LV-03:ヴァランナの村

 他のプレイヤーがどんな戦い方をするのかは知らないが、ティシリィの戦い方は真剣そのものだった。


 「食らえ!」などの台詞と共に、剣を大上段から、思いきりモンスターに叩きつけるのだ。最初は恥ずかしがっていた俺も、気付けばティシリィと同じような戦い方をしていた。一緒に食事をしたエクラウスさんも言っていたが、『どうせなら楽しまないと損』ってやつだ。


 第2の村バーディアを抜けた辺りまでは、俺の攻撃なら一撃、ティシリィで二、三撃もあれば敵を蹴散らす事が出来た。だが、目的地のヴァランナが近づくにつれ、モンスターは目に見えて強くなってきた。こちらが攻撃を受ける回数も多くなり、回復薬の使用回数も増えてくる。


「回復薬にも限りがあるからな……インディ、敵によってはそろそろファイラスを使ってみよう。いざとなったら、アタシのMP回復カプセルだってある」


「そうだね、りょうか——」


 そんな会話に誘われたかのように、早速モンスターが現れた。オークだ。この辺りで最強のモンスターはオークだと、ティシリィが話していたばかりだった。


「チッ、噂をすれば何とやらか……アタシの攻撃が通らなかったら、ファイラスを使ってみてくれ!」


 言い終わらない内から、ティシリィはオークに飛びかかっていた。上段から斬り付けると、『ギンッ』という大きな音を立てたが、ダメージは殆ど通っていなかった。


「つ、使ってみるよ! ファ、ファイラス!」


 正直な所、魔法を唱えるのは少し恥ずかしかった。あれほど、やってみたかった事にも関わらずだ。


 だが、そんなちっぽけな思いはすぐに吹き飛んだ。


 オークに向けた剣先からは勢いよく火炎が吹き出し、炎は渦巻きながらオークを包み込んだ。オークはその一撃で息絶えたのだ。ファイラスの威力は絶大だった。


「……お、おおっ! 凄いなファイラス! 見た目も威力も!!」


「あ、ああ……」


 凄いエフェクトだった……PRムービーでも魔法のシーンは何度か見たが、まさか本当に再現出来るとは……


 その後、ティシリィは回復薬を使っての回復役に徹し、俺は剣とファイラスで攻撃に専念した。そして、二人の回復薬が底をつきかけた頃、俺たちはヴァランナに辿り着いた。



「かなりの強行突破だったね……下手したら全滅してたかもしれない」


「ホント、ファイラス様々だよ。全滅してたら、アタシのリタイヤの可能性もあったな……それより、やっとレベルが10を超えた! これでアタシも念願の戦士だ!」


 蘇生や全滅の際の復活には、かなりの費用が掛かるらしい。お金を払えずにリタイヤしたプレイヤーも既に何人かいるという話だ。


「ティ、ティシリィじゃないか! ん……? お前らそんな装備でヴァランナまで辿り着けたのか?」


 ヴァランナの通りで、すれ違った一人の男に声を掛けられた。長身で端正な顔立ちのその男は、俺とティシリィの装備を舐めるように見ている。


「ロクサスか……まあね、ここにいるインディのおかげだよ。アタシ達、パーティー組んだんだ」


 ティシリィが言うと、ロクサスと呼ばれた男は明らかに不機嫌な顔をした。ロクサスは何か言おうとする素振りを見せたが、気が変わったのか何も言わずその場を立ち去った。


「今の彼、お友達?」


「いや……知り合いって感じかな。……お、ちょっと見ていこうか」


 俺たちは、通りかかった武器屋と防具屋を見て回った。ティシリィが言うには、2番目の村バーディアとは比べものにならない程、良いものが揃っているという。


「ビックリするくらい高いな……アタシの持ち金じゃ、安い剣とアクセサリーくらいが精一杯ってところか」


 パーティーを組んでいる場合、戦闘後の経験値やゴールドは均等に与えられるが、持ち金に関しては個人ごとに管理することになる。リアルマネーも使えることが、その理由だろう。


「寂しいこと言わないでよ。ティシリィのも買おう。多分なんとかなる」


「い、いいのか……? インディが手に入れたゴールドだぞ……?」


「もちろん。俺たちパーティーじゃないか」


「ありがとう……助かる」


 ティシリィは、引き締めた表情でそう言った




 夕食後のレストランで、俺たちは明日の作戦を立てた。


「こんなのはどう? 俺の装備は後回しにして、一番良い物をティシリィに装備して貰う、武器も防具もだ。レベルは違うけど、戦士になったティシリィは俺の攻撃力と防御力を大きく上回ると思う。その代わり、敵の攻撃は基本ティシリィが受けてもらいたい。俺は後方から、ファイラスと回復薬でサポートする。……どうかな?」


 ティシリィは、常に前に出て攻撃を仕掛ける。俺が前にいると、ティシリィの邪魔になるかと思ったのだ。ティシリィには最強の装備をさせて、HPも気にせず動いて貰いたかった。


「ほう……良い考えじゃん。アタシもその方がやりやすそうだ。よし、明日はヴァランナ周辺でレベル上げ、そしてゴールドを稼ごう。インディの装備が整ったら次の村、ガッテラーレだな! 装備を揃えて貰った分、アタシも頑張らないとな……」


 ティシリィはすんなりと俺の作戦を受け入れてくれた。その後、俺たちは明朝集合する時間を決め、それぞれの宿に移動した。


 そう言えば今朝はまだ、この島に向かう船の中に居た。たった一日の出来事だったのに、とても濃い時間を過ごしたように思う。きっと今日は、グッスリと眠れる事だろう。



***



 翌朝、窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。


 まだスッキリしない頭で窓を開けると、少しだけ冷たい朝の空気が飛び込んできた。風で揺れる草原の向こうには、城と塔がそびえている。俺たちは無事、あの場所に辿り着く事が出来るのだろうか。


 レストランでティシリィと合流し、朝食を済ませると雑貨屋へと向かった。


「どれくらい買う? インディ?」


「もちろん、数は決めてあるよ、回復薬がこれだけ、MP回復カプセルは3つで良かったかな」


 昨日の内に、持ち金でどこまで買えるかは計算しておいた。そんな俺を、ティシリィは大げさに褒めた。きっと、こういう作業は苦手なんだろう。


 武器屋では、ヴァランナ最高級の剣『プラチナソード』を購入した。俺たちが使っていた剣とは比べものにならない程、貫禄のある剣だ。剣を一振りしたティシリィは、「気に入った」と一言残した。残るは防具屋だ。


「『聖なる騎士の鎧』と『守りのブレスレット』を一つずつお願いします。ティシリィには前線に立って貰うから、少しでも防御力を上げておかないとね」


「ん……? アタシの古い装備を売り払っても、ギリギリ足りないだろう。守りのブレスレットは後回しだ」


「店主さん、この剣も売ったら買えますよね? 守りのブレスレット」


「お、おい! いくら魔法使いだからって剣くらい持っておけよ。弱小モンスターごときにファイラス使うまでも無いだろ」


「大丈夫、大丈夫。全部ティシリィに倒して貰うから」


 そう言うと、ティシリィは「仕方ないな」と笑った。




「なあインディ。さっきも聞いたけどやっぱり派手すぎじゃないか? この鎧?」


「何言ってるの今更。よく似合ってるよ、お世辞なんかじゃ無くて」


 赤いボディに金縁きんぶちのその鎧は、ティシリィの赤い髪と相まってとてもよく似合っていた。そもそも、赤い鎧なんかより真っ赤な髪の方がよっぽど目立っていると思うのだが。


 レストランの前を通ると、オープンカフェにいた連中から多くの視線が投げかけられた。


「おお……あれ、最高級の鎧じゃん。剣も、プラチナソードだぜ……」


「赤い髪に赤い鎧かよ……まるでオーダーメイドだな」


 そんな声が聞こえてきた。『聖なる騎士の鎧』を装備しているプレイヤーは、ヴァランナにはまだ居ないはず。目立って当然だろう。


 そもそも、第1便、第2便のプレイヤーを合わせると300人もいるにも関わらず、ヴァランナの村には俺たちを入れて20人ほどしか滞在していない。そう、殆どのプレイヤーがヴァランナに辿り着けていないのだ。


「よう、ティシリィ。いい装備してるじゃん。それに比べて、お連れさんは初期装備? 剣さえ下げてないじゃん。そんなので外に出るのか?」


 昨日会ったロクサスだった。俺たちを見つけて、わざわざレストランの中から出てきたようだ。


「ちゃんとアタシたちにも計画ってものがあるの。行こう、インディ」


「って言うか、もしかして攻撃を全部ティシリィに受けさせるつもりか、インディ君とやら? 女性は守ってあげないと! 男としてどうなの、それ?」


「うるさいなあ! アタシたちには、ちゃんとした作戦があるんだよ! 部外者がイチイチ口を挟むな!!」


 ティシリィは俺の手を引き、ズンズンと進んでヴァランナの村を出た。一言も発言出来なかった俺は、情けない気持ちになった。

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