フォーラムに女神の手が差し伸べられる
魔道具の部屋には、先生たちが入れ代わり立ち代わりやって来て、投稿するようになった。魔道具の近くにノートを置いておき、改善した方が良い点や不具合の記載をお願いしている。
見た限りでは『すごいね』というような感想ばかりで、大きな改善要望や不具合は無いようだ。
「何で、俺の投稿に賛同者が少ないんだ!」
承認欲求が強めの先生。一日に何回も確認しに来ているようだ。
「この前の馬の写真より、もっと可愛いのが撮れたんだ。写真を差し替えるにはどうしたらいいかな?」
学校で飼っている自分の推し馬の自慢に熱中する先生。世界が変わっても人間の行動はあまり変わらないようだ。
先生同士でカメラの取り合いが激しく、蓄電池の消耗も激しいので、私とナカムラはお昼休みにカメラの蓄電池にポグーの糞を追加する事が日課になった。
◇
『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』
この実現のためには、この魔道具を使って意見を自由に言える流れを作らなければならない。私たちが次に取り組む課題はこれだ。
『生徒が気軽に使える状態にしたい』
モバイル端末をそれぞれが持っている世界ではない。この教室1か所だけにある状態では、興味を示す生徒がいたとしても気軽に意見を投稿しには来ないだろう。
「せめて、学校の何か所かに端末を設置したいね」
設計書も材料もあるので、衣装ケース1個分の本体を複数作る事は難しくない。難しいのは充電池の方だ。
「充電池は場所を取るし、ポグちゃんのお世話が心配だよね」
衣装ケース3個分の充電池を置ける場所は限られている。それに、ポグちゃんが入っているので、誰でも触れる場所に放置するのも心配だ。実は今も、先生だけとはいえ、複数の人が出入りする所にポグちゃんがいる事が気になっている。
「本体と端末の同期をとる事も解決しなければならない」
ハロルドが難しい顔をしている。
「同期?」
石板に図を書きながら、ハロルドが説明してくれた。
「端末で登録した情報と、本体の情報をどうやって連携するか、ということだ。本体と⋯⋯端末っと⋯⋯」
ハロルドは真ん中に大きな四角を書き中に『本体』と書いた。
周りに数個の四角を書き、その中には『端末』と書く。『本体』と『端末』を線でつなぎ、指で強調した。
「何かしらの手段で、本体と端末をつなぐ手段が欲しい。ほら、俺たちの前の世界だと電波を使ったりケーブルを使ったりして、通信しただろう? ああいうものが欲しいんだ」
(ネット回線、ということかな?)
「電波みたいに、魔力を飛ばせる回路があればいいのにね」
救いの手は意外なところから差し伸べられた。ミミズ捕りに協力してくれている、研究院の農学部の教授が救いの女神になってくれたのだ。
「わああ、本当に蓄電池が機能しているのね!」
蓄電池が出来たら見せて欲しいと言っていた教授に、フォーラムバージョン1の完成を報告したところ、その日のうちに部屋まで見に来てくれた。教授は、トイプードルみたいなふわふわの頭を揺らして熱心に蓄電池を眺めて、私たちに仕組みを質問した。
「バージョン2には、何を追加するの?」
端末を作るにあたっての、電池とデータ同期問題を説明した。
「魔力を飛ばす回路か⋯⋯」
教授はしばらく考えた後にっこり笑って言ってくれた。
「私にいい考えがあるの。手配するから楽しみにしていて」
翌日私たちは、ひどく興奮した魔道具の先生に呼び出された。
「研究院の、魔力研究の主任教授が視察にいらっしゃるそうだ!」
「主任教授?」
ポカンとする私、マノン、ナカムラと違い、ハロルドだけは先生と同じ熱量で興奮している。
「どういうことですか?! なぜ学生の俺たちの研究なんかに、足を運んで頂けるのですか!」
どうやら研究院の主任教授というのは、かなり偉くて尊敬される存在らしい。イリスは勉強に縁がないので全然知らなかった。
「ミミズの事でご協力頂いている教授が、学生が面白い研究をしていると伝えてくれたんだ。あの教授は、相当な実績を積んでいらっしゃる方だから、他の分野の教授たちからの信頼も厚いんだ」
魔道具の先生の言葉から、尊敬の思いがあふれ出ている。トイプードルのようなあの可愛らしい外見からは想像つかなかったけど、あの教授はかなりすごい研究者なのだろう。
「俺たちの魔道具に興味を持ってもらえたら、魔力を飛ばす回路について相談出来るかもしれない」
主任教授が来る来週に向けて準備を進めることにした。
マノンは本体の回路についての資料をまとめつつ、私とナカムラに蓄電池についての資料をまとめる指導をしてくれる。
今まで記録した、エサの量と土の魔力量の関係
臭いを消す為の香草の量
持ち運びサイズの蓄電池に必要な土の量と糞の量
カメラの魔力消費量
作る資料は山のようにある。マノンの指導は本格的で、もはや自分でやった方が早いのでは、というくらいの精度だ。
「次は表計算ソフト作りてー」
「電卓でもいい」
計算が苦手な私が作った一覧を、ナカムラが1個ずつ検算してくれる。頻繁に直しているということは、かなり間違っているのだろう。イチイチ文句を言わない事に感謝する。ありがとう、ナカムラ。
ハロルドは主任教授がどのくらい時間を取ってくれるのか分からないので、短時間で興味を引くためのスピーチを考えている。今までに無いくらい目がキラキラ輝いている。
「前の世界の俺が、どれだけのエレベータピッチをこなしてきたと思ってるんだ!」
なぜエレベーターが出てくるか分からない私とナカムラに、マノンが解説してくれる。
「起業家にとって、投資家に投資をしてもらう事はとても大事なの。でも、投資家なんて忙しいもの。まだ実績がない起業家は、自分の事業を説明する時間すらもらえないわ。
大きなビルのエレベータに投資家が乗り込む時を狙って、目的階に到着するまでのわずかな時間でアピールする方法を、エレベーターピッチというの。数分のチャンスで興味関心を引いて、正式なミーティングの時間をもらったり、連絡先や名刺をもらうための技ね。
ハロルドは、そのくらいの短時間で簡潔に興味を引けるスピーチを作ろうとしてるってことよ」
「エレベーターでアピールするの?」
「例えよ。本当にエレベーターで話す人もいたでしょうけど」
分かったような、分からないような。ナカムラも同じようなものなのだろう、ニヤニヤ笑って言ってきた。
「なあ、エレベーターチャレンジ覚えてる?」
「あの生活指導の近藤の?」
「そう。俺、あれ成功して、谷口にクリームパンおごってもらった事ある」
私たちの高校で流行っていた賭けのことだ。生活指導担当の近藤先生は、校則以上に制服の着こなしに口うるさかった。女子のスカートは膝が隠れればOKのはずなのに、ふくらはぎまでの長さを求める。男子はネクタイがわずかでも歪んでいたら指導。もちろん誰もが、近藤先生の口癖を浴びせられる。
『あなた、服装を見直しなさい』
1階に職員質が、5階に生徒指導室がある新棟のエレベーターは近藤先生との遭遇率が非常に高い。
乗り合わせた時に口癖を言わせなかったら勝ち、という賭けが流行っていた。
「すごいじゃん。どうやったの?」
「近藤って、化学教えてたじゃん? だから『ノーベル化学賞の受賞者を思い出してるんですけど、9年前が分からないんです』って言ったんだよ。あいつが1年ずつ遡ってブツブツ言ってる間に到着した」
「あんた、ノーベル化学賞全員言えるの?」
「一人も言えない」
「あはは、ずるい!」
「でも、すごいだろ? 近藤、すっげえ真剣に考えてた」
「ひっどー」
ひいひい笑う私たちを見るマノンの視線が痛いので、資料作成に戻った。
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