第六話 "魔法具"

 ​─────不思議な感覚が身体を包み込んでいる。


 否、感覚というのは少し語弊がある。

 正確には、"何も感じられていない"。そんな状態。


 何も無い真空に身体を投げ出したような

 得体の知れない闇の中に沈んでいっているような、そんな感覚。


 ​────異質にして異様、身の毛もよだつような感覚ではあるのだが……だが、この感覚…何処かで、感じたことがある?





 そう思ったところで、ボクは目を開いた。

 瞼という帳が開けられ、自由を得た瞳が光という情報を取り込み活性化していく。


 周囲の様子はごく一般的な私室と言った感じ、ただし、異様なまでに整理整頓がなされており、生活感は感じられない。


 ​─────眠りが冷めて、数秒間そうやって惚けていれば、段々と意識が収斂され、覚醒していく。


 あれ依頼の受諾から、ボクは「では早速討伐に行こう!」としたところで、「少し待ってください!渡したいものがあります!」とナガレさんから止められた。


 どうやらその準備には五時間ほどかかる様で、こうして、空き部屋(らしい部屋)の中で、出発前の休憩をしている。


 ​────時間制限があるとはいえ、確かに自分は急ぎすぎていた面があった。馬車での長旅を経たという面もあり、先程までのボクは確かに疲弊していた。


 そういう意味では、彼の提案は棚ぼただったのかもしれない。


 窓の外を見つめれば、日は沈みかけている。

 住居の立ち並ぶ家からは少しずつ暖炉等の生活音が現れており、陽の逆光から生まれる影と対比し、どこか神秘的な物を思わせる。


 そうこうして、窓の外を眺めているうちに、完全に陽は沈み、今は日没の七時半頃だ。

 休憩を始めたのが三時頃であったから、約束の五時間後、つまり八時まではもう少し。


 そろそろこちらも準備を開始した方がいいだろう。


 貸してもらった寝巻きから、私服に着替え、窓を鏡替わりに身嗜みを多少整えては部屋を出る。


 ​────廊下に出れば、階段下から、二人の父娘の会話が聞こえる。

 どうやら、タイミングはジャストであったらしい。


***


アンリ「や。どうも。ぐっすり眠れたよ。」


スヴェッタ「アンリ!…ごほん、おはよう。此方も終わった所よ。」


 此方を見てはそう声をかけるスヴェッタの目の前では、ナガレさんが長剣を収めたままの鞘の帯などを調節しているようだ。


ナガレ「おぉ、旅人様。良くお目覚めで。​────そして、此方を。」


 最後の調節を済ませたナガレは、そう言って目の前にあった一本の長剣を此方へと丁重に差し出してくる。


アンリ「…これは」


ナガレ「旅人様の強さを疑っている…などと言う愚行は最早いたしておりません。然し、だからといって貴方様を手ぶらで送り出してしまうのは…」


道具屋商人の、ひいては大人の名折れという物です。」


「見た限り旅人様は装備を持っておられないご様子。この村1番の商人としてお譲りできる最上級の業物を用意させて頂きました。」


「どうか、此方をお受け取りください。」


 此方の瞳を見つめながらそう言っては、ナガレは其の剣を此方へと再び差し出した。


 ​──これを拒否するのは、彼の、ひいてはこの店の顔に泥を塗るのと変わらないだろう。


 其れは謙虚と言うよりも、失礼に値するというものだ。


 ───故に。


アンリ「ありがとう。ナガレさん。少し見せてもらってもいいかな。」


ナガレ「勿論ですとも。当店自慢の品でございます。」


 ​───そうニッコリと、真面目な口調でおどける彼から、受け取った剣に視線を移す。


 初めに目に映るのは、黒洞々と言った様子に真っ黒な革の鞘。

 よくなめされ柔らかく、また全体的に艶の消された見目であるものの、随所で光る、職人技による金糸の装飾が平坦のっぺりとした印象を与えさせない。


 そして、試しに爪先を少しなぞらせても一切の傷も、汚れすらついていない。

 見目だけでなく、激しい戦闘や長い冒険に耐えうる耐久性を備えているようだ。


 ​───そこまで見終えれば、ゆっくりと鞘からメインを引き抜く。


 …引き抜いた瞬間、私はそれに圧倒された。


アンリ「…ナガレさん、これ…。」


ナガレ「はい、我がノーカワ道具店の用意出来る中で最高の業物。」


ナガレ「"魔法具マジックウェポン"『炎剣フロベルジュ』でございます。」


 ​────"魔法具マジックウェポン"。

 別名:輝石剣とも呼ばれる其れは、魔力を帯びた宝石『ノースティアの輝石』を鋳造の際に埋め込んだ強力な武器。


 ただその剣を一振りするだけで、刀身の石に含まれた魔力に応じた能力を行使する事が出来るのだが


 その鋳造の難易度と危険度、その能力の特異性。


 そしてそもそも、とある地域でしか採る事の出来ない輝石の希少性も相まってか、世に出回る事の少ない、武器マニアなどからしてみれば喉から手が出るほどに欲してしまう"超"希少武器だ。


 その価値を知っているからこそ、「良いの?」と再び聞いてしまいそうになる。

 然し、こちらを見るナガレの目を察するに、知っていて差し出しているようだ。


 だからこそ、ボクはもう何も言わない。

 ​─────と言うより、やっぱダメとか言われたらボク自身渋ってしまいそうだし…。


***


 ​────閑話休題。

 ごほん、武器の方へと話を戻そう。


 ​───『炎剣フロベルジュ』。


 小柄な私を基準として​───と前置きはいるが、それは刀身だけで背丈と並ぶ程度の大きさの巨剣。

 両手持ちを前提とした長剣である様だ。


 鞘と同じく、全体的に黒々とした様相であり、紺碧色に光る輝石とのコントラストは、宛ら窓を見上げた夜空の如しだ。


 …そして、名前から察せられる通り、最も目を引くのはその刀身。


 ​青い輝石の埋め込まれた刀身は、然し凶悪なまでに​─────

 いや、"炎"のように波打っており、武器名である『フロベルジュ』という言葉自体が古い言葉で『炎』を意味しているのだとか。


 傍から見れば所謂『儀礼用』…、殺傷力を目的としない、装飾目当ての武器に見え、現に祭儀などで多く使われる武器ではあるのだが​────


 ​───"殺傷力を目的としない"。というのは間違いだ。


 というのも、この波状の刀身。これがとんでもない代物で、与える傷は肉片を抉り飛び散らせ、一般的な傷よりも治癒は困難。

 それこそ、回復魔法やそれに類する物でなければ自然治癒はまず難しい様なグチャグチャの傷を作り上げる。


 それはつまり、必要以上に飛び散る肉片や出血から相手に降伏を誘う恐怖心を与えたり、回復を担う従軍神官の手を塞いだり…etc


 ​────即ち、実戦において、とてつもない有効性を保有している。


 正直、ボクからしてみれば人相手に使うには割と悪趣味な武器であると思うのだが


 然し、ボクがなると言っている冒険者ものの相手となるのは、基本的には人間ではなく驚異的な治癒能力や身体能力を持つ魔物なのだ。


 だからこそ、自然治癒を妨げたり、肉体破壊に対して有効打を持つこの武器は都合が良い。


 ​────それに、何よりもこの武器は魔法具なのだから。



​アンリ「​────うん、最高の仕事だ。ナガレさん。」


 ゆっくりとその刀身を鞘に戻しては、世辞ではない、抑えきれぬ笑みを零しながらボクはナガレに対して笑いかける。


ナガレ「気に入って頂けたようで幸いでございます。…どうか、その武器で忌まわしき古代死者めを討ち滅ぼしてくださいませ。」


 ニッコリと、商人としての笑みを浮かべたまま、彼はそう言う。

 ​───然し、後半は商人というよりも、父としての言葉のようだ。

 気持ちは分かる。娘をあんな状態にされたのだ。

 可能であれば、ボクに頼むのではなく自らの手で倒しに行きたいであろうに。


 ​─────だから、その思い。この剣と一緒に勝手に背負わせてもらおう。


「任せてよ。」


 ​────じゃあ。と扉の方へと向いた所で


 「あ!お待ちください!」と背後から声が響く。


 その声に反応して振り向くと、バッと数本の赤い液体の入った瓶​──『回復薬』と呼ばれるものと、水や食料の幾つか入った斜め掛けの鞄を、少し元気になったスヴェッタから手渡される。


 ​────商人なのに、タダで凄い量をくれるな…。

 と思いながらも、素直に受けとっては、それを肩にかけ。


 そして次こそ、扉に手をかけ、外へ出る。


 背後から、心配と信頼の入り交じった様ナガ2人の声が響く。


 「「​────どうか、ご無事で…!」」


 ​────うん、やっぱり彼らは良い人達だ。助けよう。


 絶対に。


 ​───軽く振り向いては、何も言わずに自身の二の腕を自慢げに叩き、私はそこを飛び出した。

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