第三十話 迷宮【ハデス】

 ​​───結局かぁ、と思わず言ってしまったけれど、正直それなら都合はいい。



 黒い屍人について調べれば、【新秩序】に近づける可能性は限りなく高い。


 ならば、その調査について【太陽教会】、そして司祭や、それこそこの目の前の強者、コロッセウムの力を借りられるというのなら、棚ぼたではあるが、私としてはかなり都合のいい話だ。



 そう、しめしめと心の中で笑みを浮かべる私に対し、コロッセウムは話を続ける。



 「【黒い屍人】…。反応的に、お前も聞いた事くらいあるのだろう?それはこの偉大なる古都ロートに巣食う、奇怪な噂​───そして、確かに実在する恐るべき“脅威”だ。」



 「実在する、脅威​────…。黒い屍人を調べてこいって言ったのに、そいつらについて君はもう知ってるの?」



 私の言葉に対し、コロッセウムはただ頷き、それを肯定する。

 ただ、知っているのならば少し引っかかることもある。



 「じゃあさ、脅威って言うからには、黒い屍人は人間を害する不死者アンデッドなんでしょ?実在していると分かってるなら、こんな所で無駄話しているより、さっさと駆除にむかった方が良いと思う。」



 「それに、【黒い屍人】なんて曖昧な呼び方をして、街の人達に存在を広めないのも…なんと言うか、人々への被害を見過ごしている、と見られても仕方ないと思うんだけど。」



 「そうだな、だが、それは出来ん。我ら太陽教会が【黒い屍人それ】について知っているのは、“それが確かに実在する驚異であること”…ただそれ1つだけであるからだ。」



 「その生態、その目的、その戦い方。​───そして、その名前。全てが不明瞭。故に、此度の調査でそれら全てを解き明かす。」



 「誤った情報を広めてから、訂正として広めるよりも、信頼出来る確かな戦力でそれらをすぐさま調査し、正しい情報をひろめる方が、人々の生存に繋がると我らは判断した。」



 ​グッ。と、岩のように巨大な拳を握り締め力説するコロッセウム。

 確かな正義に爛々と光を灯す目を見ながら、再び、私は思う。




 ​───“やっぱり、何か妙だ。”




 『……、おい、その辺にしておけ。こやつらを変に怪しむ事と、一旦はその疑心を捨て、協力して早急に【黒い屍人】を調査すること。何方がお前のに近い。』




 ​​────。



 そうだね、その通りだ。ありがとうモラグ、大事な所を見落とす所だった。



 『うむ、それでよい。』



 心の内でモラグと一言二言の会話を終えては、熟考していたフリをやめ、コロッセウムへと「ごめん、話を遮っちゃった。続けて。」と声をかける。



 「うむ。では早速本題に入るが、【黒い屍人】を調査しろ。と漠然に言われては、例え偉大なお前であったとしても、何から手をつけて良いか分からんだろう。」



 「だからこそ、予め目星をつけておいた。​───これを見るが良い。」



 そう言って、コロッセウムが懐の内から取り出すのは、巨大な羊皮紙​────この街ロートの地図だろうか。

 幾つかの赤い印、そしてそれに付随するように短い文章が記録されているのが見て取れる。



 その中でも特に目立つのは、やはり​─────。



 「見て分かるとおり、これはこの街、ロートの地図だ。​そして、この赤い印は聞き込みで判明した、今まで黒い屍人を見たという場所だ。」



 「…どうだ?」



 そう言うコロッセウムの視線は、とある言葉を待っているように思える。

 そして、どのような言葉を期待されているのか、一目見て理解することが出来た。というのも、あまりにものだ。



 地図上に記された赤い印。それらは街全体分散しているように見えるが、だが、確かに(一部の例外はあれど)【とある1箇所】を中心として、渦巻き型に拡がっている。

 つまるところ、これが意味するのは…。



 「この印​の拡がり方…、もしかして、黒い屍人はこの中心地に拠点を拵えてる…?」



 コロッセウムは静かに頷き、「その通りだ。」と言って、そして、私が指し示した中心地に書かれた文字列を読む。



 「​────おそらくは、黒い屍人が拠点としているこの地。古都ロートの地下に広がる巨大墓地にして、迷宮。」



 「君には、この【ハデス】の調査に、私と共に赴いてもらう。」



 「目的は、黒い屍人の発生条件や生態、そして駆除方法、容姿についての調査、そして、その原因を見かけた場合の解決だ!!」



 …迷宮【ハデス】。地下墓地。



 ​────さっき聞いた名前だな、モラグが言うには、ミノスを倒した私からしてみれば、そう危険な迷宮では無いらしいけど…、確か【暗殺蛇】とかいう指名手配犯が居るとかいう話があった気がする。

 モラグ、どう思う?



 『お前…墓地に縁深い奴じゃな…、前世がスケルトンだったりせんか?』



 なんだこいつ…。スケルトンは前世って言えるの?……って、そんな話はどうでもいいんだけど!!



 『ま、どう思うと聞かれてもなぁ…。余が何を言おうとも、依頼を引き受けた以上お前はどうせ向かわねばならんであろう。それに、今更犯罪者のひとりやふたりに遅れをとるようではな。』



 ​───確かにね。



 答えになっていない答えに少し顔を顰めかけたが、続く言葉には同意だ。

 ようやっと、新秩序に近づけるかもしれないというのに、今更犯罪者の1人や2人に臆している暇は無いし、そんなのに遅れを取っているようじゃ先が思いやられる。



 …よし。



「了解。突入するのはいつ?今からだったりするのかな?」



「いや、都市部の物で内部構造は既に知れ渡っているとはいえ、だが魔物うろつく巨大迷宮だ。ろくな準備も無しで、結果魔物やら行軍に手間取る​───などという事があってしまえば、司祭殿にも顔向けできまいて。」



「突入は明日の黄昏時。ハデスの入口前で集合だ!良いな!偉大なる我が友アンリ!おぉ、暗き穴蔵を蹂躙せし使命を負った勇者よ!」



「あー、はいはい。りょーかい。さー、いえす、さー。」



『適当じゃのう…妥当ではあるが…。』



 ドン!と、自身の胸を叩きながら、大きな声で告げるコロッセウム。

 先程までは少し声を抑えていたのだろうか、再び耳の奥がじんじんと震えるほどの声量になり始めたので、そそくさと私は扉に向かう。



 出立は明日の夕方か、ならば、出来ることも多いだろう。

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