LV-11:テセラの塔(後編)
2階の敵は、1階の敵より更に手強くなっていた。それでも、少しずつ回復薬とMP回復カプセルを使いながら、順調に進んでいると言える。エクラウスさん曰く「即死を食らわん限りは安心していいだろう」との事だった。
「3階に上がる前に飯食わない? ちょっと腹減っちゃった」
ティシリィの提案で俺たちは軽く食事を取ることにした。その間にサポートセンターから、返信が欲しいという気持ちもあるのだと思う。
このように、フィールド中で食事を取る場合などには、『結界』というアイテムを使う。各プレイヤーに最初から無料で支給されているものだ。
結界を張っている間は、モンスターたちが現れることが無いので、ちょっとした休憩時などに使える。また、体調が悪くなったなど、緊急の移動時にも使えるが、基本的に先へ進むことは出来ない。明らかに悪用したと見なされた場合は、リタイヤ扱いとなる。
「もし、もしですよ。誰かのHPが0になったらどうします?」
ナイリが皆に問う。
現時点で蘇生出来る手段はゴールドかリアルマネーを使っての蘇生となる。蘇生出来るアイテムや、魔法は今の所無い。
蘇生の処置自体は、村の中でのみ可能となっている。例えば、塔の中で死んでしまった場合、お金を払ったからと言って、その場ですぐに戦闘可能にはならないのだ。
「うーん、状況にもよるじゃろなあ……5階に辿り着いて、ラスボスと戦闘中なんかにワシだけ死んだとかなら、そのまま続行する方がいいだろうし。確かにそこは慎重になった方がいいな。攻撃力のあるティシリィなんかがやられたら、塔を下りて戻るのだって大変だ」
「確かにそうだ……フィールドから村へワープ出来ないのも痛いよな。本当に体力勝負だよ」
その時、ティシリィの端末に着信が入った。サポートセンターからの返答だろう。
「はい。ああ……そうか、分かった」
「ティシリィ、なんだって?」
「強いモンスターの電流設定を変更するってさ。やっぱり何かしら操作してんじゃないか。今まで何やってたんだよ、こいつら。……じゃ、飯食ったら3階のボスやっつけるか!」
***
俺たちは順調にバトルをこなし、とうとう5階へと上がる階段の前まで辿り着いた。この階段を上りきると、テセラの塔のボスが出現するはずだ。
「当たり前だけど、出来れば誰にも死んで欲しくない。現状、一番即死の可能性があるのはエクラウスさんだ。初手は防御しておいて貰えませんか? いや、ナイリも同じく防御でいいかもしれない。俺たちが敵に与えるダメージ量と、俺たちが受けるダメージ量を見て、次の動きを見定めて欲しいんです。みんな、どうだろう?」
ティシリィは無言で俺の二の腕を叩いた。賛同という意味だろうが、少し痛かった。エクラウスさんとナイリは「それでいこう」と言ってくれた。
「よし、じゃインディが考えた作戦で行くぞ。次が最後だ。5階の作りがどうなっているかは分からない。階段を上り切ったら前も後ろも注意するように」
ティシリィの言葉に俺たちは無言で頷いた。
ところが、5階に着いてもボスどころか、他のモンスターも現れなかった。
「多分……あそこですよ。中央にあるあの部屋。行くしかないですね」
ナイリが指さした先は、塔の中央部分を占める丸い部屋のようだった。その中心には両開きのドアがある。きっと、そこが入り口なのだろう。
ティシリィがドアを開け、俺が先頭で部屋に入る。その後を、ナイリ、エクラウスさん、ティシリィと続く。そしてティシリィが部屋に入った途端、大きな音と共にドアが勝手に閉まった。
「キャッ……」
ナイリの声のおかげで、俺が咄嗟に出してしまった「ヒッ」という声はかき消されたようだ。
どこだ……? どこから出てくる……!?
その時、パラパラと肩に砂のようなものが落ちてきた。
「うっ、上だっ!!」
見上げると巨大なドラゴンが宙を舞っていた。
ガーディアンドラゴンというこいつは、最悪の敵だった……
ティシリィの遠隔攻撃は、威力があまりない全体攻撃のホーネットソード、俺のファイラスもこのドラゴンには効き目が無さそうだ。瞬時に考えた結果、俺は防御姿勢を取っていた。
「うっ!」
ガーディアンドラゴンは、灼熱の炎を全員に吐きかけた。トロールに殴られた時のダメージに比べると微々たるものだったが、それなりに全員が痛みを感じたようだ。
だが、最悪の敵だと思ったことが、良い結果をもたらした。ティシリィもホーネットソードではダメージを与えられないと思い、防御姿勢を取っていたのだ。
にも関わらず、それぞれが大きくHPを削られていた。4人が一斉に攻撃を仕掛けていたら、全滅していた可能性もある。
「全員、部屋の隅に移動しろ! そして、今のウチに回復薬を使え!」
エクラウスさんは普段の言葉遣いになっていた。
そしてその直後、「グラヴィティボム!」と叫んだ。敵周辺のエリアに重力を与え、地上に落とす魔法だ。
次の瞬間、ガーディアンドラゴンは轟音を立てて部屋の中央に落ちた。俺たちはその間に回復薬を使う。
「ナイス、エクラウス! 次は自分の回復をしろ!!」
ティシリィが叫んだ時には、ガーディアンドラゴンの尾が全員をなぎ倒した。
「ああっ!」
まただ。また、痛みが全員を襲う。ガーディアンドラゴンの攻撃はいつまで続くんだ、これではHPの回復作業のみで攻撃もままならない。それよりもエクラウスさんが危ない、HPは一桁にまで落ちている。
「もう、HPも一桁か、ちょうどいい……後は頼んだぞ、皆! サクリフィスソウル!」
エクラウスさんが唱えた魔法は、パーティー全員のHPとMPを全回復した。そう、エクラウスさんのHPとMPを0にする代わりに……俺たちの端末は、エクラウスさんが死んだという通知で震えた。
「こ、この、クソドラゴンがああっ!!」
ティシリィが描いた華麗な紫の軌跡は、大ダメージを与えた。
「こ、こっちもだっ! メテオレイン!!」
天に向けたプラチナソードから飛び出した水流は、水色の隕石に形を変えてガーディアンドラゴンの頭上に激しく降り注ぐ。相性が良かったのか、全体攻撃にも関わらず大ダメージを与えた。
ナ、ナイリは何をしている!?
ナイリが行動を移す前にガーディアンドラゴンが再び火を噴いた、エクラウスさん以外に痛みが走る。俺たちのHPはまた大きく削られてしまった。
そのタイミングで、ナイリは「ハイリカバリーα」を唱えた。MPの消費量が大きく、何度も使える魔法ではない。ナイリは、ガーディアンドラゴンが再び全体攻撃してくるのを待っていたのだ。俺たちのHPが回復した直後、ティシリィはガーディアンドラゴンに飛びかかっていた。
ティシリィが振り下ろした紫色の軌跡は、避けようとしたガーディアンドラゴンの首を切り落とす。
その首は鈍い音を立て床に転がり落ち、大きく広げていた両翼はしなしなと地面を覆っていった。
勝った……俺たちは勝ったんだ……
俺たちは真っ先に、エクラウスさんの元へと駆け寄った。
「なに、自分を犠牲にしてまでカッコつけてんだよ、ジジイ……」
ティシリィは……ティシリィは泣いていた……
俺もかなり入り込んでしまっていたが、まさかティシリィが泣き出すとは……
「お、おい、ティシリィ。ワシはゲーム上で死んだだけじゃぞ。村へ帰れば元に戻る。なんで泣くんじゃ……」
「ゲ、ゲーム上でなんて言ってはダメです。ちょっと黙っててください……」
横を見るとナイリも泣いていた。ティシリィにつられたのか、気付けば皆が涙を流していた。
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