第三十二話 夜を焦がすは紫晶の光
───長く、そして波打つような
対する屍人は、何をするでもなく、動き回る私の動きを目で追いながら、過剰な程の動きで呼吸を繰り返し、その表面の肉を“蕩け”させている。
見れば見るほど不気味な見た目だ。どうやってその人型を保っているのか不思議でしょうがない。
まぁ?断じて恐れてなどいないが。
『…戦闘中にする話でもあるまいが、やはり先に来ておいて良かったな。魔力だけが強さという訳でもないが、だが、少なくとも
「そうだね、同感。それに────彼も、アヴェスタも、私の復讐の事を知らない。もし知られて、それが良い
『ハッ!先程まではブルブル震えておった奴がよく言うわ!』
「…ここは素直に肯定してくれた方がありがたかった────かなっ!!」
───長い膠着状態。不死者の様な単純な頭の出来でも、慣れや飽きという感情があるのか、寧ろ単純だからこそかは分からないが、一瞬、屍人の瞳が私ではなく、私の影を追うような状態となり、つまりは、一歩、遅れる。
その隙は見逃さない。私は大地を、そして大きな墓石を足場に蹴っては、即座に屍人との距離を詰め、空中から、老婦人を持つ右腕に繋がる肩を縦に両断。
そのまま、離脱と彼女の安全確保も兼ねて、唐突な状況変化に困惑する腐れ屍人の背を再び蹴り飛ばす。
「───モラグ!!彼女の回収は頼んだっ!」
『あいわかった。…全く、お前も悪魔使いの荒い奴よな!…そんなお前も、また愛してやるしかないのが、母の悪い所なのだが…♥』
くどくどと長い台詞を吐いているモラグではあるが、その動きは舌の動きと同じように俊敏だ。
私から現れて、すぐに、宙を舞う傷だらけの老婦人をお姫様抱っこの態勢で回収すれば、そのまま墓石伝いに、すぐ大通りに繋がる路地あたりにまで撤退していく。
「ナイスモラグ!!…そっちがそんなに働いてくれたんじゃあ、このドロ面野郎を、ボクも直ぐにぶっ飛ばしてやらないとね!」
態勢を立て直そうとする黒い屍人。
それを許さないと、私は腰に刺した片手斧を、魔力を込めて屍人の頭部へ投擲。
しかし、続く連撃を止めんとする腐れ屍人は、口を大きくかっぴらき、飛来する斧に、粉砕する程の勢いでその剥き出しの、二列の歯列を叩きつけて止めんとする。
歯によって上下から押え付けられた斧は、その老朽化による劣化が原因か、或いはあの不死者との打ち合いが直接の原因か。
“ ばきん ”と、金属に悲鳴を上げさせて、その刃を覆うようなヒビを映し出す。
表情も、思考も無いはずだが、何処か自慢げな様相を浮かべる屍人。
そのまま、投擲終わりの私へと飛びかからんと────「弾けろッ!」
響き紡ぐは、呪いの宣誓。
屍人の口内にて、強烈な金切り音を上げながら斧は弾け、その仕込まれた魔力によって、紫晶の光が溢れ出す。
「─────【呪巣】!!」
“ ぱん っ ”と、何処か珍妙な音を立てながら、魔力を過剰に注入させられた屍人の頭部は、その溶ける表皮や剥き出しの筋繊維から、無数の紫光を溢れださせ、そして、大きな爆裂を引き起こす。
その衝撃は自身から生じた爆発でありながら、腐れ屍人を後方に浮かせるほどの威力を誇り───────。
そして、宙を舞う屍人の首に叩きつけられるのは、波打つフロベルジュの刃。
いつの間にやら、再びの接近を見せ、そして振りかぶり、振り下ろすという動作を終えた、アンリの斬撃だ。
【物を断ち切る】ということに、魔術という方向からではなく技術から特化させたその造形は、存在規模や魔力などという超常の介入はあれど、ただの人体に過ぎぬその首をいとも容易く断ち切って、半ば半壊した頭部と胴体を、宙に飛んだ状態で分断させる。
そのまま、断ち切られた肉体。ふたつの黒い、腐敗した肉塊は、そのまま慣性に従ってスライドしたまま、重力というまた別の力で地面により叩き落とされるだろう。
音と小さな砂埃を立てながら土の地面を滑る腐れ屍人。それは、依然、刺激の強い死臭と腐敗臭を上げながらも、これまでとは違い、動くことも、起き上がることもない。
蕩け、元々傷だらけ出会ったはずの肉体は、しかし頭部を吹き飛ばされ、首を切り飛ばされるだけで、動きを止めた。
───。…呆気なく、終わった。
あの悪夢が、恐怖が、こうもあっけなく──ほんとに?
────確かに、私は今肩を上下させて、思った以上に疲れている。
でも、それはきっと精神的負荷が原因であろうと、私は自覚している。
それほどまでに、この戦いは呆気なかった。
だから悪いとは言わないが、あの婦人が居なければ、おそらく見やる時間もなくもっと超火力───それこそ、フロベルジュの炎やあの呪術で吹き飛ばしていたことだろう。
「───まぁ、いいか。」
…こんなことを考えても、仕方ない。今やるべきことはなんだろうと冷静に考えて、私はその屍人の死体へと近づいていく。
魔力の残穢やこの生物の持つ何らかの情報、それを調べて、少しでもこいつがどうやって現れたか────あるいは、誰が使役しているのかを調べないと。
「…魔力が残ってるなら楽だな…でも、臓器やらなんやらが形跡になってるのなら面倒かも、ギルドとか…あとは太陽教会に持っていかな─────。」
“ ぞっ ”と、背が粟立った。
私の中の、度重なる戦闘と、死への接近が作りあげた“命綱”と言うべきものが、舐るように触れられた。
───まずい。これはそう、あの時並。ミノス王が魔法具を解放して振り下ろした、繰り出したあの一撃並みに────!!
ぎゅんと高速回転する思考、それによって出した結論は、或いは、私の肉体が選んだ直感は、【首を右に傾げる】事であった。
その瞬間、私の左頬を波打つ“白の刃”が裂く。
たらり、と切れた皮から暖かい血が流れるのを肌で感じさせられることで、私は、先程まで自身が死の崖際に立たされていたことをありありと見せつけられていた。
「───ハッ、…しぶといね、君。」
状況的に目の前に居るのは、1匹の屍人────先程、私が仕留めたと勘違いした屍人と全くの同個体だ。
そのはずなのだが、明らか、その容姿が違っている。
右腕は肘から先を、剥き出しの骨を渦巻かせるようにして“波打つ刃”を形成。
そして、その頭部は存在せず、代わりに、背にはボロボロながらも巨大な、胴体の1.2倍はありそうな大きさの翼が生えている。
翼の理由は分からない、だが、その右手を見れば分かる。
「──…それは私の武器なんだけど、君に真似されるのはちょっと不満かな?」
…イカれた生命力と再生力なのは見ればわかる、だがそれ以上に、コイツは進化する!
それも、
くっ、こんなの
…
……
………
────なんてね。斬っても爆発させても再生する相手。
そんなの、既に想定済み。
まぁこっちのモノマネをしてくるって言うのは予想外でも、それでもだ。
そもそも、既に傷だらけの、死体というより肉でできたスライムみたいな見た目の屍人に物理攻撃がまともに効くなんて思っていない。
だから私は、君があの村を襲って、私のみんなを殺したあの日から、どうやって殺すか考えてた。
そして、思いついたんだよ。
「──…まぁ、想定内だし?調べ物は出来なくなるにしろ、むしろありがとうって感じかな?…だって、ずぅーっっ……と、考えてたんだよ。」
「君をどうやってぶっ倒してやるかを。そして、やっと思いついた。君の倒し方。」
「それを試させてくれるって言うんでしょ?さぁ、来なよ、ぶっ飛ばしあげ────って、あれ?」
余裕たっぷりに、あの暗澹とした思いで眠りを重ねた夜に耽りながら、私は言葉を積み重ねる。
そんな私を尻目に、その屍人は、大きく翼を広げ、そして、既に日は沈み、夜闇に包まれていた空へと駆け出す。
つまりは、逃げ出したのだ。
「───逃げ出した…?…まぁ、けど、それは悪手」
そう言っては、私は直立した体勢のまま、段々と小さくなっていく黒い影に、人差し指と中指、その二指を立てた右手を向ける。
「君をぶっ倒す方法。それは─────」
───視覚でも、触覚でも分かるほどに立ち上り、高まり、濃縮され、そして噴き出す
ビリビリと震えるその魔力の高まりに墓石はどうどうと震え、そして、少し離れた路地でその様子を見ていたモラグでさえ、虚をつかれたように目を丸くし、その様子を眺めている。
───その莫大な魔力を、全て、全て指先に。
「────君を、ぶっ飛ばす方法。それは!!」
「再生する細胞も残さないくらいに、粉々に吹っ飛ばすことだ!!!」
───“ キィ ン ”
“ ドン ッ ”
「──────吹き飛べ、【大呪砲】!!」
魔力の高まりが極限まで達した時、一瞬、世界はその紫光に引き込まれ、そして全ては“無”に染る。
音も、景色も、何もかもが白く染め上げられたその数秒の直後。
地の割れるような爆発音と共に、空に広がる夜が焦げた。
既に日暮れ後であると言うのにも関わらず、空は一瞬、太陽が戻ってきたとでも言うように、白と熱に染め上げられて、焼き尽くされた。
そしてそれは当然、空へと逃げた屍人もまた同様に焼き尽くし…
空に残るのは、満点の星空のような、無数の魔力光の残留だけ。
それは旅人アンリが持つ最大火力。
スカイの教えた、今のアンリに扱えるであろうという最高の呪術。
呪術の中でも珍しい、対象の肉や魂に縛られない、自身の肉体を銃身へと改造し、そして単純な魔力を凶器として撃ち放つ技。
その呪術の名を、達人呪術【大呪砲】。
夜を焦がした、紫晶の光。
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