第二十九話 信頼
「君って吟遊詩人だったり…しない?」
───瞬間、駆け巡るのは静寂。先程まで、余韻すら響いていた大咆哮が室内を覆い尽くしていたとは思えぬほどの、無音の世界。
その静寂…先程のに続いて、2度目の静寂を打ち破るのは───────。
『な、───なぁぁ〜〜にを聞いておるんじゃあ〜っ!!』
私の心の中に住まう悪魔、モラグであった。大きく両腕を振りながらモラグは続ける。
『おっ…前、もっと…もっと他に聞くもんがあるであろう!?』
いや…だって───気になるじゃん!!あの口調!!部屋に入ってきてからずっとだよ!!モラグは気にならなかったっていうの!?
それを聞いては、モラグは一瞬『うぐ』と図星を刺されたように狼狽えるも、『…とはいえ!そんなくだらないことを聞くのは今じゃないであろうが!!!』と直ぐに正論を返し
『お前なぁ…相手が質問に答える気があるからと言って、無為に時間とその機会を消費する必要は無いであろうが!いつその気が無くなるかも分からないというのに!それに、その質問は喧嘩を売っていると取られても仕方ないぞ!!』
いやでもさ、彼…コロッセウムさんは私の友達で、それに今回は依頼主の、
喧嘩を売っている…に関しては、まぁちょっと意識から外れてたけど、色んな人が集まる、冒険者って感じの人でもないし、それに…部下ってことは友達みたいなものでしょ?流石に大丈夫だって。
『勝手な妄想と信頼による推測で話を進めるでないわ!!彼奴があの犬耳女───アヴェスタの部下だからとはいえ、お前はそれだけで「友達の友達だから許して」とでも言う気か!?奴からしてみればただの他人だぞ!?』
…そんなに怒らないでよ…。許してとは言わないけどさ、あの子の友達だから…きっと怒らない…と思う…よ?
そんなに言うせいで、不安になってきたけど…。
『────おっ…ま…────。』と、私の答えに対し、何か言いたげに口を開閉するも、呆気に取られていたコロッセウムが答えようと動きを見せれば、大きく息をつき『ま…良いわ、好きにせい…!…余はそんな所も愛してやる…!』と吐き捨てるように呟いて、再び傍観に戻るだろう。
コロッセウムが声を上げる。
「────いいや、俺は…吟遊詩人ではないが…?何故だ?」
「あ、いきなりでごめんなさい、だけど、ちょっと似たような雰囲気?口調?と人達がみんなそれで…。」
「────何故今なんだ?という意味だったが……まぁ…うむ!誤解が解けたのなら良かったとも!」
そう、困惑するように返すコロッセウム、どことなく胸を撫で下ろすモラグ。
それと対照的に、どこか楽しげなアンリ。
…ね、モラグ。この人────コロッセウムさんは怒らなかったでしょ?
『じゃかあしい!!次からは!!もっと!!考えて!!!喋れ!!!いいな!!』
ご…ごめんって、分かったから、そんなに怒らないでよ…。
そんなところで、コロッセウムは「ふぅ───」と一息ついて
私たちの一部始終の行いを呆然とした顔で見つめていた、どことなく青い顔をした、元ポーカーフェイスの受付嬢さんに「素晴らしき美貌を持つそこのご婦人、紅茶を頼むよ。」と告げ、そして再び私の方へ向き直る。
「───まぁ、まず座ろうじゃあないか!まだ質問するにしても、本題に入るとしても、一息ついてからの方が楽だろう?」
「そうだね、じゃあ…お言葉に甘えて…。」
そう言って席につけば、ごほん。とコロッセウムが喉を鳴らし、チューニングを行う。
「さて、質問はあるかもしれないが、きっと本題を聞いてからでも遅くは無い───と言うより、まとめて聞いた方が君も私も楽だろう?故に、一先ず、本題に入らせてくれたまえ。」
「確かにその通りだね、じゃあ────本題、と言うと依頼内容かな。…あの子が私に頼むことって、一体何なのさ?」
そう首を傾げるように言っては、「あの子ができないことを、私ができるとは思えないのだけれど」と付け加える。
「…あ…あの子か…。し………、司祭様をそう呼ぶとは、やはり君は、とてつもないほど豪胆の様だな。…まぁ、依頼内容というのは特に難しい話ではなくてね。ただ、司祭様は別件で手を離すことが出来ず、信頼出来るものに頼みたい事なんだ。」
「無論、特段難しい…という訳ではないと言ったが、それでも、だ。」
「信頼出来るものだけに…?」
「その通り、───そしてそこで白羽の矢が立ったのが、司祭様の【友人】である、君だったという訳だ!……とはいえ、はっきり言うようで申し訳ないが、私は君が何者で、どれほど強いのかということを一切知らない…と言うより、先程まで冒険者ですらなかったようだしね。」
「…む。そりゃそうか…。」
『不服そうな顔をするなよ…。』
「────とはいえ、今は信頼しているさ!君はその総合的な強さを既に私に示した!元より試すつもりだったが、───まぁ、その必要すらなかった様だしな!はっはっは!」
そう言って大笑いをあげるコロッセウムだが、正直言って、自分の不出来を大きく主張されているようで、私の心境は少々複雑だ。
『…また不服な顔だな、隠す努力を覚えよ。それに、アレに悪気は無いどころか、これは「急な攻撃だったが、どっちにしろ必要な事だったから問題ない。だから気にするな。」ということじゃろ、寧ろ感謝して然るべき、というものよ。』
『だが、一つ気になることがあるな。…奴の口ぶり的に、真に試すべきは強さではなく信頼出来るかどうか。のはずだ。…今までの状況だけ───それと、ただ戦いを挑むだけでは、
「…ふむ、戦うだけで信用を得ることなどできるのか…?と言った顔だな!」
モラグが首を傾げ、訝しむように言えば、まるで聞こえているかのようにコロッセウムは変わらぬ溌剌とした声でそう言う。
「確かに、これは私の言い方が悪かった。私が信用ならなかったのは、君の強さだけなんだ。確かにそう難しい依頼ではないのだが、それでも、あくまで依頼。もしかしたら、無事では済まない可能性があるからな!」
「…では、信頼度は。と言うと、それに関しては、私は君を信用している。君が───あのアヴェスタの友だから…では無い。」
「…ではない?じゃあ、どうして…」
「その瞳だ。何処までも折れることのない、その善性を持った瞳。偉大なる私は、それを見逃さない。そういう点に関して言えば、私は目がいいんだよ。」
「…そんな、確固とした根拠もなく…。」
…自信満々で放たれる、私を信頼しているという言葉。それには、一欠片の虚偽もない。
そんな彼に、私は意味のある返しができなかった。
当然小っ恥ずかしさもあるけれど、それ以上に、私は復讐鬼なのだ。
自分で言うのもなんだが、善性など欠片もない。ただ、自らの怒りを、憎しみを、そして湧き上がるこの罪の意識から逃れるための、単なる自己満足。
世界を守るためだとか、そんな優しげなことはちゃんちゃらない。
そして、そんなにも愚かな
それが、彼の信じる私の本性だったから。
「────…と、とりあえず!もう依頼は任せて貰えるんだよね!内容を教えてよ!」
無意識だった。この嫌な自分を、嫌にでも意識させられる話を押し流すように、私は始まりかけていた本題を呼び戻す。
すれば、コロッセウムもまた、思い出したように「…、おっと!そうだったな!…話が長くなってしまうのは、この私の悪癖だ!」
「そして、肝心な依頼内容だが、君もこの街に居る以上聞いたことはあるだろう…。街の闇より現れては夜な夜な人を襲う謎の存在──────」
「────【黒い屍人】の話を!」
「あぁ…こんなに引っ張って結局なんだ…。」
『この馬鹿!声に出とる!余も思ったけど!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます