LV-∞:健人と理子
とうとう先日、『RPGアイランド』のPR動画が公開された。この動画に出ている事を知られたくなかった俺は、一部の友人にしかこの話をしていなかった。だが、永らく会っていなかった友人からも、メールが入ったり、電話がかかってきたりする始末だった。
「あの動画、飯田だろ? 友達が『RPGアイランド』に参加してたなんて、ビックリしたよ! で、あのパーティーってどうやって組むの? くじ引きか何かか?」
「いや、旅をしていくうちに、これぞっていう人と組むんだよ。お金の掛かる世界だから、なかなかシビアだったりするんだ」
「マジかよ! どうやったらあんな可愛い子ばっかりとパーティー組めるんだよ! 参加者って女子の方が多いのか!?」
「いやいや、男の方が多いよ。しかも年配の方も多かったなあ……あ! もう出ないといけない時間だから悪いけど切る! また連絡するから!」
ネット上でも、PR動画に出ている女の子たちが可愛いと評判になっていた。ルックスはもちろん、立ち回りなども素人には見えなかったらしく、どこのプロダクションに所属しているのかと探し回る者もいたようだ。俺に関しては、良くも悪くも書き込みは殆ど見かけなかった。
それより今日は、あのイロエスたち五人で集まる日だ。会うのはゲームクリアをしたあの日以来。場所は、市内にある居酒屋。どんな服を着ていこうかと迷っていたら、ギリギリの時間になってしまった。
「やばい……この辺りのはずなんだけど……」
思わず口に出してしまった。地図アプリではすぐ近くまで来ているはずなのに、その店が見つからない。約束の時間までは、2分しかなかった。
「イ、インディ!?」
声の主に振り返ると、黒髪の綺麗な女性が立っていた。ナイリ……? いや、サ……サーシャだ。
「サーシャ! 久しぶり! 全然イメージ違うじゃないか!」
「ちょ、ちょっと止めてよ! その名前で呼ぶの!」
「さ、先にインディって呼んだの、……サーシャじゃないか」
サーシャの部分は、小声になった。
「アハハ、ごめんごめん。って言うか、もうギリギリでしょ? この近くのはずだよね? 何故か辿り着けなくて」
「そうそう、俺も同じで……あ、この細い筋沿いにあるのかも」
その筋に入ると、探していたお店の看板が見えた。
「インディってビックリするくらい、そのまんまだったんだね。そりゃ、嫌がるよねPR動画出るの」
サーシャはそう言ってクスクスと笑った。
「サーシャは全然違って見えるもん。誰かにバレたりした?」
「やっぱり仲良い子にはバレたよ。『RPGアイランド』に参加してるのを知ってる子もいたしね」
そんな短い会話が終わると、店の前に着いた。この奥に皆がいる。サーシャがこんなに違って見えるんだ。ナイリは、そして、ティシリィは一体どんな感じなのだろう。
引き戸を開けて店内を見渡すと、奥の方からこちらに向かって手を振るグループがいた。
「おーい! こっちこっち! ギリギリじゃん!」
声の主を見た俺とサーシャは顔を見合わせた。
「あれって……」
「うん……ナイリだね……」
メガネも掛けず、少し髪が明るいその女性は、ナイリとは全くの別人に見えた。
「すみません、遅くなりました! エクラウスさん、お久しぶりです! ナ、ナイリも……」
「おー、インディ久しぶりだな! 島にいたときと全然変わらないじゃないか! それに比べてサーシャは黒髪か。島にいたときの金髪も良かったけど、黒髪も素敵だな」
「こんばんは、エクラウスさん。もう結構飲んでるんですか? 頬が赤いですよ! ナ、ナイリ、ご無沙汰……」
エクラウスさんは少しだけ髪と髭が黒くなっていたが、イメージは島にいたときと殆ど変わらなかった。それよりも、隣にいるナイリだ……
「何よあなたたち、よそよそしい……あれだけ一緒に苦楽をともにしたってのに」
「い、いや、それは分かるよ。でもさ、自分でも分かってるでしょ……? だってイメージ違いすぎるんだもん……」
俺は思ったままを口にした。
「アハハ、ごめんごめん。抽選で勇者に選ばれましたって聞かされてからね、これは真面目にやらなきゃって思っちゃって。その結果、あんな感じになっちゃったのよ」
「そうなんだ、ある意味真面目じゃん」
「そうそう、基本真面目なの私。それにしても、私の真面目役、違和感無かった? バレバレだと思ってたんだけど」
「いや、俺は全然分からなかった。サーシャは?」
「私も……そりゃナイリは、PR動画も喜んで公開OKにするよね。あれじゃ誰だか分からないもん」
「何言ってんの! あの動画は私って言い広めてるくらいなのに! 何故だか、エクラウスさんも驚いてたけど」
そんなナイリの話しを、エクラウスさんは横でニコニコしながら聞いていた。
「え、えーと、ティシリィはまだ来てないの?」
「ティシリィはちょっと遅れるらしいな。さっき連絡が入ってきた。——インディはティシリィに気がある感じだったもんな、会うのが楽しみだろ?」
「え、ええ!? そ、そんな事無いですよ!」
「何、とぼけてるの。私もサーシャも皆気付いてたよ、インディがいつもティシリィの事見てるの。気付いてないのはティシリィだけだったんじゃない?」
ま、まさか、そんな事になっていたとは……俺は、俺が思っていた以上に、ティシリィの事を……
「あ! ティシリィじゃない!?」
ナイリが入り口を指さして言った。
そこに立っていたのは、大人しそうな黒髪の女性だった。
「こんばんは……遅くなってしまってすみません……」
「久しぶりティシリィ! はいはい、こっちに座って!」
何故か、ナイリはティシリィに対して全く違和感が無いようだった。もしかして、何度か会っていたのだろうか。
「ナイリ……? もしかして、ティシリィとは何度か会ったの?」
サーシャも同じ疑問を持ったのだろう、ナイリにそう問いかけた。
「いいや、あの島以外では今日が初めてだよ。なあ、ティシリィ」
ティシリィは小声で「ええ」と答えた。
「いやー、今日は最高だな! しかしまあ、ナイリとティシリィの人格が正反対だったのが可笑しくて仕方無いよ。ホント、よくやりきったなあ!!」
エクラウスさんはもう結構飲んでいるのだろう、本当に楽しそうだ。
「もう、やり始めたら楽しくって、楽しくって。不思議とね、別の人格作ると、どんどんのめり込んじゃうの。クロトワの時なんか、泣いてる自分にビックリしたくらいだもん。ティシリィもそうでしょ?」
「フフ、それ分かります。ああいうキャラになっちゃうと、本当に私が全部守らなきゃって思ってくるんですよ。サーシャのガルミウム鋼まで運んだときは、ホント死にそうになりましたけど」
ティシリィの台詞に、皆が笑った。そんなティシリィは、お酒が入ったからか頬が少し赤くなっていた。一方、ナイリは最初からずっとお茶を飲んでいる。島では頑張って、皆に付き合ってくれたのだろう。
「そっかー……そんなの聞くと、私も別の楽しみ方あったのかな? って思っちゃう。金髪にする事くらいしか、思いつかなかったんだよね、私」
「サーシャは金髪にしただけ、まだいいじゃん。俺なんて、本当にそのままだったからな。——ああ、もう一度行ってみたいな、RPGアイランド」
「次にインディがやるとすると、どんなキャラがいいんだ?」
「そうですね……俺は島にいた時のような、ティシリィみたいなキャラがいいですね」
俺が言うと、ヒューヒューとナイリたちがはやし立てた。ティシリィは意味が分からない様子だった。
翌日も仕事が入っていたナイリとティシリィのために、今回は一次会のみで終了した。また近々、必ず会おうという約束をして。
店を出た俺たちは、JR組と私鉄組に別れる。JRの駅は近いが、私鉄の駅は少し遠かった。その私鉄組は、俺とティシリィだった。
「何度も言っちゃうと嫌かもしれないけど、本当に驚いた。ナイリにもティシリィにも」
「アハハ、そうでしょうねえ……ナイリも言っていたけど、バレてるんじゃないかってずっと思ってたんですよ、本当はどんな人間かって」
「残念ながら、俺はどっちも分からなかった。まだまだ未熟なんだろうなあ……」
「そんな事無いです。それだけ純粋なんですよ、インディは」
ティシリィは俺の目を見て、フフっと笑った。俺の胸がズキンと疼く。
ああ、皆が言っていた通りだ、俺は本当にティシリィが大好きだったんだ。
「私たちって、いつまでインディとかティシリィとか呼び合うんでしょうね? 例えば、今の二人の会話聞かれたら、かなり痛いですよ、私たち」
「ハハハ、本当だね。五人でもいれば何かのサークルなのかな、なんて思うかもしれないけど、二人きりだとね」
「インディは飯田さんですよね、でも急に距離感出ますよね、飯田さんって呼ぶと」
「そうだね……じゃ
俺は酔っていた勢いで、出来るだけ軽く言ってみた。
「健人……かー、流石にまだ健人さんって言っちゃいますねぇー。うん、ダメダメ、呼び捨てはまだ早い」
「そういや、初めて会った日のティシリィには、『アタシに「さん付け」は不要だ』って言われたのにな」
「ヤダヤダ、やめてください! きっと普段の自分じゃ言えない事、言っちゃうんですよ! わー、恥ずかしい!」
そう言って、ティシリィは両手で顔を覆った。
俺にとっては永遠に続いて欲しい帰り道だったが、あっさりと駅に着いてしまった。楽しい時間ほど、早く過ぎてしまう。RPGアイランドに居た時もそうだった。
「じゃ、俺はこっち側だから。気をつけて帰ってね。あ、あと……また今度飲み会があると思うけど、それ以外でも会えたり出来るかな?」
「……それは二人で?」
「ティシリィがいいなら……」
「じゃ、その時はインディとティシリィは無しね」
そう言うと、ティシリィは胸の前で両腕を組んだ。顔つきも、島にいたときのティシリィになっている。
「健人! アタシの名前は
そう言い終わったティシリィの顔は、みるみる真っ赤になっていった。そして、自分が帰る方の改札へ走り出すと、さっさと改札を抜けてしまった。
「理子か……」
ティシリィ……いや理子は改札の向こう側から、大きく手を振っている。俺も両手で振り替えした。
俺の『RPGアイランド』は、まだまだ続きそうだ。
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