第二十一話 ドヤリ・パラミール

 草木蔓延る広々とした緑の平野。




 未だ冬だと言うにも関わらず、仄かな草いきれが鼻を通って来る春を思わせてくる。



 そんな木々と草が生え仕切る山道を抜けた先、日光の降り注ぎ、色の変わったような白ヴェールの道へと踏み込めば、私は太陽の方へと視線を送った。




 そこにあるのは、開拓されてなお豊かな草原の中心にて荘厳と聳え立つ、石造りの巨大な城壁都市であった。



 ​────山道ここから、距離にすれば20,000m、20km程であろうか。

 まだ数時間はかかりそうな距離ではあるにもかかわらず、其れはのだ。



 9歳までを田舎で過し、14歳も森から1歩も出ないような生活をしてきた私にしてみれば、初めての都会だ。



 まだ遠いにもかかわらず、興奮は抑えられず、口角はじわじわと上がり、大荷物を背負った影もまた、段々と速度を増し、足早に進んでいく。






 ​────だからこそ、気付いた頃には私は城壁都市の真ん前に辿り着いていた。



 因みに、ここに来るまでであっても、割と楽しんでいる。


 田畑や厩はアンファング私の村にもあり、それほど新鮮さはないものの、都会こことはまるっきり規模が違う。



 草原が塗り替えられるように、少しずつ田畑に変わっていったのだが、1面田畑の土景色へと変わっていたのは、何とここから5km辺りの時点であった。



 1年で1体何kg、いや何t生産するつもりなんだろう、というかそんなに都会の人は食べるのだろう。なんて思いながら田畑を眺めていると、作業中であったであろう老夫婦さんに洗っただけの生の、大きく実った大根を貰った。おいしい。




 そうやってシャリシャリと生の大根にかぶりつきながら、観光気分でぶらりと歩いてようやっと此処に辿り着いた。というわけだ。






 ​────大きな城門前、其の両隣を埋めるように二人の衛兵が斧槍ハルバード片手に佇んでいる。




 装備はここに来るまで各所にあった見張り台にいる衛兵と同じく、鉄製の全身鎧フルプレートの上に、ロート、そして付近の土地全て(この中にラムイー村やアンファング村が入っているので、私も彼の領民と言えるのやもしれない。)を取り纏める首長である


 【豪胆たるオイディエプス】の家紋の記された、黄金色のサーコートを纏っている。



 そう、衛兵という少なくは無い人間たちが、全員、階級に応じたサーコートの意匠の細かな違いはあれど、一切の例外なくその重装を纏っているのだ。

 それだけで、この街の精強さが理解出来るというものだろう。



 ただじっと、既に傾きかけた太陽の光を反射しながら佇む彼ら。

 しかし、私が5m程の位置にまで門扉へと近づけば、両者がそれぞれ門を遮るように斧槍を構え、交差して私の行く手を塞ぐ。



 斧槍同士が軽くかち合い、威圧的な金属音を鳴らすのとほぼ同時、衛兵の片方…サーコートの意匠が気持ち派手な所を見ると上司だろうか?が、五月蝿い程では無いが、ハキハキとよく通る声を張り上げる。




 「​何者だ!ロートは今、正体不明の不死者の接近により観光客を受け付けていない!」



 「田舎の出で冒険者になりたくて来たんだよ。この辺りで組合ギルドの施設があるのはここくらいでしょ?」



 魔力の込められた威圧的な声に対しても、私はいつも通りの子供らしい口調と声色、そして笑顔でそう告げる。


 夢の溢れる冒険者は今でも人気の職業だ。


 それを鑑みれば、此処に血気盛んな冒険者志望の子達が溜まって​─────いや、を起こしていない時点で、そういう子達は入れていると考えた方が妥当だろう。



 …と、思ったのだが、衛兵の目は未だ厳しい。というかそのツンツンに目尻を上げた視線は子供に向ける目じゃないと思う。




 「​──────がか?」




 呪術師に向ける目でした。



 ​────ただの一衛兵が魔力を扱えるのか、それとも魔力を扱える(見れる)からこそ門番に選ばれたのか?分からないが、流石は【都】の名を冠するロートだ。



 衛兵の質からして、私の知っている場所とは一線を画している。



 とはいえ、私は焦っていない。目を閉じ、薄らと口角を上げた澄まし顔だ。



 というものの、実は案外予想はしていたのだ、呪術師になると決意した段階で、であったり、それこそ魔力の色の見られる門番に足止を食らうことは想定していた。


 とはいえ、犯罪者でもない呪術師は捕まることは無い為、長く時間を取らせれば何とかなるだろ。とどこか投げやりに諦めていた────



 少し前までは。



 そう、を貰った段階でやろうと思っていたことがあるのだ。




 「…まぁね、思っている程ボクたちは悪くないかもしれないよ。」




 「それに…」​────と言って、どこか自慢げな澄まし顔なまま私が取り出すのは、一枚の紙切れ。

 普通の呪術師の冒険者であらば、ここで取り出すのはそれを示すの様なカードだ。



 だが当然、私は未だそんなものにはなっていないので別の物を取り出す。

 私が持っており、そして問題なく自身の身分の潔白と、目的の正しさを証明できるもの。



 そんなもの、私はひとつしか持っていない。





 ​──────そう、例の【推薦状】だ。


 そこには「ノーカワ商店」、そして「ナガレ」の名前が魔法具マジックウェポンにより生み出された、魔力のインク​────魔インクとも言うべきそれで刻まれている。



 取り出した推薦状を訝しげな目で見つめながら、染み付いた呪いを警戒するような、慎重な手つきで手に取る。



 ​────数秒、食い入るように、穴が開くほど招待状を眺めた結果、門番の衛兵さんは目を大きく見開いて丸くした後、「ご、ごほん。」と、表情を変えるように咳をしては、斧槍を肩に引っ掛けるように立て、そして両手で、丁重に私へと返却する。




 「…大丈夫そうかな?」



 「…勿論です。この推薦状、確かに本物であると確認致しました。失礼を、呪術師───いえ、未来の冒険者様。」




 重く暑苦しい、バケツのような鉄兜で分かりづらいが、深く刻まれた眉間の皺を柔らかくするような笑みを門番は浮かべる。



 先程と比べて、目眩がしそうな程の態度の上下差を見れば、心の底から溢れる優越感に、思わず「むふふ」と笑ってしまう。




 『きっしょい奴じゃのう…。』




 ​────ごほん。



 …と、そうだ。誰に対しての補足かは分からないが、今、門番かれが呪術師から冒険者へと言い直したのは、私を呪術師などと為では無く、であろう。



 あくまで入場を認められたのは、街のために、人の為に戦えることを示した「推薦を受けた冒険者」。


 断じて、神の所有物たる人の魂を玩具の様に弄ぶ「呪術師」では無い。



 より妥当に言い換えれば、「騒ぎを起こすなよ、呪術師」であろうか。




 とはいえ、一々大袈裟に反応する必要は無い。門番側も、こう言葉の奥にしまうような形で釘を刺したのだ。

 呪術師わたしも、気づかないとは行かないものの、表には出さず愛想のある笑みを浮かべたまま軽く頭を下げて通り過ぎよう。




 ​────" ギ ィ ィ "と、二人の衛兵によって、ロートを塞ぐ重い門扉が開けられる。





 重い門扉が開けられた途端、城壁の影でくすみがかっていた視界に、絵の具をぶちまけた様な多種多様な色彩が付けられる。



 太陽を反射するよく整理された石の大通りには多数の人が行き交って、其れを路傍から見、守るように赤青緑の色鮮やかな帽子を被った、童話に出てくる様な可愛らしい家々が佇んでる。



 情報量が激しいのは視界だけではない。​───耳からも、鼻からも焦げ付かんばかりの活気があふれ込んでくる。



 通りに並ぶ商店での値切りの雑踏が、井戸端で行われる夫人達の笑い声が、鍛冶場で打ち鳴らす金槌の轟音が。


 商店につられたスパイシーな味付け肉の燻る煙が、日光に晒され焼け付いた家の香りが​────!



 あらゆる情報が、その生きた都市の力強さを感じさせる。




 あらゆる情報が、ここがそうだと教えてくれる。





 【古都ロート】




 ​────生まれ育ったアンファング村さえ纏める、この辺りの首長のお膝元!



 付近の村々や街の数々を惑星や衛星とするなら、こここそが首長の住まう太陽の都!

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