第十二話 太陽教会司祭 アヴェスタ

 ​────じり。と、その少女の纏う異様な雰囲気に、思わず後ずさる。


 それに対し、夜闇を直接切り取ったかのような真っ黒い装束をした少女は、その可憐な見た目にふさわしい、可愛らしい動作でこてんと首をかしげさせる。


 ​────だからこそ、その少女の周りや部屋の隅に、積み上げられた様に転がる数十体の古代死者ドラウグの上位種と、少女の座る巨大な──3mはあろうかという巨大な槌。

 そして、先程から私の鼻をつきあげるように臭ってくる、鉄臭い血の香りが異質に思えてくる。


 広がる静寂、それを打ち破るように、少女は口を開く。




 「……ん、ここ…の人、だよね…?」




 ​────何よりも、この少女は私の数段、いや、それ以上に強い​────!


 ぶわり。とあまりの緊張感に、【存在規模上昇レベルアップ】の時のように汗を吹き出させながら、斧を握り込む私を見ては、少女は、これまた可愛らしい、花の咲くような笑顔で、笑いかける。


 「……ん、大丈夫。痛いことはしないよ。落ち着いて。」


 ───すとん。と音を立てるような軽い動作でありながら、地面の石畳から軋むような、あまりにも鈍く重い音を立てては、少女はその槌から、地面に飛び降りる。

 何も反応を見せないあたり少女にとっては、それが日常なのであろう。


 足裏と地面に挟まれた砂粒や肉片が弾ける、奇っ怪な足音を立てながら、少女はこちらへと近づいてきている。


 ​───その身長は私の肩あたりだろうか。


 ニッコリ、と微笑む顔を、深い翡翠色の瞳を眺めていると、緊張ごと、思わず意識が吸い込まれそうになってしまう。


 ​────だが、そうはならない。

 近くに来たからこそわかるのだ。この少女の、血なまぐさい、噎せ返るほどの濃厚な魔力に!


 そんなことを考えながらもその顔を眺めていては、少女は少し、微笑むようにしてこちらへと両の手を伸ばす。

 それだけの動作に、「ぶわり」と、先程から酷使している全身の毛穴から汗が吹き出る。




 …化け物これの不況を買うな。まずは質問に答えなければ…!!

 無理やりに、固まった筋肉を総動員させ口を開く。


 「……ここ…の、…人間…では、無い…ね…っ!」


 詰まりまくって、吃りは抑えられていない。傍から見れば「数週間遭難でもしていたのか?」と思われるほどの疲労困憊具合だろう。

 だが、今は上出来だ。これ相手に話せた時点で、私は私を褒められると思う。



 「…ん、そう…なんだ。…でも、大丈夫?しんどそう、なら…お話、聞くよ?」



 私が口を開けた段階で少女は手を止め、その場で立ち止まる。

 そして言葉を言い終わり、過呼吸で膝に手を着いた私と対すれば、感情の読めぬ表情と声色のまま、少女は囁くようにそう告げる。



 「…は、はは、滅相もないよ。君みたいな可愛い子の時間を取るほどの用事はボクには用意できないさ。」



 一度口周りの筋肉を動いたのを皮切りにスルスルと動き始めた口を、むしろ、いつもよりも饒舌にも回らせる。

 それを聞けば、少女はニンマリと笑う表情を変えることなく、「フフ。」と笑い



 「…ん、ありがとうね。お世辞…でも、嬉しい、よ。」


 「…でも、気は使わなく…て、大丈夫…だよ。……おはなし……むしろ、聞きたい…んだ。」



 囁くような少女の口ぶり、変わらぬ声色だが、私はそれに有無を言わさぬ何かを感じる。

 …この少女の存在を知らないが、そもそも何者であったとしても勝ち目はない。

 なら、素直に話した方がいいだろう。それに、これほどの強者なら、ミノス王についても何か知っているかもしれない。



 「……じゃあ、折角だし、お言葉に甘えようかな。」


 「…ん、それがいい…よ。」



 少女は表情を変えずに、優しげな囁きのまま相槌を打つ。



 「…​───君は、この"下"から来たんだよ…ね?そこには、何かいた?」



 上から​─────私と同じ通路で来たのなら、古代死者があんなにも残っているはずがない。

 全員、物言わぬ、半壊した骸として路傍に散らばっていた筈だ。

 それを聞けば、少女は顎に手をやり、数秒考える動作をした後に、「あぁ」と手をぽん。と打ち



 「…ん、聞き方に無駄が多い。ミノスの事…だね。」


 「…君、の標的…は、彼、なんだ……。」


 「​────殺したい、…んだね。ふふ」



 そう、情報を味わうようにして少女は頷く。


 …質問をミスったか…?

「ごくり」と固唾を飲みながら、彼女の続ける言葉を待つ。



 「…​───…ん、良かった。…やっぱり、君は、ここの…子でもない…し、私…の、味方。…知ってた…けど、ね。」



 「ふふ」と鼻を鳴らすようにして、少女は(何故か)自慢げに呟く。

 そして「…ん、聞きたいのはそれだけ?」と、口ぶりに反して続きを期待する様な声色でそう尋ねてくる。


 ​────反応的に、「敵では無い」という言葉に嘘は無いのだろう。

 「やっぱり」だったり、「知っていたけど」などといった訳知り顔で意味深な言葉には少々引っかかるが、彼女が話さない以上は、そこを無理につつく必要は無い…と思う。

 必要があるなら、彼女自身の言葉を待った方がいい。


 そして、質問を求められているか。​─────私としては、彼女に聞きたいことは割とあるのだ。


 彼女の口ぶり、そしてこの部屋の惨状からして彼女は古代死者ドラウグ…ひいてはミノス王の敵だと考えていいだろうし、私の味方であるならば、情報を引き出しておいて損は無い。


 だがまぁ…先ずは。だ。



 「​───…そっか。なら、まず初めの質問。」


少女「​────ん、どんと来い。」


 「私はアンリ・パラミール!ただの旅人さ!…君の名前、教えてよ!」


 ニッコリ、とはつらつな笑みで尋ねる私を見れば、彼女は鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をして立ち尽くし、そして…



 「……ん、…ん…??…え、ぇ…っと、…どうして、そんな…こと?」



 おかしな質問だ。私も自己紹介について理由を考えたことがなかった。

 だから、顎に指を当てては、考えながら言葉を紡いでいく。



アンリ「…どうしてって…、まぁ…聞いて、友達になりたいから…かな?」


 「…えっと…名前、…知れば、友達…?」


アンリ「もっちろん!嫌だって言うなら謝るけど、もう友達だよ!」



 そんな声を聞いて、再びあっけらかんとした数秒後…その沈黙を破るように彼女は「フフ」と何度目かの笑みを浮かべれば



 「…ん、私…私、は…【アヴェスタ】。ただ、のアヴェスタ…太陽教会の…司祭…だよ。」


 

 と、これまでのような…どちらかと言うとか末恐ろしい意味深げな笑みではない、朗らかな微笑みで彼女​は────アヴェスタはそう告げる。



 太陽教会の司祭​────!!太陽教会の序列は知らないし、実力者だとは思っていたけれど、結構な大物なんじゃないか!?



 「司祭!?​───それは…、凄いね!やっぱりお金持ちだったりするのかな!?」

 


 「​……あぅ……ん、ぃや…そんなことは…ない…けど…、兄上の教えで…"聖職者たるもの清貧たれ"…って…言われてる…から…。」


 「へぇ〜…!すっごい真面目なお兄さんなんだね!」


 「…ん、…それは…うん!…兄上…は、すごい…人、なの。……​────…って、そう…じゃなく…て!」



 顔を湯だったように赤らめさせながら、アヴェスタは無理やりに話を遮らせる。



 「…き、聞きたいこと…って!ミノス…の、事…でしょ…!」



 ​────…そうだった。敵ではない。と緊張を解いたせいか、或いは彼女の反応があまりにも可愛らしかったからか、少し暴走してしまった。



 「​───…っとと、そうだった。ごめんアヴェスタ。もうちょっと質問してもいいかな?」


 「…ん、勿論。…アンリ…の、質問なら…全然、答える…よ。」



 にっこり、と先程と同じく…されど照れの余韻である赤みを残したままの朗らかな笑みを浮かべるアヴェスタに、私はいくつかの質問を行った。


***


Q.「ミノス王は本当にただの古代死者・王種ドラウグ・ロードなの?」


A.「ん、そうだね。その強さも、知能も…あらゆる面が模範的​───と言っていいかは分からないけど、古代死者・王種の規格内だよ。」



Q.「ここまでに居た古代死者は、まるで生きていた時の様な知能を感じられたけど、これはミノス王の力?」


A.「……ん、ごめんね。分かんない。でも、そんな事が出来る程、彼は強くない…と思うよ。でも、だからといって裏に待ち構える何かを警戒する必要は無いかも。どうしてかは言えないけれど。」



Q.「ミノス王と戦うとして、何か気をつける事はある?」


A.「…ん、彼の古代魔術や剣術は割と強力。でも、王種の域を出るほどでもなければ、上位って訳でもない。彼が"鬼札(ジョーカー)"を残していないなら、予想を上回ることは無いかな。」



Q.「アヴェスタはどこから入ってきて、ここから下の階層に、敵はどれくらい残ってるかは分かる?」


A.「…ん、ある程度はわかる…よ。最下層は15階で、私が入ってきたのは14階の階段前。それより上の子達は、みんな潰した…かな。残っているのはミノスを含む15階にいる子だけと思うよ。」



Q.「どうしてミノス王についてそれほど知っているの?」


A.「ん、ここまで見てきた情報での計算と、ここから感じられる魔力での、限りなく正解に近い推測。君も、もうちょっと長く生きれば…きっと、できるよ。」


***



アヴェスタ「​───…ん、まぁ、こんな感じ…かな。」


「…まだ、他に質問はある…かな?」


アンリ「…じゃあ、最後にもうひとつ。」



 「​ん。」と聞く体勢に入ったアヴェスタに対し、すぅ…と小さく息を吸って、そして最も気になっていた質問を尋ねる。


アンリ「​───…実は、ボクがミノス王を倒そうとしているのは、ここの近くの村の子を、助ける為なんだ。もしボクがやられたとして、君に後始末を頼んでもいい?」


 「…お願い。」と、私より小さな少女に対し、より頭を深く下げるよう、私は頼み込む。


 彼女アヴェスタはそれを見てどんな顔をしているのだろう。

 それは分からない。でも、私は誠心誠意でそれを頼む。

 私のせいで期待した誰かが絶望し死ぬ…なんてことになったら、私は耐えられないのだ。

 その時に、私が死んでいたとしても。死んでも死にきれない。



 ​「​───────ふふ」



 アヴェスタは小さく笑う。それにどんな感情を込められているのだろう。分からないが、私は頭を上げず、再び「お願いします…。」と、次は敬語で再び声を放つ。



 「​…ん、もう、"友達"…なんだから…敬語なんてやめて…ね。……ん、頭を上げて。」



 言われた通りに顔を上げる、私の目に映ったアヴェスタの顔は酷く楽しげだ。



 「…ん、良いよ。お願い、頼まれて…あげる。ね。」



 パッとあげた私、続けて出そうになる「ありがとう」を人差し指で止めては、彼女は声を続ける。



 「…ん、…でも、必要…ないよ?アンリ…は、絶対、ミノスには勝てる…から。」



 「当然」といった様子でアヴェスタは言う。

 その言葉に、ぐんと私は自信をつけられる。


 ​────彼女が強いとわかっているからだろうか、それとも何かほかに理由があるのだろうか。


 とにかく、私は今、、この戦いで自信がついた。



 ​────よくよく考えてみれば、今までの私はどうにかして保険をつけようと、失敗するかどうするかばかりを考えていた。


 言うならば、不安だったのだ。


 私は旅に出てまだ半月も経っていない、半月前の私は、おじいちゃんと一緒に本を読んでいたり、修行をつけてもらっていたり等、平穏​────と言えるかは分からないが、命をかけた戦いとは縁遠い生活をしていた。


 それが、初めての自分…だけでない、他人の命までをもかけた戦いに身を投じているのだ。


 ​───表面上は負けぬ、絶対に負けぬ。と口にはしていた。


 だが、「勝てる」とは言えてなかったのだ。気付かぬうちに、先程までの私は負ければどうするかばかりを考えていた。


 …そう、先程までの私は。


 ​────でも、彼女の「勝てる」と言った言葉を聞いた。

 それと同時に、私を信じてくれたみんなの顔を思い出した。

 スカイの出した、血反吐を吐くような稽古を思い出した。


 ​────「負けない」ではなく、「勝てる」のだと、初めて思えたのだ。






 「…ん、アンリ。…ほうけてる…。面白い顔…。」


 アヴェスタがつんつんと、優しく私の頬を突く。

 無意識外の問題ことを指摘…と言うよりも、解決してくれた青天の霹靂に、私はどうやら呆けていたようだ。


 つんつん、と掴むアヴェスタの両肩をガシッと掴めば、私は…自然と表情まえに出た、自信満々のその顔で告げる。



 「​────…ありがとう!!アヴェスタ!!ボク頑張るから!!もう、さっさとミノス王なんてぶっ倒して戻ってくるから、待っててよ!」



 そうと決まれば善は急げだ。


 アヴェスタの肩から手を離せば、「また会おうね!!私、これが終わったらラムイー村に帰るから、待っててくれるとうれしいな!!」と叫びながら、全力疾走で墓地の暗い通路を突き進んでいく。


 アヴェスタの言っていたとおり、古代死者ドラウグはもう殆ど残っていない。

 下の階層は、彼女が全て狩ってくれていたようだ。

 だからこそ、ビュービューと、風のような速度で突っ切れる。


 ​───スヴェッタも、その親父さんも、それこそオルペも、みんな不安になって待ってる。みんな苦しんで待ってる。


 その暗雲を、一秒でも早く晴らしたい。

 晴らせる力が私にはあるんだから、恐れることなど何も無い​───────!




***


 吹き荒ぶ突風に前髪を抑える。

 その風の原因もと​──────ミノス王の元へと走り抜けて行った友達アンリの背中を私は見送る。



 「……ん、嵐…みたいな、子。だったな。」



 人によってはかなりの礼儀知らずに思える子だが、まぁ良いだろう。なんせ、彼女は【友達】なんだし、そして何よりも​の義娘なのだ。


 むしろ、言動や行動、その感情の機微までもが彼に似すぎていて、少し呆けてしまっていた面もある。



 「​──…ん…、君に、似て…良い子。だったよ。」




 「​───スカイ。」

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