第四十話 冥界の最果て

 「​────フ、フフフ…。ハッハッハッハッ……」




 モラグの声で振り向く私達、それを出迎えるのは、その場に座りこみ、頑丈な糸でがんじがらめに縛り付けられたムラサキの姿だ。



 『​ふむ、もう起きておったのか。』



 「そうみたいだね、なら、早速話を​────と行きたいけれど、少し様子がおかしい…?」




 「フフフ、分かっていないようだな。このオレは分身体。本体はお前の後ろだぜ!」



 『「何だと?」』



 ニヤリ、と笑みを浮かべ、私の背後を見つめて声を上げるムラサキ。

 私はその視線を追いかけるように、俊敏に背後へと振り向いた。



 そこに居るのは、モラグと共に訝しむように口を半分開けて、硬直しているコロッセウム。

 私の予想、更には彼自身の言葉に反して、そこにはムラサキの姿はない。



 「​───え、いな…。」



 『素直すぎるわ馬鹿者!!』



 声を荒らげるモラグに、体の操作権を一瞬奪われるように無理やり首を動かされては、そのままムラサキの側へと視線を戻されるも、その時、ムラサキは既に立ち上がっており、そして、薄っぺらい靴履いた足先には、器用に三つの球が掴まれていた。




 「まぁ、ウソだけどねっ!」




 “ ボウン ッ ”と、地面に叩きつけられた3つの珠から、赤色の煙が噴き上げられて、数秒の隙間なく、瞬く間に通路を染め上げめていく。



 「​───クソ!やられた!……頼むから待って、ボクの話を聞け!!」



 「悪いが無理の相談だな!以上、オレにはもう時間が無いんでねっ!!」



 ムラサキの姿が完全に消える寸前、蜘蛛の右手から粘着質な蟲糸を光線の様に放つのだが、先端が見えぬ程の速度であるはずの其れを、ムラサキはいとも容易く回避して、そして、先を見通すことも出来ない赤煙に紛れていった。



 「待​───…って、ぃぅ゛っ​────!?」



 見えなくなったムラサキ、だが、見えぬとはいえまだその場にいるはずのムラサキを捕らえようと諦めずに飛び込んで行った私だが、次の瞬間、目の粘膜に、幾千もの棘が突き刺さるような刺激的痛みが襲いかかって、目を抑えながらその場に蹲ってしまう。




 毒​───!?いや、違う、辛い!これ、香辛料スパイスが混ぜられてるの!?なんて贅沢な…っ!!



 赤く痛いほどに辛い煙に巻かれては、凄まじい程の臭気と、目の芯に釘を打ち込まれたかのような激しい痛みによって、視覚と嗅覚を奪われたままに、その場でのたうち回って苦しんでしまう。

 最早、ムラサキなどは追うに追えない。




 ​────数分間、煙が晴れるまでを待って、ようやっとそれは薄らいでいく。



 赤い染料をぶちまけたように充血し、半泣きになっている私は、広がる廊下を睨みつけるように見渡すも、当然だが、既にそこに、ムラサキの姿は影も形もなかった。




 『​───ふむ、余の魔力探知にすら引っかからん。もうこの地下墓地からすら逃げられた様だ、迂闊だったな。アンリ。』



 「……本当にね、ごめん、折角の、折角の新秩序へ近づけるかもしれない手掛かりだったのに。​」



 『はっ、何故余に侘びる。新秩序それに復讐したいのはお前であろう。余は協力者に過ぎん。……それに、此度の件に関して迂闊なのは、お前だけではなかったしの。』



 そう、どこか不服げにモラグが言い終えた直後に、大きな白鎧のコロッセウムが、私の側へと駆け寄ってくる。



 「むぅ!すまん!無事か!!偉大なる我が友アンリよ!!​─────このコロッセウムともあろうものが、迂闊であった、後ろからこの目で見ていたと言うにも関わらず、声掛けが間に合わなんだ……!」



 頭をかき、その大きな背丈が少し小さく見えるほどに、申し訳なさげな表情かおを浮かべる(まぁフルフェイスの鉄仮面を被っているか、顔は見えないのだけれど)コロッセウム。

 そんな、過剰なまでに心配してくるコロッセウムを見てると、こちらが申し訳なさげになってくる。



 「あはは、そんなに悲しそうな顔しないでよ……。元はと言えば、あんな間抜けな罠ブービートラップに引っかかったボクが悪いんだしさ。」




 「…………それにコッチこそ、何も見つからずに困ってたって言うのに、なにか知ってそうなあの子を逃しちゃった。取り返しがつかないかもしれない。」




 「​────……いやはや、大丈夫だとも!最奥まではまだ少しある!そこに辿り着くまでに、きっと死霊術師に繋がる何やら重要な手がかり、素晴らしき光明があるだろうて!我らには、黄金の加護があるのだからな!」



 「いやはや!それにしても全く!あのムラサキという男!我ら、2人の強き戦士の目を掻い潜り逃げおおせるなど、敵ながらあっぱれと言ったところよな!はーっはっはっはっはっ!」



 そうやって、高笑いをあげるコロッセウム。

 だけれど、一瞬、言い淀んだ一瞬があったのが、私には分かった。

 ​────本当に申し訳ない。こんな事なら、変な仏心は見せずに、少しでも証拠を残すため殺しておいたら『あのなぁ、それは先程決めたであろう。それに、今更過去のことをたらればと掘り返すな。それも、過去に戻ったとて出来んであろうことをな。』




 呆れるように、腰に手を当て、私の隣でそんなことを言う、黒い下着姿のような格好をした、桃色髪の少女。



 「​─────……はは、そうだよね、ごめ……って、え??」



 「なんで外に出てるのさ!?」



 横で、当たり前のように告げる少女、脳がバグって、思わず二度見どころか3度見して、更には私も心の声テレパシーじゃなくて、声で会話してしまう。



 『クフフ、過剰な反応だ、アンリ…。余が外に出てこれることなど、既に知っているであろう?それほど驚くことではあるまいて。』




 「​────…偉大なる我が友よ。知り合いなのか?」



 コロッセウムの、驚嘆に塗れたその言葉に、私はビクッと肩を震わせて、そちらを見てしまう。

 ​───はこれだ!君が出てくれば訪れてしまう問題は!



 確かに私はモラグが現実に出てこれるのは知っている、というか昨日の宿からして出てきていたし、だから、驚いたのはそこなんかじゃない。

 ここにはが!!!



 が居るのだ!!なのに!!なんで出てきているんだよ!!

 教会、太陽教会にとって悪魔が仇敵だなんて言うのは、他でもない君がいっっっちばん知ってる筈でしょ!?



 『あーあー、耳元……では無いな。心で喚くでない。』



 「なんで君はそんなに余裕げ……!」



 これ程のものがないようにと鬱陶しそうに耳を両手で塞ぐモラグに、ふつふつと私の苛立ちは溜まっていく。

 これからの対応に頭を悩ませながらも、怒りが声としてあふれたように「君さぁ」と言いかけたところで、モラグは黙らせるように声を挟み込み。



 『​───それ程警戒する必要もあるまい。貴様は余のことなど、既にのだろう?…アヴェスタ……クフ、にでも聞いたかな?』



 「​────君よ。げに恐ろしき君。貴方もまた、知っていたのだな。いいえ、そも貴女に、隠し事など、出来るはずもあるまいか。」



 『の隠し事に関しては、また別だがな。今回に関してはではなく推理だ。』



 「ふむ、成程。……そうか。」




 私からしてみれば何も分からない、けれど何処か、いや、何よりも重要だって分かる内容の話が、目の前で、モラグとコロッセウムの間で繰り広げられている。



 それが何か、どうしようもなく、たまらなく嫌で、私は手を挙げ挟むように声を上げる。



 「ちょ、ちょっと待ってよ!!​────……コロッセウム……それにモラグ!君ってただの悪魔じゃないの!?どういうことか、少しくらい教えてくれてもいいじゃん!」



 意識はしていないが、少し焦りを含むような、叫ぶような声で私はモラグに呼びかけるが───────。




 『…………う〜む、それは、だなぁ……。』




 ​────そう言って、困ったような表情で、モラグは頬をかく。



 モラグが、嗤うでも、嘲笑でも、呆れるでも、何でもない。

 親が子供に、聞かれたくないことを聞かれたような、そんな困り目で、私の質問に口どもった。




 ​────それを見た時点で、私は




 音が聞こえるように、さっ、と冷めていく頭。

 脳は正常な、静かな思考を取り戻していく。




 「いや、やっぱりいいや!……​──行こう!モラグ、コロッセウムさん!」




 『は?……おい待て、アンリ!』



 溌剌な、その深い地下の墓地には似合わない、どこか元気な声で私はそう言って、道の奥、迷宮の最奥へと踵と視線を向ける。

 そんな、進んでいく私を止めるように、モラグはその肩を掴んで引き寄せる。



 「わっ」と、小さな悲鳴を上げて、引き戻される私の体。尻もちをつきそうになりながらも体勢を戻す私に、無理やり視線を合わせるようにして、何やら問い質してくる。



 『​───アンリ!お前、一体なんのつもりだ?ハッ、あぁ、それとも何だ、まさか会話に入れんから拗ねたのか?……クフ、フフフ、なんだ、お前にも年相応な所もあったのだな?』



 「​────いや?まさか。流石にこんなので拗ねたりなんかしないよ!それにほら!確かに理由が分からなかったら、ちょっと拗ねたりだってするかもしれないけど、だって、理由もわかってるし!……私弱いもんね!あんまり、聞かせたくないような、聞くべきじゃないことだってまだまだあるよ!!」



 「あ!進んでいった理由?ごめんね、ちょっと勇み足になりすぎてたかも!でも、ほら見て、目だって回復したし、それに、出てきたってことはモラグには何か気づいたことがあるんだよねっ!」



 「​────貴様なぁ…!少しは話を……」



 少しだけ、声を荒らげるように言うモラグだが、私の目を見ては、不思議と押し黙って、そのまま数秒、視線を交差させる。

 ​────こうしていると、やっぱり、モラグの瞳は少し苦手だ。

 淀んだ瞳はまるで、全てを見通してくるようで、怖くなる。



 『​────あぁ、そうだったな、お前の言う通りだ。何も手がかりはない……こともないとも。余は分かるぞ、この先の道がな。着いてこい。』



 ​────数秒して、視線を横に逸らした私から視線を外し、そして、肩に置いていた手も離しては、モラグはぶっきらぼうにそう言って、私の向いていた側へと歩き出す。



 「あはは、待ってよモラグ。……ほら、コロッセウムさんも早く行こ!モラグってたまに親切するけど、すっごい不親切な親切だから!」



 「……う、うぅむ……そうだな。うむ、であれば、すぐさま後に続こう。」





 そうこうな会話をして、ずらずらと、モラグを戦闘に3人並んで突き進んでいく。

 黒い屍人や古代死者ドラウグも、段々と数を増やしていくが、モラグの姿を無視して、私達に飛びかかってはそのまま作業のように処理されていく。



 そして、更に少し進んだ先で​────。




 「む?ここは​────ふむ、やはり最奥。行き止まりだが。」




 ピタリ。とモラグは立ち止まる。それを訝しんだのか、コロッセウムが周囲を見れば、直ぐにそこを最深部であると理解して、そんなことを言っていた。



 私もその声で周囲を眺める。

 ​───その部屋はドーム状になっていて、周囲の壁、そして天井すらも覆うように、無数の棺桶が整頓されて並べられている。

 幾つか、3割ほどの棺桶の中に死者の姿は無いが、コロッセウムの反応を見る限り、恐らくはそこに居た者たちが古代死者として蘇って、そして、この街の冒険者と戦って、存在規模の糧となったのだろう。



 そして、その激戦の後にあるのが​────目の前の、この、黒い石で出来た大扉だったと。




 「コロッセウムさん、最奥​────って言っていたけれど、この扉はどうなの?ここの奥に死霊術師が潜んでいる可能性は……。」



 「うむ、ここは【開かずの扉】でな。押しても引いても、微かにも動きはしなかったと言う。破壊も試したが、【熟練】級の魔術師複数人による大魔術の行使でも​────見ての通り、表面を煤で黒く染めあげただけで、扉自体は焦げのひとつすらつけておらんのだ。未知の力を持っているやもしれんとはいえ、大抵は本体はそれほど強くはない死霊術師が、どうこうできるとは思えんな。」



 「え〜……、成程な……​──いやでも、怪しいと言えばここくらいじゃない?さっき破壊は試したって言ってたけどさ、他に何か特殊な解錠方法を用意して、其れを魔術的な代償に耐久度を上げている……とかかもしれないし。」



 「…………まぁ、そうだろうがな。今もこの街の、偉大なる領主様主導でその解錠方法とやらを探しているのだが、見てのとおり、一向に扉は開いておらんのだ。……試せることなど、全て試したはず。幾ら深淵の如き未知の力を持っていようとも、ただの一介の死霊術師1人が、この古都ロートの集団知に勝てる​────というのは少し考えづらいだろう?」



 「うーん……そうなんだろうけど、やっぱりなにか……引っかかる…………。」




 『いいや、お前の直感は正しいとも、愛しき我がアンリよ。』



 大扉に近づいて、その表面を指で擦り磨いていたモラグは、何処か穏やかなな笑みを浮かべながら、こちらに一瞥もくれずにそう声を出す。



 更には、右手の親指の腹を噛み切り、赤黒い鮮血をぽたぽたと流し始めたかと思えば、「こちらに来い。」とこちらを顎で呼んで。



 そして、集まってきた所で、その指から滴り落ちる鮮血を、ぴっ、と払うよにして、煤を磨き白い表面を見せていた扉へと振りかける。



 ​────すれば、“ ド ド ド ”と、地盤を震えさせるような揺れを上げながら、長年その内側を未知で封じていた【開かずの扉】は、いとも容易く、彼自らが、その口を開けていく。



 扉の内側には10平方メートル程の大きな部屋と、その中心に、淡く、そして妖しく、黒光に輝く魔法陣がひとつ。



 「な、な、なな​────!!い、偉大なるモラグ、よ!!本当に良かったのか!?」



 『クフ、フフフ……。あぁ、勿論だとも。この余が協力してやる以上、失敗は有り得ぬのだからな?』



 「​───…………。……あ、待って。この魔法陣って、転移魔術の奴じゃない?私は使えないけど、おじいちゃんの家の図鑑で見た事あるよ。」



 『……ふむ、確かにそのようだな。それに加えて黒く​────いや、【漆黒】に輝くこの魔力は……』



 「うむ。……この魔力は、人以外のものであろうな。これを残したのは、今までの墓地を見た限りにまず間違いなく件の死霊術師、そして、今回でその者は文字通り人間離れした者であると発覚した。ここに進めば、罠もあるやもしれん。……さて、偉大なる我が友よ。アンリよ、引き返すとすればここだが。」



 「ふふ、冗談。もし罠があるとしてもさ……ここにはモラグも、コロッセウムも居るんだし、強行突破するならこのメンバー以上はありえないでしょ。それに、司祭からの依頼では、【原因を見かけた場合の対処】……なんて言われてたでしょ。原因、この中に居るか、あるいはその原因を知るなら、ここしかないと思うけど。」



 「……うむ!で、あるな!司祭様の信頼する、偉大なる戦士である君ならばそう言うと信じていたとも!」



 そう言っては、コロッセウムは大きく分厚い外套からまん丸い拳大の石を取り出して、そして、“ バキン ッ ”と、その場で握り砕いてしまう。



 瞬間、ぼう、とその内から、青く、直接風のように叩きつけられるほどの膨大な魔力が溢れかえる。

 ​初見の魔法具だが、何となく想像は着いた。



 ───成程、通信用、あるいは何らかの信号かな?これだけの魔力の爆発があるのなら、地上のスフィさん達だって何かを感知できる。



 「​───よし、スフィ達に合図は送った!いざ、誰も見た事のない前人未到の冥界の最奥へと進んでいこうじゃあないかっ!」




 ニカッ、と言うように笑って、コロッセウム、そして私達は、魔法陣へと踏み込んだ。

 瞬間、激しい黒光が私達を包み込む​─────。








 …。




 ……。





 ………。




 あ、ちょっと待って、これすごく気持ち悪​────!転移魔術ってこんな感​じなの──あ、これ無─……吐……!?

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