第二十六話 登録完了、いきなりの指名。


 「こちら、お願いします。」



 そう言って、私は両手でそれぞれ片側の端を摘むようにして、用紙を受付へと手渡す。



 「はい、確かに。」



 受付のお姉さんはそう貼り付けたような笑顔のままで受け取れば、じっくりと、静かに吟味するように用紙を数秒眺め、そしてこちらへと顔を上げ



 「アンリ様、推薦状をお持ちですか?」



 それを聞けば、どこか「待ってました」というような速度で、私はそれを受付嬢へと差し出す。



 すれば、笑みで構成された鉄仮面に何処か微笑ましげな物が映る。


 何故か、と少し思考を挟んだが、直ぐにその理由に思い至った。

 …他人から見れば、確かに…今の私の顔は自慢げに見えたのかもしれない。



 まぁ、誤解では無いのだが!!




 …ないのだが!





 ​────さて、私がくだらないことを考えている間に裏へと引っ込んでいた受付嬢が戻り、そして「こちらを。」と言って、丁寧、然し迅速な所作で私に1枚の、意匠の質素な鉄製のカードを手渡す。



 鉄製のカードには、「【ノーカワ商店】所属 素人冒険者 アンリ・パラミール」と彫られており、ズッシリとした重みが感じられる。


 「こちら、冒険者組合ギルドに所属していることを示す【冒険者証明証】でございます。」



 今受付の人が言った通り、コレは件の【冒険者証明証】と呼ばれるものだ。


 少し前に話した、冒険者の階級ランクの昇進に合わせ、色…と言うより、材質が変わるらしい。



 素人は【鉄】、見習いは【銅】、精鋭は​─…。と言った調子だ。



 ちなみに、達人レベルになれば、その証明証の材質は伝説の鉱石【オリハルコン】で作られているのだとか…。


 その資金をもっと別の場所の所に回せないのか、と思わないこともないが、権威を示すには、こういう細かな事も必要なのだろう。



 そんなことを考えていると、受付のお姉さんが口を開く。



 「そちら、依頼の受付や身分証明だけでなく、ギルド、ひいては教会管轄の商店で提示していただければ、御料金のいくらかを割引させていただきますので、常に携帯していただくのを、推奨しております。」



 「ただし、紛失された場合や破損した場合による再発行には銀貨5枚が必要になりますので、そこはご了承ください。」




 そこまで聞き、私がそれを懐へとしまったところで、「​───さて」と受付のお姉さんは改まって姿勢を正し、そして柔らかな微笑みに、どこか真剣な色を見せる。




 「改めまして、アンリ・パラミール様、登録おめでとうございます。これより、ギルドは貴方様を一人の冒険者と認め、また、その力、知識、資金の全てを貴方様の英雄譚の一助となりましょう。」



 「…最後に、アンリ様のこれからの御活躍を、ギルド一同、期待しております。」




 深々と頭を下げ、静止する受付嬢。その仰々しさに田舎生まれ田舎育ちの素朴な私は少々ぎょっとしてしまったが、何処か染み渡るような感慨深い物を感じる。



 組合ここに所属する目的は二つ。


 新秩序の目的を集める事と、そしてついでばかりの目標、スカイに言われたとおり、復讐以外の目標として設定した、セイルから引き継いだ夢、【英雄になる】。


 それだけだ。



 だから、ここは通過点には過ぎない​───過ぎないのだが、やはり、こうして現に言われると、何処か嬉しく、そしてのだ。



 もし、あの村で何事もなく育って、そして彼が夢を叶えようと、私と共にこの道程を辿って。


 そして、初めて此処に至った時。



 セイルは、どんな顔をしたのだろう。私はその横顔を見て、どんな感情を抱くことが出来たのだろう。



 そんな事を、考えてしまったから。





 ​─────実際のことを言うと、何事もなく過ごしていれば、私は戦う力も持たず、セイルの事を故郷あそこから応援しているだけだっただろう。


 だから、コレはありえない妄想に過ぎない。







 ​─────妄想を見るのは、目を閉じるのは一瞬で良い。

 私はいつの間にか閉じていた瞼を開けて


 「ありがとうございます。」


 一言そう告げた。



 受付のお姉さんは頭を徐に上げては、にっこりと微笑み、「さて…。」と場を仕切り直す。



 「登録していただいていきなりの所申し訳ありませんが、貴方を指名しての依頼がございます。」



 「…へ?」



 凛々しい様子を取り戻したお姉さんが放つ、予想だにしない言葉に、私はそんな素っ頓狂な声を上げる。



 「…え、…っと、指名依頼?私に?」



 「はい、アンリ・パラミール様。貴方様にでございます。」



 信じられない言葉を聞いたように聞き返す私に対して、お姉さんは酷く端的に、表情ひとつ変えず返答する。



 傍から見れば酷く間抜けな様子だが、これは仕方がないことだと私は思う。



 なんせ【指名依頼】だ。私の名を知って、私の力を知って、そして高い依頼料を払って出す、あの指名依頼だ。



 私に、のだ。



 呪術師だからだとか、見た目が幼いからだとか、そんな話ではない。



 そもそも、さっきまで私は冒険者じゃなかった。



 それなのにも関わらず、受付のこの人は、既に用意されていたかのようにそれを出した。



 つまり、前もって依頼されていた訳だ。



 冒険者でもない私に、冒険者組合ギルドを介して。



 「​────…えっ、と…依頼者さんの名前って、今聞いても大丈夫です…か…?」




 「えぇ、勿論です。依頼者様は、我らが太陽教会 【司祭】────」










 「アヴェスタ様、…と申しておりましたよ。」

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