LV-47:痛みの理由

「イロエスの皆様!! この度は本当にお疲れ様でした! あなたたちの活躍は、ずっと本部から拝見させて頂いておりました。戦闘中におけるダメージの件ですね、本当にそちらに関しては、申し訳ございませんでした……まずは、説明を差し上げる前に、こちらを観て頂けませんでしょうか」


 イベント参加時に集まった本部の控え室に入ると、イベント責任者の野田と名乗る男はそう言った。そして、大型モニターの電源を入れると動画を再生し始めた。


 最初にモニターに映し出されたのは、ティシリィだった。


 そのティシリィは『旅人のコート』を着用している。俺が初めてあった時には、ティシリィは既に皮の鎧を着用していた。という事は……


「このティシリィさんは、上陸初日ですね。見てください、スライム相手にも全力で剣を叩きつけるシーン!! いやあ、私たちは感動しましたよ。ここまでやってくれる人が初日から現れるなんて」


「ど、どういう意味だよ……」


「ま、まあ、もう少しだけご覧ください。結構長い動画ですので」


 野田という男はそう言うと、またモニターに顔を向けた。


 次に映ったのは、ティシリィと一緒に歩くロクサスだった。ロクサスは鉄製の鎧を身に着けている。既に、虹色のスライムを退治した後だったのだろう。その後モンスターが現れたが、全力で剣を振るうティシリィと、やる気の無いロクサスは対照的だった。——だが何故だろう、ロクサスと一緒にいるティシリィを見て、面白くない気持ちになったのは。


 その次に出てきたのは、虹色のスライムに斬りかかった俺の映像だった。自分ではそこそこさまになっていると思っていたが、モニターに映っている俺はへっぴり腰もいいところだった。


『あああーーーっ!! アタシの獲物横取りされた!!』


 動画の中のティシリィは、俺にこう叫んだ。


「なんじゃこれは……インディ、こんな事を言われたのか!?」


「そうですよ。しかもこれ、初対面ですからね」


 エクラウスさんと俺の会話に、周りのスタッフも大笑いした。


「し、仕方ないだろ! これを逃したらリタイヤするかもしれなかったんだから!!」


「し、仕方ないとはいえ、ティシリィ……これは流石に、面白過ぎます。ハハハ!」


 ナイリも珍しく、声を上げて笑った。




 次に映ったのは、トロール戦の映像だった。恥ずかしながら、動画の中の俺は本気で怯えている。それに比べ、隣で剣を抜くティシリィは、とても凜々しい表情をしていた。


 そして、初めてティシリィがダメージを受けたシーンが流れた。トロールの棍棒に殴られてティシリィが悲鳴を上げるシーンは、正に映画の1シーンのようだった。


「こ、ここだ! アタシが初めてダメージを受けたのは! 何でかちゃんと説明してくれ!」


「って言うか、今までの映像も含めてだけど、これはどこから撮ってるの? ドローン?」


「ええ……まずはサーシャさんの質問に関しては、その通りドローンです。鳥形のドローンを何台も飛ばしています。特に、ターゲットとなったプレイヤーの周りには常に飛んでいたと思います。部屋の中のバトルに関しては、各所にカメラを設置しておりました」


「そ、そういや、アタシの上にはいつも鳥が飛んでいた気がするな……あれドローンだったのかよ……ってか、ダメージの話はどうなんだ」


 そう言われた野田は、「うーん」と言ってから切り出した。


「どうしましょう? この動画にはこれからエクラウスさん、ナイリさん、サーシャさんも登場します。全部見てからではダメでしょうか?」


「ワシはそれからでも構わんぞ。何となく理由が分かった気もするが」


「ええ、私もそれでも大丈夫です。続きを見てみたいです、私も!」


 サーシャが「私も!」と言うと、野田はティシリィに小さく頭を下げてから、停止させていた動画を再生し始めた。




 次のシーンは、テセラの塔でのガーディアンドラゴンとの戦いだった。エクラウスさんがグラヴィティボムを放ち、ガーディアンドラゴンを床にたたきつけるシーンは迫力満点だった。そして、戦闘後にエクラウスさんの横で泣いているティシリィも動画には収められていた。


「やだ……ティシリィ可愛い……」


 サーシャのそのつぶやきに、ティシリィは両手で顔を覆った。


 その後は、ランベルト城で王への勝利報告、エクラウスさんとの別れのシーン、何故か俺とサーシャがバーで飲んでいるシーンまでもが収められていた。


「ちょ、ちょっと……流石に、宿の部屋の中までは撮ってないでしょうね……」


「そ、それはご安心ください! 決してそのような事はありませんから!」


 野田は両手を大きく振って否定した。


「ああ、ここめっちゃいいじゃん。サーシャと一緒になってすぐだな」


「本当に……潮風がとても心地よかったです」


「ここからだね、私がイロエスの仲間入りをしたのは……」


 動画には、カタルリーアへ船で移動中の俺たちが映し出されていた。つい先日の事なのに、随分前の事のように思う。


 ビトルノの村ではサーシャが死体に怯え、カタルリーアの神父の前で、涙ながらに訴えるナイリも映っていた。アスドレクとの戦いでは、俺とティシリィが最後の一撃を入れるシーンが映し出された。不思議と俺は、最初の頃のへっぴり腰では無くなっていた。


「今のシーンカッコいいのう……やっぱりお主たちは最高じゃ……」


 そしてしばらくすると、エクラウスさんが行けなかった、クロトワ集落の場面になった。村に入ることを拒むカウロ、ウーラとの会話、そして翌日のデビラとの遭遇。ティシリィがカウロの頬をぶつシーンでは、皆が腹を抱えて笑った。


「そろそろ終わりじゃな……お、ワシが出てきた。後はデビラとベテルデウスか……」


 デビラとの戦闘シーンは、皆がモニターに釘付けになった。それはベテルデウス戦も同様で、ナイリがパウロの子孫である事を告白するシーンは、最高潮に盛り上がった。


 だが、その後ベテルデウスが劣勢になる内、皆の会話が無くなった。そして、ティシリィがベテルデウスに歩み寄るシーンでは、俺たちはまた涙を流した。


「このシーン、私たちも正直ビックリしました……皆さんもお気づきでしょうけど、プレイヤーによって少しずつシナリオは変わるんです。ですので、会話が出来るボス戦に関しては、それぞれ人が当たっています。アスドレク戦、デビラ戦、そしてベテルデウス戦ですね。もちろん、ある程度の会話のひな形は準備しているのですが、ティシリィさんのセリフには驚かされました。モンスターのモーション担当とボイス担当、よく対応したと思います。あ、手前味噌でしたね……あ、ああ! それよりこんな事聞きたくなかったでしょうか!」


 野田は急に慌てだした。ティシリィがこの手の話が嫌いなのを、知っていたのかもしれない。


「いや、もう全て終わった。気にしなくていい。それより、そろそろ説明してくれるか、痛みの件」


「は、はいっ。そうですね、実は……」


 野田は一度背筋を伸ばしてから、話し始めた。


「実は、『RPGアイランド』の新しいPR動画を作成したいのです。これまでの動画は、役者さんを使って作成していたのですが、どうしても伝わらない部分がありまして。ご存じかと思いますが『どうせCGだろ』などと、ネットでは言われる始末でして……そこで、実際にプレイしているところを撮影して、PR動画を作ろうという計画があったのです」


「それで、最初に目を付けたのがティシリィってワケじゃな」


「ええ、仰る通りです。島に入られたタイミングで赤髪だったティシリィさんは、すぐに候補に入りました。しかも、スライム相手にでも全力で戦う姿勢。すぐにティシリィさんが第一候補になりました。それと、ここだけの話しですが、イロエスの皆さんは候補に選ばれていた方が多いのです」


 それは誰ですか? と誰かが聞かなくて良かった。俺だけが候補外だった気がしたからだ。


「で? 何となく分かった気もするが、ダメージの原因は?」


「は、はい……攻撃の時にはリアルそのものなのですが、ダメージを受けたときには、やはり痛くないわけじゃないですか……何て言うか……」


「ダメージを受けてるのに、痛がってないのはおかしいって事だな?」


「そ、そうです、仰る通りです。そこで、端末からの微電流を調整して、あのような形に……仕組みとしては、スタンガンのようなものです……」


「ス……スタンガンですか……!? そんな野蛮な考えに、よく至ったものです……確かに、リアルに映ったでしょうけども……」


「も、申し訳ございません……直前まで課題だった端末のバッテリーの件もクリアし、これは是非使いたい! と……あ、また余計な事言っちゃいましたね……」


 正直、俺はこのダメージの事はどうでもよくなっていた。それよりも、もっと懸念している事がある。


「あのー……そのPR動画って、顔も出ちゃいますよね? どこで公開されるんですか?」


「も、申し遅れました! 今の所、動画サイト含むネット全般、そしてテレビCMでも流す予定です。もちろん、無料で出て頂くことは考えておりません。今回、『RPGアイランド』で利用された費用をこちらが全額負担、プラスアルファで出演費というのはいかがでしょうか?」


 野田の話によると、参加費の150万円はもちろん、各村での飲食費、宿泊費、装備代まで返金。その上で、若干の出演料も出るとの事だ。プラス、これらは全て口外しないとの約束付きで。


「問題無い。それでいこう」


「ティ、ティシリィ! 他の皆は大丈夫なの? エクラウスさんはどうなんですか?」


「ワシなら無料でも使って貰いたいくらいじゃ。死んでしまう前に、良い思い出が出来たわい」


「私も構いません。いえ、逆に大歓迎です。お金が返ってくる上に増えるなんて、まるで夢のようです」


「んー……皆がそう言うなら、私もそれでいいか……普段は金髪じゃないから、私ってバレない可能性の方が高いし」


 結局みんなに押し切られ、PR動画は2ヶ月後から公開される事になった。

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