと顔を近づけるように小さく浮き、そして“ぼそり”と一言、彼女に言葉を呟いて




 『​────。……こんな物、余は、本当に信頼でき、そして期待している者以外には教えん。…強くなれよ、アンリ。』



 どこまでも優しげな、母の声でそう呟いた。




***




 ​───【ハデス】からの帰路、モラグより囁かれた密言を聞き終えた私は、雲ひとつない(私が吹き飛ばした)星空の下、大通りを歩いていた。



 淡い桃色の髪の少女は既に隣に無く、私の胸───正確には心の内側で、いつも通りダラダラと横になっている。



 暇になった私は、人のいない、尚且つ景色の殆ど変わらない通りから意識を外し、内側のモラグに語り掛ける。



 「​───ねぇモラグ、気づいた?」



 『あ?主語が足りん。何がよ。』



 「あの屍人の行動だよ。​────あいつの最後の行動、おかしくなかった?」



 『あぁ〜​────?最後の行動と言えば、逃げ…​─────逃げたな、あの。』



 「うん、やっぱりおかしいよね!?…不死者は理性も知性も残ってない、古代死者ドラウルみたいな使命のある例外を除いて、捕食本能の塊みたいな存在なのに!」



 『…​───そうよなぁ〜…、それで?何が言いたいのだ。』



 「絶対に…!…絶対に居るでしょ、死霊術師飼い主​────いや、吸血鬼あいつが…!!」



 ぎりっと、道端で奥歯を噛み締めるようにして、を思い出しながら、私は歩みを進める。



 その場にあれがいる訳でもないから、特に行動を起こせる訳では無い。

 だが、その表情を顰めるのも、額を青筋で染めあげるのも、奥歯を痺れるほど噛み締めさせるのも、抑えることは出来なかった。



 そいつの影を感じただけで、私は今、激情に支配されている。



 そんな、暗い感情に包まれている私に対して、モラグは『そんなに吠えて、また出会った後にプルプル震えても知らぬからな〜…?』と、どうも飄々としている。



 「…しないよ、君が諭してくれたんじゃないか。………というかモラグ、君本気で聞いてる?私がどれだけ、あいつを許せないか、あいつを憎んでいるのか、君は知っているだろ。」



 『おう、知っとる知っとる。お前が床につくたびに、目から覚める度に、お前がどうやってセイルとか言うガキをかを、呪詛のように聞かされた。』



 嫌味のように言うモラグだが…これは、私の言った言葉だ。セイルは私が殺した。それは、もう覆しようがない。

 だから私はあの吸血鬼を、ひいては新秩序を倒して、せめてもの罪滅ぼしをしようと言っているのだから。



 そんな鬱屈した感情をふつふつと滾らせながらも、私は冷静に言葉を紡ぐ。



 「…そうだね、だからこそ、今私はこの話を始めたんだよ。あの吸血鬼が、ここに…!…このロートに居るんだって!…やっと、やっとわかったんだから!」



 『これ、ニヤニヤするな気色が悪い!……というか、真面目に聞けと言われてもな。わかっていた話であろう?』



 『別に死霊術師に操られている証拠があろうとなかろうと、あの正体不明の、少なくとも、確認されている限りでは奴しか率いておらんらしい屍人が出た時点で、間違いなく奴もいるであろう。』



 『野生でうろちょろしとる魔物を教会が今日の今日まで見逃すと思うか?』と、馬鹿を見るようなジトッとした瞳で私を見ながら、諭すように言うモラグ。

 その通りだけど気に食わない。



 『うむ!そんなことよりも、余はこの先の宿の飯の味が気になるぞ!』



 ​───その通りだけど、気に食わない…!




***




 モラグの言葉に拗ねた私が黙りこくれば、『ようやっと黙ったか、さっさと歩け。余は足が痛い』と言ってまた寝転んで、次は寝息を立て始めた。(「君は歩いてないだろ」と思うけど、言えば3倍にして返されそうだから言わなかった。)

 そうして、そのまま再びの沈黙が拡がった。



 そうして着いた宿泊施設は、大きめの木造建築。

 この古都で1番大きく、そして色んな意味で宿 【アスカラポス】。



 この宿は冒険者組合​────その大本の太陽教会と深い繋がりがあるようで、コロッセウム(司祭)がこの宿の大部屋を、今日の宿として手配してくれたらしい。



 最上階の角部屋。ふっかふかで白く綺麗な大型のベッドが2つ程、化粧棚もこれまた2つ程あった上でもなお広い広間に、御手洗と、広いとは言えないながらも狭くは無い浴場、そしてバルコニーが着いたかなり贅沢げな部屋。



 モラグはそれを見た瞬間、実体化してはベッドの上で跳ね回ってた、悪魔という種族は成長せず、永遠に子供なのだろうか



 『なーーーにを他人事みたいに言っておる!!お前も跳ね回っとっただろう!しかもお前はベッドから床に落ちておったであろう!!』



 私はまだ子供だからいいの!



 ​───コホン、まぁそんな部屋で、更には時計の針が更に進んで、酉の時を半刻ほど過ぎた頃。

 コンコンと扉が叩かれて、楽しみにしていた料理が運ばれてくる。

 結論から言えば、期待通り、いやそれ以上の美味しさをしていた。



 頬っぺたが落ちるほど美味い。というのはあぁいうことなのだろう。

 まず肉が本当に柔らかい、スカイの用意する謎肉は硬すぎて泣きそうになったが、これはむしろ柔らかくて、噛むより前に舌の上で蕩けるように足が染み出して、反対の意味で泣きそうになった。



 それにシチューは豊かな牧場で駆け回る牛が脳裏に浮かんでくるくらいに濃厚で、その具材もゴロゴロと多く、質も量も最上だ。



 つけられたパン。これまた柔らかい、そしてサクサクホロホロと、調度良い温かさで、他の料理を食べる食指を勧めてくれた。



 最後にデザート。初めて見るもので少し警戒したが、モラグが言うに、これは【アイスクリーム】というらしい。

 牛乳、卵黄、そして高級食材である砂糖に、これまた初めて知ったものであるが、【生クリーム】を材料に、色々な工程を踏んで作るそうだ。



 簡単な料理以外に疎い私にはよく分からなかったが、とにかくすごい料理らしい。



 結論で言えば、すごく美味しかった。

 柔らかくて、果実みたいに甘い氷みたいな、そんな味。表現しづらいが、私はこれがすごく好きで、1番の好物になってしまった…。



 『っはぁ〜…アンリよ、お前、生まれの割に金のかかるやつよの…』というのはモラグの談だ。



 …今お前私の故郷のこと馬鹿にしたか?お?





 そんなこんなで最上級のもてなしと宿で過ごして、そしていよいよ寝ようとした時に、唐突にモラグがバルコニーの方へと歩いていき、そして私をちょいちょいと手招きした。




 『こっちに座れアンリ、星が綺麗だ。』




 などと言って。

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