第一話 アンリ・パラミール

 ​───視界いっぱいに広がる、青々とした大自然の大地。




 そんな在り方を祝福するように、空からは燦々と輝く橙の太陽が、大地に暮らすボクらという生物達を、常に明るく見下ろし続けてくれている。




 ​───そんな、ボクらの故郷と何ら変わらない窓枠の景色を退屈に眺めながら

 今のボクは、ボロい乗合馬車に静かに揺られ続けていた。



 もう一日は馬車に揺られてるせいかくっそ眠いし

 舗装されてない山道を走り続けている関係上揺れまくるから、寝ようと思っても衝撃にすぐに叩き起されて


 無駄な苛立フラストレーションが溜まる。

 それを学ぶまで、3回も叩き起されたものだから、既にボクの不機嫌は爆発しそうだ…!

 あと単純にケツがいたいのもあるけれど!



 どこが悪いかと考えれば、止めどなく湧き続ける不満点に蓋をし、そして深いため息を着く。



 こうなるくらいなら意地なんて張らずにスカイお爺ちゃんに連れてってもらったら良かった─────!



 なぜ私がケツを2つ以上に割らんとするような思いをしながら馬車に揺られているのか​────



 其れは、当然ながら『新秩序』という組織を打ち倒すためにある。

 と言うものの、ボクは"新秩序を必ず打ち倒す"と決めてはいるものの、実の所その存在を名前だけしか知らないのだ。



 だからこそ、新秩序が何であるかを調べる必要がある。


 ​───そもそもの話だが、あの組織に滅ぼされた村が、ボクの村だけとは到底思えない。

 そして、あの徹底的な破壊と損害を受けた領地が複数あるというのなら、のだ。



 だからこそ、ボクは数日間も馬車に揺られることを覚悟してまで、この大陸を収める国家『アーテナイト帝国』の首都『スパルティア』へと辿り着くために、南に進んでいる。



 ​────ついてからどうするつもりなんだ?と言われそうだが、向かうべき場所はそういう情報を保管しているであろう国立図書館だろう。



 場所は分かっているのだ。だから何とかなるハズ!



 うん、何とかなるから…。



 ​─────あの、…その、イマジナリーおじいちゃん…頭の中で滅茶苦茶ブチギレるのやめてほしいな…。







 ***






 ​───それから少しの時が経過し…



 ボクは、あまりの暇から、衝撃に叩き起されるストレスを忘れて睡魔に負けてしまい、そのままこくりこくりと首を揺らし、静かに意識を揺蕩わせていた。




 「​…嬢ちゃん。こんな場所で眠りこくなんて流石に不用心だぜ…?」




 と、その時、不意に向かい側の席から、低く暗く、また掠れた声が、困惑気味に話しかけてきた。



 「はっ」と微睡んでいた目を覚醒させ、声の方向へとみかえす。




 「​─────え、声の割に若くない?」




 話しかけてきた男の方向へと目を見返すと、ボクは思わずそう言ってしまう。



 ​…咄嗟に出た言葉とはいえ、よく考えなくても滅茶苦茶失礼だな…。

 いやでもまぁ仕方なく無い…?



 だって声的にジャンお父さんと同じくらいだと思ったのに


 見た感じの年齢は20歳前後の、笑顔が素敵な金髪の好青年と言った感じだ。



 ​────身体中に巻かれた血に塗れた包帯と、目の下に深く染み込んだ隈がなければ。の話だけど。



 馬車内を見渡せば、どうやらこの場にいるぼ全てが同じような様子だ、更に言うなら殆どの人達が四肢のどれかを欠損するほどの重症を負っている。



 そして、共通して身につけているこれまたボロボロの青い鱗鎧スケイルメイルを見た限り​では─────




「…あぁ、まぁ察しの通りだよ。俺たちは敗軍だ。」




「​────あの、ペルセイアの戦線の​───ヒュードラ戦線だ。聞いた事はないか?」




 乾いたような笑いで男は問う。



 ​─────たーしか…お爺ちゃんがそんなことを言ってたような…言ってなかったような…。



 『ペルセイア』というのは、小さな海峡を挟んでお隣さんに存在するこれまた大陸ひとつを支配している大国家。


 割と脳筋なアーテナイト帝国こっち側と比較してもなお、国財を軍に投入し続けて無理な軍拡を推し進めている軍事国家バカ。──────というのがお父さんの談だ。



 でも、だからこそ其の技術力と軍事力は恐るべきものがあるのだとか。



 ​─────とはいえ、少なくとも5年前の時点では"互いが、そして運命が悪かったのだ"とかいうスッカスカな​理由​で休戦条約を結ぶ────つまりは互いの補給と備蓄が尽きたという事で、穏便な方向に進みそうな話だった記憶があるのだが…?



 顎に手を当て、「むむむむ」…と悶々に唸り続けるこちらを見れば、彼はこれまた分かり易くガックリと両肩を落とし、そして遠い目をして空を見つめた。




 「まぁ、嬢ちゃんみたいな年齢の子に聞いても…わっかんねぇよなぁ​────しかも、国が報じてる内容と俺らの状態とでは、とても結び合わないだろうしな。」




 兵士は、再び大きな嘆息を零す。



 ​────えぇ…、その様子じゃあ「自国は今やばいです。」って言ってるようなもんじゃんか…。



 というか、アーテナイトはまだ勝ってるって事を国民に主張したがってるのに、何故国民ボクに愚痴を零してるの??



 訝しむようにジトっとした目で相手の兵士をじっと見ていると、それに気づいた彼は、「あぁ、いや。こんな事言われても分からねぇよな。わるい。」と返してくる。



 この目を何も分からないことを聞かれて困ってる。と解釈されたのかな。



 …うん、まぁここ最近の世間の事情は確かに知らないけど。これはただ単に「それボクに言う??」っていう抗議だよ。




 まぁいいや、他の人に何か怖いこと…「軍の機密を漏らしたな!」とか言われても聞かなかったフリをしてやり過ごそっと!



 嘆息混じりの兵士さんの愚痴を右から左に聞き流していると、不意に思い出したようにして、兵士さんは口を開く




 「そういや、自己紹介をしてなかったな…。俺はレオン。ただのレオンだ。嬢ちゃんは?」




 唐突な質問に、驚いたように目を見開き、「あ〜…」と答えるタイミングを失ってしどろもどろとしてから、喉を鳴らし、場を整理してから再び顔を向き直す




 「ボクは​────」




 名乗ろうと笑顔を浮かべた所、言葉に食い気味に被せるように、大きく馬車が揺れる。

 その衝撃で屋根に畳まれていた窓の天幕カーテンが下ろされ、馬車内は瞬く間に、夜を今の時間帯に無理やり埋め込んださのような、完全な闇と包まれた。



 また、そのその揺れはそれだけでなく、当然のように私の言葉は強制的に中断させる。



 喋りかけていたが故に舌を噛んで悶絶していると、御者さんが荷車こっちがわを覗いて叫ぶように言った




 「だ、誰かっ!!戦える人は…!!魔物、魔物だっ!!古代死者ドラウグが出たぞっ!!」




 然し、危機を知らせるために振り向いたその御者の顔は、荷車の中の人員を確認することで、瞬く間に青ざめていく。



 当然だ。そこに居たのは軍では一兵卒​と数えられるものたち。



 無論、一兵卒とはいえ、相手は理性のない不死者だ。


 1〜5匹程度なら蹴散らす事だって出来るだろう。

 だが、悲しい事にその戦士達は全くもって万全戦える身では無い。

 そもそも、万全であればこの馬車になど乗っていないのだ。



 ​────そして、残るのは10〜14歳ほどの少女。

 魔物に対抗しうる存在として数える事など、倫理的にも、戦力的にも論外だ。




 「魔猪や魔熊ならまだしも、古代死者ドラウグがこんな道に出たことなんてないのに…!」と御者は錯乱気味に頭を抱え、祈るように蹲る。

 傍から見てもかなり不憫な状態だ。



 だが、それを止めようとするものはいない。

 先程までは明るく、気丈に振舞っていたレオンも顔面を蒼白に染めあげ

 馬車内は暗澹とした空気に染まりきっている。



 ​─────あれ?



 レオンが馬車内を軽く見渡せば、あの少女が消えていることに気づく。



 まさか​────古代死者ドラウグのいる場所に一人で行ったのか…!?徒手で!?



 片目がないだの、右小指がないから剣も握れないなど、そんなことは関係ない。



 1人の『大人』として、少女を守る為にレオンは飛び出す。



 馬車の外に飛び出せば、傷だらけ、そして膿んだ足がもつれて地面に叩きつけられる。



 ​───上から、ついた返り血を払う風切り音が聞こえる。




 『​─────間に合わなかった。』




 そう、先程まで話していた子供を悼みながら、そして情け容赦のない魔物共をせめて睨みつけてやろうと、レオンは起き上がり、それと同時にその惨殺現場を目にする。



 そこには、首を刈り取られた7人ほどの古代死者ドラウグの死体。



 そして、返り血まみれの両の手をパンパンと叩きながら、妙にスッキリした顔の、あの死んだはずの少女が居た。



 赤黒い血をどろりと滴らせながら、少女は笑顔でこちらに振り向く。




 「​───ボクはアンリ・パラミール。ただの旅人だよ!短い間だろうけど、よろしくね!レオンさん!」




 ​少女は話していた頃と変わらない​─────いや、それどころかもっと溌剌に純朴な笑顔でそう言った。



 それを聞いたレオンはきっと…



 大変間抜けな顔をしていただろうな…。

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