LV-36:満天の星空

「はあ……今日はもう、何もする気にならないな……インディとナイリの武器も製錬工房に渡したし、今日は休みみたいなもんだな……」


 俺たちはクロトワ集落から戻ってきていた。よそ者が居ては葬儀も出来ないと言われ、仕方なく集落を出たのだ。カウロの説得も、身内を無くしたばかりの村人たちには届かなかった。


「私たち、本当に戻ってきて良かったのでしょうか……心配でたまりません……」


「仕方ないよ、ナイリ……カウロを信じよう……」


 時間は16時を過ぎた所。タイミング良くと言ってはなんだが、雨が降り出した。


「雨か……なんだか、天気も俺たちに合わせてくれているみたいだね。今日はゆっくりしろって事なんだよ」


「本当ですね……それにしても、ティシリィがカウロを引っ叩いたのはビックリしました」


「あ、ああ……つい手が出てしまったんだ。カウロも対応に困っただろうな、顔が引きつってた……」


「普通だったら大笑いしてたよね……でも、不思議とみんな笑わなかった。もし、カウロに何かあったら、私泣くと思う」


「おいおい、変なフラグ立てんなよ、サーシャ。奴はちゃんとモルドーリアに来る。そして、神父とクロトワ族で新しい国を作る。そういう、ハッピーエンドだ」


「ええ、私もそうなって欲しいです。いえ、きっとそうなります」


 俺たちはこんな会話をしながら、レストランで時間を潰していた。スマートフォンもテレビも無い世界。もしかしたら、会話が一番の娯楽なのかもしれない。


 そして1時間が過ぎた頃、ヴァントスさんたちのパーティーもレストランへ入ってきた。


「イロエスの諸君、ごきげんよう。お前たち、一人一個のガルミウム鋼を持って帰ってきたらしいな。俺たち大笑いしたぞ」


 そう言ったのはヴァントスさんだった。


「——やめて頂けませんか、ヴァントスさん。色んな意味で落ち込む人間がいますので」


「ん……? まあよく分からんが、素直に凄いと思ったよ。俺でも一人で持つのは重たかったからな。なんだその、お疲れだったな」


 そう言ってヴァントスさんは奥のテーブルへと移動していった。そして、続いて通りかかったロクサスも声を掛けてきた。


「おい、ティシリィ。あの馬車はどんなイベントで出てくるんだ? 俺たちの地図に載っているのは、バルナバ城とガルミウム鉱山しか無いんだが」


「神父には会ってないのか?」


「もちろん会ったさ。製錬工房の話以外、出てこなかったぞ」


「そ、そうなのか。じゃあ、そういう事なんだろう」


「チッ、内緒なのかよ。しけてやがる」


 そんな捨て台詞を残して、ロクサスはヴァントスさんの元へと行った。もしかして、ロクサスたちはクロトワ族の話を聞いていないのだろうか。


 そして、エクラウスさんだけが一人遅れてレストランへ入ってきた。


「ちょっと、ここ掛けて良いかな?」


「エクラウスさん! どうぞどうぞ!」


 そう言って、エクラウスさんは俺たちのテーブルに着いた。


「インディはともかく、ティシリィとナイリと話すのは久しぶりだな。サーシャは……この間はバタバタさせて済まなかったな」


「いえいえ、そんな……リーヴォルでは私のせいでこんな事になってしまって……こちらこそ、ごめんなさい」


「いやいや、身から出た錆だ。サーシャは何も悪くない」


「で、どうしたんだエクラウス? もしかしてアタシたちから情報収集か?」


「ティシリィ! エクラウスさんはそんな事しません!」


「ハハハ、ティシリィは相変わらずだな。いやいや、久しぶりに話がしたかっただけだ。そろそろエンディングも近そうだからな。製錬工房で武器が上がったら、明日にはベテルデウス戦だ。長かったような、短かったような……どちらが先にエンディングを迎えられるか勝負だな。——まあ、旅が終わっても、また会えたらいいなと思ってな。またどこかで話そう」


 そう言って立ち上がろうとしたエクラウスさんを、ナイリが止めた。


「ちょっと待ってください、エクラウスさん。『雨の恵』を返します。インディ、出してください」


「いやいや構わん、持っててくれ。こっちには僧侶が二人もいるし、今のレベルで十分だ。俺からのプレゼントだと思って、受け取ってくれ」


 そしてエクラウスさんも、ヴァントスさんたちがいる席へと移動していった。ティシリィは何か言いたそうな表情をしていたが、飲み込んでしまったようだ。


「ロクサスが言ったこと、気になりますね……言っている事が本当だとすると、彼らにはクロトワ族のシナリオがありませんもの。ここ北部では、パーティーによって物語が大きく変わるのかもしれません」


「いや……北部だけじゃなく、早い段階からそうだったかもしれないぞ。アタシたちは地図のためだけにルッカに行ったのに、アイツらは王様から直接貰ってたし。エンディングにも、何パターンかあるのかもしれないな」


「だとしたら、『命の石』も私たちしか持ってない事になるね。これはかなり大きなアドバンテージになるよ」


 カウロから貰った、緑色の小さな石だ。死んだ場合に、必ず村に戻らないといけないルールの中、このアイテムの存在は非常に大きかった。


「この石は誰が持ちますか? 私かサーシャだとは思っているのですが、皆さんいかがでしょうか?」


「ナイリでいいんじゃないか。なんだかんだで、いつも全体を見てるのはナイリだ」


「俺もそう思う。自分を犠牲にする代わりに、他のメンバーのHPとMPを全回復させるサクリフィスソウル。サーシャも使えるよね?」


「ええ、使えるわ。そうか……ギリギリで私がそれを唱えてから、生き返らせらて貰うってのも一つの手ね! いいと思う!」


「その代わり、私は絶対死ねませんね……緊張していまいそうです……」


「またまた……なんだかんだで、ナイリが一番タフだと思うぞ。ナイリが後ろにいるだけで、アタシはいつも思い切って突っ込んでいけるんだから」


 結局、俺たちは夕食までここでダラダラと過ごし、7時を過ぎた頃やっと自分たちの部屋へと戻った。




「おい、インディ! ちょっと出てきてくれ!!」


 部屋に戻ってしばらくの事だ。ドアを開けるとティシリィが立っていた。


「どうしたの、ティシリィ」


「神父が教会に来てくれと言っているそうだ。出られるならすぐに行こう」


 廊下に出ると、ナイリとサーシャも待っていた。俺たちは、早速教会へと移動する。


「こんばんは、イロエスです。何かありましたか?」


「イロエスの皆さん、こんな時間にすみません。さきほど、彼女たちがここに辿り着いたのです」


 サウル神父の隣には、赤子を抱いた女性が立っていた。着ている服は、クロトワ族のものだ。


「おお! クロトワの集落から来てくれたのか! 雨には打たれなかったか? 他の奴はどこだ?」


「いえ、ティシリィさん。ここに辿り着いたのは、彼女たちだけなのです。そして、彼女たちは……カウロの奥さんと、そのお子さんです」


 皆の顔に緊張が走った。まさか、彼女たちだけが来ているという事は……嫌な予感しかしない。


「お、奥様……カウロは、カウロたちはどうされたのですか?」


 彼女は何か言いかけたが、その声は言葉にならず、嗚咽へと変わった。それを見たサウル神父は、彼女を教会の奥へと連れて行った。



「彼女も少し落ち着いたようです。私が代わりに話しましょう……」


 しばらくして戻ってきたサウル神父は、つい先ほどクロトワで起こったことを話し始めた。


「デビラというモンスターが、再びクロトワの集落に現れたそうです。若い男性の多くは、昼の襲撃で命を落としており、クロトワ族に抵抗する力は殆ど無かったはずです。目の前でバタバタと仲間が倒れていく中、カウロは彼女たちを馬車に押し込みました。お前たちだけでも生きろと、クロトワの血を絶やすなと。カウロはそう言ったそうです」


 ここから続く話は、嫌でも想像出来た。皆の顔が悲しみに歪む。


「後ろからデビラの爪で貫かれたカウロは、そんな体で馬に鞭を、鞭を……すみません、私がこんな事では……」


 サウル神父も涙をこらえきれず、とうとう声を詰まらせた。


「そ、それで十分だ、よく分かった……そして、アタシたちが何をすべきかも……カウロの奥さんと子供たち……ちゃんと見てやってくれ……」


 しばらくして、俺たちは外へと出た。雨が上がったばかりの石畳は、月の光を浴びて滑らかな光沢を放っている。


「……おい、空見てみろ」


 少し歩いた所で空を指さし、鼻声のティシリィが言った。


 雨上がりの澄んだ空には、満天の星空が広がっていた。

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