LV-29:モルドーリア

「イロエスの皆さん、モルドーリア往きの船が出ますよ!」


 俺たちは既に準備を済ませ、レストランで声が掛かるのを待っていた。ヴァントスさんたちは既に、アスドレクを倒すべくエドアルド城へ向かったようだ。


「やっとか! 行くぞみんな!」


 いつものようにティシリィを先頭にして、船着き場までの長い階段を下りていった。俺はこの島に来て、今日で10日目。一日を除いての晴天は今日も続いている。


 海鳥の群れを見て、はしゃぐティシリィたち。そんな三人は、ずっと以前からの友人のように見えた。



 今日乗った船は、前回とは少し違うタイプだった。贅沢にも二隻の船を? と思ったが、今後リーヴォルにプレイヤーが増えれば、二隻の船でも足りないのかも知れない。後方のデッキでたたずんでいると、ティシリィが俺の元までやってきた。


「よう。とうとう、ベテルデウス戦だな。……ずっと言おうと思ってたんだが、虹色のスライムを倒してくれた事に感謝してる。なのに、あの時は怒鳴ったりしてすまなかった」


「ハハ、どうしたの急に? そろそろ、エンディングの雰囲気が漂ってるから? ……って言うか、俺がいなけりゃティシリィがやっつけてたでしょ、虹色のスライムは」


「いや……後から思い出したんだけどさ、ロクサスが『虹色のスライムには目が無かった』って言ってたんだよ。きっと、正面からじゃ倒すのが難しいモンスターなんだよ、アイツは」


 そう言えば、エクラウスさんと一緒にいるカイとティナも、虹色のスライムを倒したと聞いた。彼らも、どちらかが背面から斬ったのだろうか。


「お互い様だよ。俺だってティシリィがいなかったら、ここまで来られたかどうか分からないし……あと、一番でクリアしようって目標も出来たしね。……何より、ティシリィといると楽しいよ、俺こそ感謝してる」


「へー、それは良かった……」


 先日言えなかった事を、ちゃんと伝える事が出来た。ティシリィはと言えば、目を閉じて気持ちよさそうに潮風を浴びている。


「俺たちさ、この旅が終わってもまた会えたりするのかな。……あ、もちろん俺たちだけじゃなくて、ナイリやサーシャ、エクラウスさんとも」


「さあな。それもこれも全部……」


「エンディングが済んでからだな!」


 俺たち二人は、声を揃えてそう言った。




 モルドーリアという村は、リーヴォルやカタルリーアとは違い、標高が低い位置にあった。船着き場は砂浜から伸びた橋の先に設けられ、その橋を渡りきると、モルドーリアに入る事が出来る。


「なんだよこれ、リゾート地みたいじゃん! 海もキレイだし、季節によっては泳げるな!」


「ホント、もう少し暑かったらね! まあ、泳げるほど暑かったらバトルとか地獄だったでしょうけど!」


「もし泳げる季節だったとしても、私は泳ぎませんけどね……インディは? 泳いでいましたか?」


「いや……泳いだりなんかしてたら、ティシリィに怒られちゃうでしょ。『さっさと先に進むぞ!』なんて言ったりして」


「なんだよ、アタシを鬼みたいに……こんな良いところだったら、少しくらいはそんな時間も作るさ。いやー、ホントにキレイだな!!」


 ティシリィは真っ直ぐ村へは向かわず、砂浜に下りて波打ち際へと駆けていった。サーシャも嬉しそうに後を追う。


 暑かったら泳いでいた可能性もあったのか……俺はつい、三人の水着姿を想像してしまった。




 モルドーリアは規模が小さく、小高い丘の裾野に位置していた。この丘を登れば、ベテルデウスがいるバルナバ城を見ることが出来るのだと思う。


 とりあえず、ティシリィを先頭に村の中を徘徊してみた。武器屋に防具屋、宿屋にレストラン。店の構成は他の村と変わらない。だが、モルドーリアにもカタルリーア同様、村の外れに教会があった。


「ティシリィ、とりあえず教会へ入りましょう。現在、私たちにとって一番情報を得られる場所だと思います」


「そうだな、とりあえず挨拶でもしておくか」


 ティシリィがドアを開けたタイミングで、教会の鐘が鳴った。端末を見ると、ちょうど11時になったところだった。


「ようこそいらっしゃいました、旅の者。——確か、イロエスさんたちですね。ローイルから聞いています。……ああ、ローイルというのはカタルリーアの神父の名です」


 モルドーリアの神父はそう言った。名はサウルというらしい。


「カタルリーアの神父はローイルと言うのか。メッセージは魔法で飛んでくるのか?」


「いえいえ、この子です。私にメッセージを送ってくれているのは」


 そう言うと、サウル神父の右肩に一羽の白い鳩が止まった。きっと、伝書鳩なのだろう。


「早速ですが神父様、モルドーリアという村はどのような所なのでしょう?」


「ガルーラ三兄弟の話は、既にお聞きになられていると思います。ここモルドーリアは、次男のカイザ・ガルーラが統治していた村になります」


「カイザ・ガルーラってどんな性格だったんだ? 長男のヘルド・ガルーラがクズってのはもう知ってるが」


「次男のカイザ・ガルーラは自由奔放な性格でした。細かい事に拘らない、おおらかな王でした。お気づきだとは思いますが、この国で一番栄えているのは南部です。三人の王の父は、お気に入りだった三男のランス・ガルーラに自分の城を譲りました。長男のヘルド・ガルーラが面白くなかったのは、想像にかたくありません」


「カイザ・ガルーラはそんな事を気にしない王だったのですか?」


「そうですね、北部は中部や南部と違って標高が低く、海へ出やすいことも気に入っていたようです。平和な頃は、この村にも時々訪れる庶民的な一面も持っていました」


 3つの城にも、それぞれのストーリーがあったんだ。リタイヤするのが早ければ、この島の事を全然知らないままだったのだろう。


「中部にはビトルノという廃墟の村があったけど、北部に他の村は無いのでしょうか」


「ええ、村と呼べるのは、ここモルドーリアだけです。ただ、丘を越えると大きな湖が見えるのですが、そのほとりに小さな集落があります。一度訪れると地図に記載されるでしょう」


「そんな所があるんだな! そこは食事とか泊まったりなんかも出来るのか?」


「いえ、その集落には店のようなものはありません……ただ、あなたたちにとって、寄るべき大事な場所だと思っています」


「おいナイリ……これ絶対行かなきゃいけないとこじゃん」


「コソコソ言わなくても、みんなそう思ってますよ」


 声を潜めて言ったティシリィに、ナイリは呆れ顔でそう返した。


「——そうそう、この教会の裏手に製錬工房があるのですが、そこは見て来ましたか?」


「製錬工房? 何だそれは?」


「この村から西の方向に、ガルミウム鋼という貴重な金属が採れる洞窟があるのです。そのガルミウム鋼を製錬して、武器や農具などを作っている工房です。しかし、今はモンスターがその洞窟に住み着いてしまい、誰も近づけない状態になっています。それ故、製錬工房も長い間、開店休業状態が続いているのです。

——ガルミウム鋼さえあれば、あなたたちの武器も強化して貰えるかもしれません」


 ナイリとティシリィは顔を見合わせた。


「ティシリィ、まだまだ私たちを楽しませてくれるようですよ、この世界は」


「ああ、そのようだなナイリ!」


 サーシャはそんな二人を見て、クスクスと笑っていた。

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