第三十五話 古都の兵長スフィ

​────空は茜色。



 がやがや、がやがや、と本来、静謐、暗澹とした雰囲気で包まれているべき墓地入口は、今は賑やかとも言える様相を醸している。



 かと言って、そこで祭りであったり、何か偉大な方が亡くなって、その親族や、その人を慕うもの達が来ている​────という訳でもない。

 集まっているのは、大きくわけて3種類の、白黄の兵士。



 黄金色のサーコートと、堅固な全身鎧を纏っているのは、このロートの衛兵。そして、その首長たる【豪胆たるオイディエプス】の私兵達。

 豪奢な鎧の上から、さらに金色の刺繍の入った白色の教会服を纏っているのは、【太陽教会】の保有する武力の、聖騎士達であろう。



 その聖騎士の中、特に目立つ、隊長格の大柄な騎士​───司祭アヴェスタの懐刀たるコロッセウムは、墓地の外から近づく何者かに気がつけば、話し込んでいたロート兵の隊長に小さく礼をして、その話を一時中断させては、墓地の外より近づく者たち​────即ち、私の側へと自身の位置を知らせるように手を挙げ、そのままの動作で手招きをする。



 そのまま、招かれるがままに歩を進めれば、コロッセウムも、親しげに1歩だけ距離を縮めてくるだろう。



 「ほう!我が友にして偉大なる戦士アンリよ。武器を変えたのかね?」



 大きな仕草、大きな反応。そして何より、大きすぎるコロッセウムの声を聞いては、私は彼の言っているであろう、背の短槍ショートスピアを親指で指し示して



 「うん。残念ながら、あの後戦いがあって斧は壊れちゃったからね。さっきそこの露天で買ってきたんだ。」



 そう言う私は、を小さく挙げるように振っては、困ったようにはにかむ。



 「昨夜の巨大な魔力反応は君の仕業か!…成程、戦士たる貴公に相応しき、黄金に祝福された偉大な戦いであったようだ!それで、その戦いとは一体誰と?」



 コロッセウムは首をかしげ、巨大な体躯でこちらを見下ろしながらそう尋ねる。

 私はそのまま、あの黒い屍人との死闘、その詳細を説明する。



 黒い屍人が家に侵入し、老婦人を殺すではなく生きたまま墓場に連れ帰ろうとしていた事。


 あの屍人は、頭を破壊し、首を切断しても息絶えず、即座に再生、反撃を行うどころか、こちらの武器を真似てくるほどの生命力と知能を有していた事。


 その結果、倒すために街中で【達人】等級の技を使用した事。


 老婦人を救出した後、気絶していたので記憶を消して、家に送り届けたこと。



 この屍人達は、恐らく死霊術師によって操られていることetc…。




 ともかく、私の知る全てを彼に話した。




 それを聞いて、コロッセウムは顎に手をやり少しの間思考すると、「成程。いや、素晴らしい活躍だった。私と、何より司祭様の目に狂いはなかったようだな!」と言って、大きく笑う。



 そうしていると、先程まで話していたロートの私兵長がこちらに近づいてきた。



 「​───そろそろよろしいですかな、コロッセウム殿。それで、そちらの女性は?」



 「おっと、すまない。紹介を忘れていたな。この少女は我が友にして、此度の任務にて私に同行し、迷宮ハデスの調査を一任された冒険者!アンリ・パラミール殿だ!」



 『成程!そちらのの冒険者ということか!』



 モラグ、ちょっと黙ってて。



 「​────紹介にあずかりました。【素人】冒険者のアンリ・パラミールです。」



 「これはこれは、どうもご丁寧に。私はこのロートの首長たる【豪胆たるオイディエプス】様の私兵、その隊長を任されております。名を、【スフィ・ラーイオス】と申す者です。」



 そう言って、スフィは軽く、けれど此方を甘く見ている訳では無いと感じさせるような、非常に恭しい礼を行う。




 少し意外だな。【素人】冒険者だなんて名乗ったら、もっと忌避されるか、それか甘く見られるかと思ったんだけど。



 『阿呆か、お前は冒険者である前にコロッセウムの客であろ。お前を愚弄することは教会、その司祭を愚弄するも同じ。教会の支配下たるロートの軍人であるならば、そんな愚行はおかすまい。』



 確かに、それもそっか。



 私がそんなことを考えていると、私達二人が自己紹介を終えたのを見計らったコロッセウムが“ パンッ ”と、一旦話を区切り、注目を集めるように手拍子を行う。



 「という訳で、そろそろ日も落ちてきた。作戦開始、早速迷宮に入り込みたいと思うが、アンリよ。準備は出来ているか?」



 「ボクはもっちろん!その為の一日の猶予だった訳だしね。ただ、スフィさんや、向こうにいる聖騎士の人達はどうするの?もしかして、一緒に突入?」



 サークルクス墓地の経験上、それは悪手だと思うけど。

 そんな懸念をする私に対して、コロッセウムはそうではないと首を振る。




 「いや、そうではない。スフィ殿や聖騎士の者達には、地上入口で見張りを行ってもらう。我らが突入したことで、逃げ出したりする屍人や、君の言葉通り居るとするならば、逃亡や伝令を行おうとするであろう死霊術師の対処も任せる事になるだろう。」



 「つまるところ、突入は我ら二人だということに代わりはない。他に質問は?」




 ​───ん〜…特にないな。モラグ、なにか私に忘れていることってあったっけ?



 『特にないな。あるとすれば、潜んでいるなどと噂の【ムラサキ】とかいう指名手配犯の情報だが、お主は必要とすまい。』




 そうだね。別に舐めてるってわけじゃないけど、こんなのに負けてる暇は無いんだ。情報なしで完勝するぐらいのことはしないと。

 それに、そんなに強くて、警戒が必要な奴なら、コロッセウムやスフィさんが一言教えてくれているだろうしね。



 『…そうだな、とはいえアンリよ。お前は気づいているか?』



 気づいているか。って、何を?



 『…ムラサキは、あの屍人が巣食っておるやもしれんと専らの、この墓地内で目撃されておったのだ。それが示すところは、つまり単純に奴らがいてもここをアジトに出来るほどに強いか、或いは、その屍人共の親玉に​────つまるところ、と関係を持っておるやもしれん。ということなのだ。』



 ───…それは、たしかに。…じゃあ、聞いておけってこと?



 『いいや、そうは言っておらん、そこはお前に任せよう。ただな、件の死霊術師が新秩序とほぼほぼ確実に繋がっている。などと推測しておるのは余らだけ。あの男コロッセウムはそんなことを露も知らぬということは留意しておくべきだ。』



 ​───なるほど。了解。ありがとね、モラグ。



 『お前に死なれても困る​───いや、つまらんからな。余の為、エゴに従った言葉よ。感謝される謂れも無い。だが、その言葉、受け取っておくとしよう。』



 「うむ!!!続く質問はないようだなッ!では​────」




 腕を組み、大きな声でそう頷いては、コロッセウムはその場に集った皆の方へと振り返り



 「さぁ!!この場に集いし、戦士たる皆々よ!!我らはついに、このロートを穢し、侵す過去の亡霊共に、今を生きる人間として、宣戦布告を行う!!」



 「この我の力はまだしも、この、お前達の半分の歳も行かぬであろう年端の少女の事をお前たちは知らぬであろう!​─────だが、保証しよう!この者は強い!!我らの司祭様がそれを認める程に!!そうだ!!我らの二本の気高き刃は、謎めいた屍人を駆逐するに相応しき剛力を持っている!!」



 「……嗚呼、だが、なんと悲しき事か!!その背の守りを疎かとしていれば、その刃は、地面に落ちロートを救う事は能わないだろう。​────そう、刃だけでは!!​────然し、それは違う!我らは1人ではない!刃は孤独ではない!!」



 「そう!お前たちは盾だ!我らを!ひいてはロートを!!今を生きる人間たちの平和を守護するオイディエプス卿の堅牢たる城盾だ!!」



 「我らが敵を食い破り、己らが敵の牙を砕く!!それが揃う事が叶えば、なんと素晴らしき兵か!なんと強靭な軍隊か!!」



 「さぁ、吠えよ戦士よ!昂れ戦士よッ!!直接敵を撃ち砕く訳では無いが、されど確かに!お前達が!この何万年もの間英霊が守り継いできた街を救うのだ!お前たちこそが、英霊の円環に加わるのだ!!」




 王の演説のように、冗長に、饒舌に言葉を並べ立てるコロッセウム。

 だが、その言葉は、その声は、確かに兵士達の心に届いたようだ。



 「​────我が愛しき、偉大なる英傑達よ!!我らは今、仇敵たる屍人の首を塚とし、オイディエプス卿に送り届ける!!その為にも、頼りにしているぞ!!」



 その証明に、コロッセウムがそう吠えれば、一人、また一人と白、金区別なく、全ての兵士が自らのもつ刃と盾を掲げ、私達の背に満開の喝采を叩きつける。




 ​────士気の昂り方が尋常ではない。皆が皆、「自らは何かを成せる存在」、そして、「私達は必ずこのロートの危機を廃せる存在である」のだと確信して、声を上げている。



 …だからこそ、私は少し恐ろしくなった。

 コロッセウム。この巨騎士の力の真髄を感じたからだ。



 彼の真髄は、私を優に超える武力などではない。

 彼の真髄は、自らの国を守る護国の戦の様なものでも無い、こんな“瑣末事”でも、兵士全てを死兵へと変える、驚異的な弁舌能力。




 ​───この任務のためなら命を投げ捨ててもいいと錯覚させる、恐ろしい声。



 ​───…そして、何よりも恐ろしいのは、そうやって慄いている私でさえ、高揚事であろう。




 ​────瞳を閉じて、気持ちを落ち着かせる。



 私は、ここで終わることは出来ないのだから、死兵となる訳には行かない。




 数秒目を閉じた後、冷たい思考を取り戻せば私は進み始める、もう既に、歩き出していたコロッセウムの背へと。



 ハデスの昏い、口元へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る