第五話 見せつける。
「──というわけで!そろそろ下に向かおっか!」
一通りの説明などを終えたところで、ボクは扉の方へと向かっていく。
道具屋の主人さんはまだ心配してるだろうし、それに食べるものも必要だ。事の顛末を伝えて、とびっきりのご飯も用意してもらおう。
だが、スヴェッタは目を伏してその場で動こうともしない。
「……ごめんなさい。それは出来ません。」
「だって…、もうこの体は、どうしようもないくらい壊れかけているんです。」
「誰も見なければ暴れたりはしないですけど、直接顔を見たりなんてすれば……どうなるか。」
「確かにお父さんに早く会いたいし……ごめんなさいって言いたいけど…でも、それは全部を解決させてからにしておきたいです。」
────っと、そうだ。忘れてた。
「そういえば、忘れてたね。」
それを聞いてもなお、変わらぬ様子でボクは手を伸ばし、そしてさっきの触手と同じ、紫色の光で構成された魔法陣を空間へと構築する。
「───構築、固定、励起。」
スヴェッタの「?」の浮かんだ顔を見ながら、ボクは自慢げに三節の魔法文言を唱え、魔法陣を回し。
─────そして
「【治れ】」
空気を振動させるような、"世界に対する命令"を告げる。
その震えは前方の魔法陣を崩壊させ、そしてその力を風のように巻き込んでは、スヴェッタの中へと吹き込まれていく。
真っ青だった皮膚は段々と赤みを取り戻していき、
「……あ、れ……。これ……!」
「────おっと!泣くのはまだだよ♪その嬉し涙を流していいのは、全部終わってからだからね!」
わなわなと震えるスヴェッタの背を二度叩き、おどけてるような笑顔でボクは告げる。
そう、先程も言った通り
だから、之はただの応急処置。
今の体の状態を健康状態にまで戻して、一時的に進行を止めさせただけに過ぎない。
変貌は未だ起こり続けているし、魂についた拭いきれない"歪み"の影響で、今回よりも速い速度で、彼女の体は
────だから、泣くのは
まぁ、とはいえ……
「これなら平気だろ?早く会いたいって思ってるなら、会いに行った方が良いさ?」
「─────はいっ!…そう、ですね!」
彼女はボクの真似をするように、頬を緩ませそう笑う。
瞳はこれでもかと潤っているが、涙は一滴すら流れていない。
……どうやら、言われたおり素直に我慢しているみたいだ。
さっきまであんなに傷ついてたのに…本当に強い子だな。
───直ぐに笑わせて────いや、存分に泣かせてあげるから、楽しみにしていてね。
***
進行を戻しはしたけれど、以前栄養失調でフラフラなスヴェッタに肩を貸して、ゆっくりと階段を下りていく。
足音に反応してか、階段の前では道具屋の主人さんがぐるぐるウロウロと回って待っていた。
「──お父さん…!」
「あ、主人さん……って、ちょ!?」
自身の状態を忘れて、慌てるように身を飛び出させ、そして案の定に足をもつれさせ、階段から落ちる。
だが、その体が床に打ち付けられることはなく、待っていた主人さんが気合いの反射神経でその体を受け止めた。ナイスキャッチ。
「────スヴェッタ……!」
落ちてきたスヴェッタを抱きしめ、そしてその身の異常────つまりは骨張り、お世辞にも健康とは言えないその体に気づくも、それでもなおそれを飲み込み。
何も聞かずに、ただただその華奢な細身を抱きしめ続ける。
その目から涙を流しながら。
────少しの間、父と娘の優しげな抱擁、そして背を摩る音のみが響く。
そこに不必要な声は存在しない。ただ、その手から、身から、相手を思いやる気持ちだけを温もりとして込めて、数分間の抱擁を行う。
────少しして、二人のどちらかが、あるいは、どちらもが同時に離れた。
「…心配したんだぞ。スヴェッタ。」
「…はい、ごめんなさい。」
「…謝らなくてもいいんだ、攻めているわけじゃない。…ただ、何が起こっていてもいい。」
「私にだけは、相談してくれないかい?」
「……はい────。」
道具屋の主人────いや、スヴェッタの父は目線を合わせるように屈み、言い聞かせるようにそう言い、スヴェッタもまた、泣きそうな顔でそれに対して頷いた。
「───旅人さん、一体、何があったのでしょうか。」
話を終えると、振り向きこちらに事の詳細を聞いてくる。
予想していたことだが、唐突に話しかけられたが故に少し驚いてしまった。
「と────スヴェッタ。説明しても大丈夫?」
スヴェッタの方に視線をやれば、ただこちらを向いて、黙って頷いた。
了承の意だろう。
…父の思いはしっかりと届いたようだ。
「…じゃあ説明しようかな。…まず事の初めは…」
それからここに至るまでの事の顛末を話した。
スヴェッタは盗まれた家宝の剣を取り返しに山賊のアジトに一人で向かったこと。
アジトの墓地遺跡では、既に山賊は皆殺しにされており、そこには謎の
その呪いの内容は「身近な人間を殺してしまう」というもので、だからこそ相談することも、会うことすら出来ない悪質なものであったということ。
解呪をしようにも、おそらくその
そして、だからこそボクがそれを倒しに行くということ。
────そこまで聞いた主人さんは、驚愕や疑心。
表情を切り替えながら話を飲み込み。
そして、話が終わる頃には難しい顔を浮かべていた。
「ここまで聞いて、質問はあるかな?」
難しい顔のまま、主人さんは小さく手を挙げて質問を行う。
「…旅人さんの推測が本当であれば、敵はあの王種なのでしょう?…伝説では、その力は国を滅ぼすほどです。。」
「…ならば、国軍に通報し、それを待つべきではないのですか?」
「待つのは駄目だね。」
ボクはそれを聞き、しかしスッパリと切り捨てる。
勿論、それを考えていなかった訳では無い。
というよりもボク一人でやるよりかは、国軍を派遣してもらったり、
だが、やはりそれにはダメな理由がある。
なんせ今は時間が足りないのだ。
一時的に戻した今では、加速度的に彼女の症状は進行していく、治癒をしていなければもっと速くに衝動は抑えられないほどになっていただろう。
そして何よりも、間に合ったとしてもだ。国軍がボクたちの言葉の1つで動くとは思えない。
彼らが動き出すとすれば、この村が滅んでからだろう。
もし動いたとしても先遣隊の派遣による事実確認、末端戦力の投下…etc.
─────まぁつまり、王種に対抗できる本隊が来るのに多大なる時間がかかることが容易に予想できるのだ。
なので不可能。
そう説明すれば、仕方なく納得するように唸るも、やはり彼の顔は難しいままだ。
「…近くの村から、傭兵や冒険者を呼び寄せて…」
「却下。それも時間がかかりすぎるよ。」
事態は急を要する。…相手が王種であると聞いて顔色を変えた時点で、それを理解していない訳では無いだろうに。
「……転移魔術というものがあります。それの使える者に掛け合えば…」
「言っちゃ悪いけど、その人に会うまでに多分この村が滅びる。
そもそもそんな伝手はあるの?」
彼は田舎町にしては大きな商店を持っている。
でも、それだけだ。王都でも珍しい、そんな力を使える者に対するコネなど無いだろう。
「………では、衛兵隊を派遣するというのは。」
「…彼らを死なせたいの??」
「…………我々が、武器を持って…」
「さっきと変わらないどころかもっと悪いよ。無為に死ぬだけだ。」
「そして、死ぬつもりならボクは全力で止めるけど。」
刺すような視線でそう言えば、主人さんは頭を抱えて暗澹とした顔持ちとなる。
────まぁ、言いたいことは分かる。
「─────言いたいことはわかるよ。ボクの力が信用ならないんでしょ。」
少し息を吐く様にボクは言う。
おそらく彼も同じことを思っている。スヴェッタを連れてきて、話を聞き出してくれたから言い出しにくかったんだろう。
でも、目がそう言っていた。侮る訳では無いが、心配の目だ。
それを見て、主人さんは「い、いえ別にそんなことは無いのですが…!」と慌てて否定する。
ボクが自嘲をしていたように見えてしまったのだろうか。慌てて否定する彼の姿に少し申し訳ないものを感じる…。
──────今の思考は少し他人事過ぎた。反省しよう。
とはいえ…こう言われるのは予想していた。だから、説得の方法は考えてる、…というより、おじいちゃんから教えてもらってる。
「────見た目の印象が絶対とは思っちゃダメだよ。主人さん。」
そう、自慢げに鼻を鳴らしてはボクは彼らから背を向け、扉に向かってあるきはじめる。
それを見て、そして聞いた主人さん、後はスヴェッタも不思議そうな顔を浮かべ
「一体どこへ…?」
「まぁ、ちょっと着いてきなよ…面白いもの見せてあげる。」
口の前に人差し指を構えるようにして、ボクはにししと悪戯げな笑みを浮かべた。
***
場所は変わって村の外、門から歩いて数分の森の中。
歩いてる途中も何度か質問をされたが、ボクは笑って誤魔化した。
だが、ここに秘密兵器足り得る何かがあるのを期待して着いてきたと言うのにも関わらず、何もないこの場所に着いてこさせられて、彼らは疑問が頂点に達したのか首を傾けては質問を行う。
「…あの、ここで一体何を…?」
「…ここに何かあるのでしょうか……?」
疑問が尽きないような顔の彼らの言葉を右から左に聞き流しながら立ち並ぶ木々、そして空を覆う雲を前にして、ボクは目を閉じ、スカイの言葉を想起する。
─────力を侮られた時の説得の方法だって?
─────まぁたしかに…お前の体格ではそういうのもあるやもしれんな…。
─────よし!良いだろう!"英雄"になるには必要な技能だからな!
─────…だが、とはいえだ。
─────力を侮られた時に、どうやって相手に力を示すか。
─────そんなこと、簡単だろう?
「─────力を、見せつければいいっ!」
「【弾けろ】ッ!!」
口角を上げ、先程の悪戯な子供らしいものとは違う、獰猛な笑みを浮かべて空を睨みつける。
それに反応するように視線の先の空間には14つの紫の魔法陣が光り輝き、そして忙しなく回転を行い。
数秒もせずに、それらの駆動は限界を迎えるような高音を鳴らし────
─────その次の瞬間には音が弾けた。
発っされるのは、見ることすら不可能な純粋な"力"の渦。
音の壁を破壊し、音速に至ったそれは、発生した魔法陣から見て前方の空間─────すなわち空を、台風の中心が如く捩じ切るようにして破壊していく。
────地を揺らすような重厚な破壊音を奏でながら、それは空に広がる白い雲々を散らし、吹き飛ばしながら青い"空洞"を作りあげ、霧散していった。
─────
雲という邪魔者がいなくなり、大地へと降り注ぎはじめた陽光を浴びながら、ボクは再びにやけるようにして振り返る。
────予想通り、ぽかんとした顔だ。
現実かを怪しんでいるのか、目を擦りながら再び開け、穴の開いた空を見上げている。
そしてこっちと見比べて、次には驚愕と…そして小さく歓喜の交じった絶叫を上げた。
……にしし、力をひけらかすのは恥ずかしいことだとは思うし、その反応を見るのを楽しむってのは、もっと恥ずかしいことだとは思う。
だけど…
…最高の反応!ご馳走様でした!!
***
─────そうして、再び道具屋さんに戻ってきました。
ぽかんと気の抜けたような表情の手を引く、満面の笑みを浮かべたボクの姿はきっと凄く異質に見えただろうなぁ…と思う。
というか、門兵さんの反応とか正しくそうだったしね。
そんなわけで道具屋さんの内部─────というよりも主人さんの自室のバルコニーだね。
廊下の途中に見えた扉のひとつの部屋を仲介して来れる。
そんな場所で、机を挟んでボクはスヴェッタと道具屋の主人さんと向かい合う形で座っている。
「───改めて、自己紹介を。」
「私の名前はナガレ。ナガレ=ノーカワと申します。…お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。」
真剣な面持ちで、改まって道具屋の主人──ナガレは名を名乗る。
その目は真剣そのもの、相手を"価値ある大人"と認めた、一人の商人の顔だ。
「あはは、改ってどうも。ボクはアンリ。アンリ・パラミールだよ。旅人だって言うのはさっき名乗ったよね。」
「はい、しかと聞き届けております。」
のほほんとした口振りで返すボクに対して、彼は固い姿勢を崩そうとはしない。
「後、堅苦しいのは大丈夫だよ。"お金を取るつもりはない"から」
…そして、その言葉を聞いたナガレは少し目を丸くし
「────それは、少しどうかと思います。…見れば、貴女様の腕前は傭兵として最上位レベル、国の騎士の上位層と並べても全く見劣りしないレベルに見えます。」
「────そんな方に無償で力を貸してもらうなど…」
その目は少し訝しむ用な目だ。
まぁ当然だよね。…と言うよりも、恐らくこれは建前で、私をお金で縛りたいからだろう。
私みたいな人間が力を貸すのは"金"になる。
実行力と、成功が確実な実力というのはそういうものだ。
だからこそ無償で動いた時、どんな意気か、あるいは本気でやるつもりなのかは分からない。
だからこそ頼み事ではなく、依頼という形にした方がいいのだ。
────とはいえ。
「いいの、いいの。ならないって訳では無いけど、ボクはまだ冒険者じゃないし、力で金を稼いだ事もないから。」
「それにまだ子供だしね」と付け加えてみても、反応は渋い。
実力を認めたが故に、"光"が見えたが故に、それを手放すのを極度に恐れているようにも感じる。
ならば、と私は少し切り口を変える。
安心して仕事を任せてもらった方が気が楽というものだ。
それに仕事中邪魔をされても困るしね。
ボクの力は、悪気がなくとも邪魔を生みやすいものだし。
「…じゃあさ、さっきボク冒険者になるかもしれないって言ったじゃん?」
「だからさ、"ギルド"に紹介状を書いてくれない?」
詳しい説明は後にするが、冒険者という職業は、とある一つの組織に入っていなければ名乗ることが出来ない。
それが"冒険者組合"。すなわちギルドだ。
土木から、魔王の討伐まで兼任する派遣業である冒険者。
それは文字通り誰であってもなれ、そして誰にでも有名人になれる可能性を与える夢の職業ではあるのだが…
"この誰にでもなれる"という部分が少し困り物だ。
とは言うものの、追跡中の犯罪者であっても、亡命中の王族であっても例外なく
文字通りの誰にでも慣れる職業。
だからこそ、冒険者の多くの者には信用がなく、名を指名しての依頼が来ないし、張り出された依頼を持って、悠々と事件の起きた場所に向かってもいい顔はされない。
そう、冒険者の多くの者…つまり"無所属"のものには。
冒険者であることを示すカードには、所属を書くことが出来る。
今風に言うと"スポンサー"だ。
それがあるだけで、冒険者の信用は段違いに上がるのだ。
だからこそ、指名を受けやすい。
所属があるだけで、無名の冒険者であっても信用出来る冒険者─────
さらに言えば、"料金も安くて信用出来る冒険者"となって、初めのうちから指名依頼が舞い込んでくる。
─────そしてそれで名が売れれば、ボクの
故に、その所属を冒険者となった当初から付けられる【紹介状】は、かなり貴重な物なのだ。
────だからこそ、直接的に金は介さないとはいえ、これも立派な取引となる。
カネではなく、コネを使った取引。
前述したとおり、所属はかなり重要な要素だ。
商人としても、また世間一般的に考えても、古代死者の討伐と引き換えに出来る、真っ当な取引に感じられるだろう。
「分かりました。直ぐに紹介状を書かせて頂きましょう。」
そう言えば、彼は「少し席を外します。」と立ち上がり、そして数分もせずに席に戻ってきては格調高い封筒を取りだし、そして机の上に置く。
「【ノーカワ道具店】から、アンリ様への紹介状です。お受け取りください。」
「─────はっっっっや!!??」
…あまりの驚愕から、心の中のセリフを言葉として漏らしたその声。
それを以て、依頼は成立した。
────事が事とはいえ、即断即決、商人ってすごいね…?
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