第二十四話 日常茶飯事
────酒場の扉を鳴らすように閉じて、男をこの場から締め出す。
それを見送る事もせずに、純粋な握力によって粘土のような哀れな鉄塊へと様変わりしていた、手の中の元刃を床へと捨てた。
その鉄片が地面を跳ねる事で生じる高い金属音が鳴り響けば、"わっ"と瞬時に沸騰するように、抑えられていた熱が静寂を打ち消した。
私の背後の、傍観を決め込んでいた老若男女の冒険者達が歓声を上げたのだ。
「嬢ちゃん、魔力量からして只者ではねぇとは思ってたが、まさかあの体格差で!それも単純な肉弾戦でカイマンをぶっ飛ばしちまうとはなぁ!!」
「…まーるで分かってたみたいに言うのね?魔力量について言ったのは私じゃない。「だから彼女が勝つわ」って言ったのもね!直接戦闘に向かない呪術師とはいえ、魔力量だけで言うなら彼女は私達【精鋭】にだって匹敵する…いえ、超えているはずよ。」
と漏らすのは、The・魔法使いと言った感じの巨大なとんがり帽を身につけた美魔女。
「うむ、トバクは「大穴を狙うぜ。」などと言ってカイマンに賭けておった故…、然るに、今宵はトバクの奢りか。────うむ、であれば、【黄金林檎】をば─────。」
「ギンてめぇ!!デカめの山賊のアジトを掃討した時でもんな高ぇ酒は頼まねぇだろ!!!」
「おっ!!おい次は【熟練】のギンとトバクが殴り合いを始めたぞ!!!賭け事がしてぇ奴は俺に銅貨5枚─────」
トバクと呼ばれた両手斧持ちの男が吠えれば、「ははは!」と高笑いをあげて、異国風の鎧を纏ったギンという男が傍で歩く酒場の従業員に呼びかける。
そしてそれを阻止せんと、トバクはギンへと殴り掛かった。
其れをきっかけにまた新たな殴り合いが始まり────ただの冒険者志望と弱小冒険者の争いへの注目は一瞬にして、それこそ嵐のように過ぎ去って行った。
『ほぉ〜〜……。本当に【日常茶飯事】なんじゃのう…。』
目を丸めながら、事が瞬時に流れめくるその様子を眺めては、モラグはそう神妙な声を漏らす。
そのまま少しして、『あぁ、そういえば…。』と何かを思い出したように、私へと、首を傾げさせる様に質問を投げかける。
『先程野次馬の1人が『呪術師は直接戦闘に向かん』とか言っておったな。あれはどういうことじゃ?…お前の戦いぶりを見る限り、寧ろあれは直接戦闘でこそ輝くものであると思うのだが…。』
何だ、そんな話?それなら簡単な事だよ。
あとは世間の空気が『呪術師なんてなる意味が無いぞ!』って
「────なんせ絶対数が少ないんだし…。」
と、モラグに向けたひとりごとを呟きながら、先程行く手を阻まれたカウンター側へと足を運んでいく。
今回、足をかける人間はいない。あれを見たって話はそうだけど、そもそも彼───────カイマンと呼ばれたあの冒険者以外はみんな見えてるだろうしね。
だからこそ、彼に乗っかって騒ぐような人間もいなければ、寧ろ彼があれを言い出した時、諌めるような雰囲気があったんだろうし。
『───いや、諌める気は無いじゃろ。多分「馬鹿だなアイツ」が関の山じゃぞ。』
…それはそうかも。
そんな会話をしながら、私はカウンターに辿り着く。
つい先程、別の冒険者との会話────依頼の達成報告が終わったようで、手に持っていた書類を後ろの別の職員に受け渡しながら、受付の女性職員は私の方へと一瞥し、「次の方どうぞー」と声をかけた。
「いらっしゃいませ冒険者様。何をお求めでしょうか。」
「冒険者登録でお願いします。」
貼り付けたような違和感を感じさせない自然な────然し、確かな営業スマイルのままの受付の女性に、私はそう端的に返す。
「冒険者登録ですね。では、こちらのご記入を可能な範囲でお願いします。読み書きは出来ますでしょうか?口頭の質問形式での記入も可能ですが。」
「大丈夫です。」
「成程、把握しました。ではこちらをどうぞ。御記入出来次第また此方へお越しくださいませ。」
そう言って、カウンター下から渡されるのは魔インクの込められたペンと、いくつかの項目分けがされた、冒険者として必要な情報を記入するための用紙。
「ごゆっくりどうぞ。」
にっこり。と絵に描いた様な笑顔を見せて、女性職員は手を振る。
それを見ればこちらも軽く頭を下げてそのまま距離を取っていく。
『随分なお役所仕事じゃのう…。』
そう?こんな物だと思うけど、それに、毎回長い時間をかけて対応できるほど、冒険者は少なくないだろうしね。
繰り返して言うようだけど、冒険者を志望する人間は多いし、まともな仕事にもつけないような荒くれ者から、腕試しがしたい力自慢の王族まで────ね。
『そういうもんなのかのう。』
そう神妙に呟くモラグであるが、『そういえば』、と唐突に話の流れに急ハンドルを切り、私も「まだ何か?」とそれを許す。
『お主、敬語使えたんじゃな。』
────。
いや使えるよ!?使えないとか思われるほど粗暴だったり不躾な性格してないでしょ私!!
『まぁそこはノーコメントじゃが、お前、これまでの旅でどんな相手にも録に敬語を使っとらんじゃろ。敵のドラウグ共やほぼ同年代のスヴェッタにはまだしも、初対面のナガレなんかにもクソ生意気───いや、変わらぬ態度と口調を貫いておったでは無いか。』
『さっきの
────いや、それはだって…!
と口ごもる様な私の
『「使うような相手ではない」か?──かぁ~っ!!くっそ生意気じゃのう!流石は
それずっと言ってるけど、モラグの子になった覚えはないからね!?
『いいや、お前は余の子よ♥何せお前の事は、余は全て知っておるからな♥…うむ、せっかくよ、お前が子供の頃におもらしをした日にちでも羅列してい────』
────あぁ!もう!!わかった!わかったから!!子供でもいいからちょっと黙って…というか止まってくれないかなぁ!?
『仕方ないのう…』と言いながらも、口を尖らせる様を目に浮かばせるほどに、どこか不服げなモラグ。
というか、それがどうしたの?まさか私を馬鹿にしたかっただけなんかじゃないよね!?
『んぃや、特に何か意味がある訳では無いぞ?だが馬鹿にしたいという訳でもない。…ただの、余程の力があるならまだしも、お前が敬語を使えないというのは中々困りそうだと思っておったじゃけに、安心したんじゃ。』
お前は親か?
『親じゃが。』とにこやかに、鷹揚に返すピンク髪の悪魔。
────ニコニコと、可愛らしい満面の笑みを眺めさせられ、沈黙が続く。
…何も言うまい、と言うより何も言えまい。ここで無理に反論すればどうせ此奴は先程の続きを意気揚々と話し出す。
だからといってそれが聞こえるのは私だけではある。
つまり実害は無いのだが、それでも私の(精神)が死ぬ。だから何も言えない。
『よく分かっておるのう…♥余の事をそれほどまでに理解してくれておるなんて…まさか…っ!…嫌だが余とお前は親子ぞ…!?…あぁ!それはなんと甘い!禁断の…っ!?』
そう頭の中で嬌声を上げながらくねくねと身を捩らせ始めたモラグ。
そんなモラグを、私はもう無視する事にした───と言うより、いつまでも相手にしていたら、それこそ創世の時代から現代までの時間を取られかねない、長命種の話は長いのだ。
そう心の中で呟いて、私はやっと見つけた席につき、先程渡された用紙に諸々を記入し始めた───────
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