第三十六話 冥界紀行・1
────“ ドシュ ッ ”
目の前で、長く艶やかな白髪、白髭を蓄えた一人の老年。
赤い瞳の麗しき、
ただ魔力を圧縮し、そして放っただけ。
ただそれだけで、【大公級】───────
あの傷では、自然治癒も追いつかない、つまり、即死ではないとはいえ、彼はもう死んでいるも同義だ。
親が殺されたも、同義なのだ。
「───▉、▉▉▉▉…、逃げ、逃げよ。た、絶やしてはならん…我らが高貴なる血を、青ざめた血を、絶やし────」
────“ ひゅん ”
言葉を遮るように放たれるは、風の切る音。
それを起こしたのは、今さっきまで離れた位置から魔力弾を放っていたあの存在
爺様を殺し、親族を殺し
そして、先程父をただの一撃で瀕死にしては今の手刀でその首を刈り飛ばした、異形の怪物。
私など知らないとでも言うように、目線を薙ぎ払った手刀へ向けて、
「────強き神、悪しき神。最も忌まれし神。【蛮神】の眷属とはいえ、所詮はこの程度か。」
「…多少の腕を持つ手勢は幾らか必要かと思い出向いたが、無駄足だったか?」
そんな事を嘆く男。────どうやら、私に興味はない?
強いものを求めていると言っていた。この場で最も強かった父上、そして爺様を惨殺した以上、最早用は無いはず。
私に、用は無いはず。
そう希望的観測を抱いては、私は、奴の気に触れない様に、意識を向けさせないように、音を立てず、じりじりと尻もちを着いたまま扉側へと後ずさっていく。
「─────ほう、父の仇が目の前にいるというのに、お前は逃げるのか?小娘。」
───本来は感じ取れないはずの、無貌の視線が、私に突き刺さる。
ただそれだけで、隔絶した魔力を突きつけられた私は、全身の酸素を抜くような情けのない声を漏らす。
「────…ひぃっ!お、お許しくださいまし…!わ、私は貴方に復讐しようなどとは全く…!」
命乞いをするように、私は媚びへつらうような笑顔を浮かべながら、その忌々しい存在に頭を垂れ、今の本心を申し上げる。
「────ふむ、怖がらせてしまったかな?…安心しろ、安心したまえ。責めてなどいないのだよ。吸血鬼の姫君。寧ろ、褒め称えたいほどだ。…自らの身の程を弁え、そして強者に頭を垂れては生を願う。それは正しいことなのだから。」
表情は読めない。額縁の表情の変化など私には分かりはしない。
だが、酷く穏やかな声でそんな事を語りながら、彼は私に手を差し伸べる。
「正しいものを、私は好む。────見て分かったとも、君は、正しい存在だ。ならば、私と共に来ると良い。君を私は出迎えよう。────そうさな、まだ残ってる君の同族が居るとするならば、その子達も共にね。」
「へ…?」
唐突な話。私の脳はまだその情報を完全に咀嚼できてはいない、できてはいないのだが、ひとつ理解出来ることがある。
これは勧誘ではない。命令だ。
従わなければ、私は殺される。
そしてまた同じような甘言を、私と同じような反応をした腰抜けに語りかけるのだろう。
ならば、答えはひとつだ。
───…。
***
────古都ロート内地下迷宮ハデス。
同、地下二階、大広間。
冒険者アンリと騎士コロッセウムが、
その後、2分程で対象を全て沈黙。
───
「…よしっ!これで最後、かな!」
そう言いながら、私は目の前の、元黒い屍人の炭へと向けていた両拳を下ろして、「ふぅ」と小さく息を吐く。
「おぉ我が友アンリ!偉大なるアンリよ!見事な戦いであったぞ!この閉所かつ【呪術】でどうあの再生力に対応するかと思えば、成程、考えたものだな!」
『────考えた?アンリがか?…こやつ、まさか仲間に皮肉を描き垂れるような性格…』
いやそんな訳ないでしょ失礼だな!?せっかく褒められたんだから、そのままで受け取らせて!?
「…ごほん!それほどでもないよ!ありがとう!」
そう短く言って、私は周囲を眺める。
この前の【サークルクス墓地】は、大昔の場所とは言えども、そして墓地らしい暗がりとは言えども、石造りの城のような、何処か豪奢な、仰々しい雰囲気があった。
それに反し、この【ハデス】は少し様子が違う。
使われているのは
それを組み合わせたり積み重ねたりして、蛮族的な装飾と成している。
それに合わせて、
全体的に動物の皮や角を用いた原始的な衣装で、稀に───恐らく上位種であると思われるもの達は、腕輪やネックレスをそれこそ防具のように何重にも重ね纏っている。
更に、武器もそういう系な様で、角の先を刃側に並べたその斧や剣は、サークルクス墓地に居たような一般的古代死者の持つ黒鉄の武器と比べても鋭利さに遜色はなく、寧ろ、無数の角が皮膚を引き裂き大量の出血を強いる分、食らった時の痛みも、殺傷力もこちらが上のようにも思える。
────だが──…ん〜…?この意匠、つい最近どこかで見た事あるけれど……どこだっけ、分かる?モラグ。
『ふむ…道理で…────あぁ、いや、分かるとも。というより、こんなにもセンスのいい意匠を忘れてしまったのか?
────この意匠はな、
あー!確かに、ギルドと同じような見た目だ!やっぱり、似てるってことはお膝元の迷宮とは昔から馴染み深かったのかな?
『………そうさなぁ、そうやもしれん。いや、間違いなくそうであろう!』
そんな感じで、『クフフ!』と、楽しげに笑うモラグ。
何さ急に…怖いな。
『いやいや、なんでもないとも。思い出し笑いだ。そういうことにしておけ。』
…そのフレーズ気に入ったの?まぁいいや、コロッセウムを待たせても悪いし、今回はそういうことにしておく。
『うむ、それが良い!あとその斧はいくつか拾っておいても良いやもな?この先も長いだろう、数も多く、拾うにはタダで使い捨てにしやすい其れは相応しいものだろう。』
そうだね。この程度の軽さならあれも使えるだろうし。
いくつか拾って、もっと奥に進んでいこっか。
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