なつかしき故郷の納豆臭

 改めて、ポグーについてナカムラに教えてもらう。


「ポグーとモグラはすごく似てる。毛の色が真っ白で、人間の魔力を少し吸うところが違うくらいで、土の中にトンネル掘って巣を作って暮らすところも同じだ」

「餌は人間の魔力ってこと?」

「いや、魔力も吸えるけど、普通のモグラみたいに食事で栄養を摂れるよ。肉食でミミズとか虫とかを食べてる」


 魔獣の研究は、魔獣の数自体が少ないのでそれほど進んでいないけど、害がなく色々なところに生息しているポグーについては、比較的分かっている事が多いそうだ。


「繁殖も容易だから、魔獣研究部から長期間借りられると思う」


 糞や土に含まれた魔力は使うと消費してしまう。だから土の中でポグーが暮らして、常に新しい糞が補充される状態が望ましい。


「特殊な土が必要?」

「柔らかい腐葉土でいいから、厩舎の奥の林辺りでもらってくれば大丈夫じゃないかな」

「蓄電池、楽勝じゃん!」


 私の言葉に、ナカムラは渋い顔をした。何か問題があるらしい。


「ポグーの餌が問題。ポグーは人間から魔力を吸わなくても生きられる代わりに、1日で体重の半分くらいの餌を食べるんだよ」


 小さなポグーとはいえ、8匹の半分の体重のミミズを想像した。ソフトボールくらいの大きさの量のミミズが必要ではないだろうか。


「わあー。毎日、捕って来なきゃならないってことか」

「量は必要だけど、毎日じゃなくていいよ。ポグーはミミズを仮死状態にさせて巣に貯めておけるんだ」

「魔獣研究部ではどうしてるの?」


 ナカムラが言いにくそうに、口を開いた。


「金で解決してる。世話人を雇ってミミズをまとめて買ってるんだ」

「さすがねー、お坊ちゃんたち」

「何だよ、イリスの家だって金持ちだろ」


 すねたように言うナカムラが可愛くて笑ってしまう。確かにイリスの家も、お金には困ってなさそうだ。ハセコ時代のようにお小遣いで苦労したことはない。


「でも、私たちは授業だから、買うわけにはいかないね」


 前の世界の私たちも、今の私たちも、ミミズについての知識はなかった。ネットも無いので図書室に行くことにした。


「何だろうね、動物じゃないし、爬虫類でもないし⋯⋯っていうか、生き物の分類が前の世界とはちょっと違うんじゃなかった?」

「俺、動物は好きだけど、虫はそんなに興味ないから分からない」


 イリスの記憶から生物系のものを引っ張り出してみようとするけど、授業を聞いてなかったのか忘れてしまったのか、かけらも見つからない。


「そういえば、小学校の時に飼育委員一緒にやったよね。覚えてる?」


 ナカムラが驚いたような顔をした。


「ハセコこそ、覚えてたんだ」


 私たちは二人とも、地元で小学校、中学校、高校と進んだ。それほど接点がなかったナカムラだけど、小学校高学年で飼育委員を一緒にやったことを覚えている。


「覚えてるよ。ニワトリ担当は不人気だったから、私たち二人だけだったじゃん。私、うさぎ担当が良かったのに」


 小学校では、コッコとひよ太郎という2羽のニワトリを飼育していた。飼育委員内で担当を決めるときに、全員がうさぎを希望した。何だかコッコとひよ太郎が気の毒になってしまった私は、ニワトリ担当に立候補したのだった。ナカムラが何でニワトリ担当になったのかは知らない。


「ひよ太郎がミミズ食べてたの思い出しちゃった」


 無意味な回想をしている間に、ナカムラが目当ての本を見つけ出してくれた。


「ハセコ、あった! 『身近な生き物図鑑』に載ってる!」


 図鑑によるとミミズは有機物であれば割と何でも食べるらしい。


「有機物⋯⋯テレビで生ごみを集めてコンポストって肥料みたいなの作ってたの見たことある。そこにミミズもいた気がする」

「畑の土って、肥料を混ぜてミミズに最高の環境になってそうだよな。――前に研究院を見学した時、かなり広い畑がなかったっけ」


 王立学校の高等部を卒業すると、領地に帰る、仕官する他に、研究院に進むという道がある。研究院は、貴族だけじゃなく平民からも進めるけれど、専門分野についての厳しい選抜試験がある。ハセコの世界の大学院に近い。


 研究院は王立学校に隣接していて、中等部時代に研究院を見学するという行事があった。言われてみれば、広い畑が広がっていたかもしれない。


 私たちは魔道具の先生に、畑の近くでミミズを捕獲させてもらえないか相談してみることにした。


「研究院の農学専攻の教授に、紹介状を書いてあげるから行ってみなさい」


 魔道具の先生は、熱心に取り組む私たちをひたすら褒めてくれた。勉強でこんなに先生に褒められたのは初めてだ。


 紹介された農学専攻の教授は、教授というイメージとはかけ離れた、ふわふわの頭のトイプードルみたいに可愛らしい女性だった。年齢を重ねているのに表情が若々しくて、目を輝かせて私たちの話を聞いてくれた。


「面白いわね! その蓄電池が成功したら、見せてもらえないかしら。蓄電池を使った魔道具で乾燥した地域で水をまき続けるとか、色々な使い道が考えられる。実現したら夢のような事が出来そうね」


 教授の部屋の壁には、農地が描かれた綺麗な絵がたくさん飾られていた。教授が育った領地には、こういう農地が広がっていて、昔から水や人手の問題が多く発生しているらしい。そういう事を蓄電池の技術で解決できたら、と思うと夢が広がるのだそうだ。


 畑の中に入らなければ周りでミミズを捕って良いという許可をもらうことができた。ナカムラと私は、さっそく持ってきた入れ物に捕獲していく。


「面白い道具を使うのね?」


 教授が興味深そうに見ているのは箸だ。元日本人のナカムラと私は、ピンセットを使うよりも2本の木の棒を箸のように使う方が細かい動作ができて上手く捕まえられる。


 箸を使ってどんどん捕まえる私たちを見て、教授は『今度、私にもその道具の使い方教えて!』と大喜びしていた。


 ちなみに後日、ハロルドとマノンにも箸をお披露目したところ、大好評だった。二人とも日本の食文化で箸を使うことは知っていたけど使えないそうだ。


「俺、一度スシを食べに行った時にチャレンジしたけど、難しくてイライラして、結局手で食べてしまったよ」

「私は、ヌードルのお店で見かけたことがあるけど、フォークの方が使いやすそうだからチャレンジしなかったわ」


 二人とも覚えたがったので、ナカムラと私は使い方と、豆をつかんで移動する練習を教えてあげた。



 衣装ケース3個分くらいの大きさの入れ物を作り、腐葉土を詰めた。魔獣研究部からポグーを借りてきて住んでもらい、ミミズをあげている。


 魔道具の実習用の部屋が、私たちの蓄電池でいっぱいになってしまった。ハロルドの部品も量が増え大きくなってきてしまったので、先生が私たちのために小部屋を1つ用意してくれた。私たちの魔道具にとても興味を持ってくれていて協力的なのだ。


「ねえ、何か臭くない?」


 ナカムラも顔をしかめてうなずく。


「忘れてたけど、ポグーの糞って臭いんだよ」

「この臭いって⋯⋯」

「「納豆!」」


 二人の声が一致する。納豆、すごく懐かしくて食べたくなるけど、臭いは好ましくない。


「これって、どうにかならないの? 自分まで臭くなりそう」

「臭いを消す香草があるって、聞いたことがある気がする。調べてみる」


 魔獣研究部では、屋外に飼育小屋を持っているので気にならなかったそうだ。土にカビが生えないよう、窓を開けて換気しているにも関わらず、臭いがこもってキツい。


 臭い部屋を出たところで、廊下の向こうからアレン先輩が歩いて来るのが見えた。学校の中で出会うなんて初めてのことだ。そういえば、この部屋は3年生の教室に近い。


「どうしよう、ナカムラ。私、納豆臭い?」

「え? 何で?」


 パタパタを制服を叩き、頭を振って臭いを振り払おうとする私を、ナカムラが怪訝な顔で眺める。そうこうしているうちに、アレン先輩がこちらまで近づいてきた。


「イリス、こんな所で会えるなんて嬉しいな」

「こんにちは、アレン先輩」


 私はハセコを捨ててイリスらしくお辞儀をした。アレン先輩は私の隣に立つナカムラをちらりと見た。


「こんなところで、何をしていたの?」

「魔道具を作る実習をしていました」


 アレン先輩は爽やかに笑った。私の心拍数は普段の3倍くらいに上がっている。緊張して顔も熱くなってくる。


「懐かしいね! 僕も1年生の頃には苦労したよ。僕の時には音楽を鳴らす魔道具を作ったな。君は何を作っているの?」

「私たちは⋯⋯」

「言えません。発表するまでは他のチームには秘密ですから」


 言いかけた私の言葉をナカムラが遮った。


「すみません、そうでした」


 目で謝ったけれど、ナカムラは無表情だ。


「では、行き詰って困ったら僕に相談しに来なよ。秘密に触れない範囲での相談なら、お友達も怒らないだろう?」


 先輩はナカムラを見て、面白がるように言った。


「もちろん、魔道具のこと以外でも、何でも相談に乗るよ。この前みたいにまた二人で話そう。約束だよ?」


 そう言って、うっとりするような優しい微笑みを残して、アレン先輩は去っていった。先輩の後ろ姿を眺めながら余韻にひたる。


「アレが、前に言ってた好きな人?」

「え! 何で分かったの」

「分からないと思う方がオカシイだろう」

「すっごく素敵な人じゃない?」

『⋯⋯だろ』


 ナカムラが日本語で何かつぶやいた。良く聞こえない。


『え? 何て言ったの?』

『ヴィクトーの方がカッコいいだろ』


(張り合ってる!)


 とても悔しそうなのは、ナカムラなりに自分のアバターを最強だと思っているからだろう。私は一歩下がってヴィクトーを眺めた。じっと見つめているうちに、恥ずかしくなってきたのか、ヴィクトーの顔がだんだん赤くなってくる。首筋も耳も真っ赤になってきた。


 中身がナカムラだと知っているから、いつもはそういう風に見ないけど確かにヴィクトーはとても容姿が整っている。見ようによっては、アレン先輩以上と言えなくもない。


『うん、そうだね。ヴィクトーも最高にカッコいいよ! 学校で一番かもね!』

『何だよそれ! お前、言葉が軽いんだよ!』


 軽いって何よ。ちゃんと心を込めて言っているじゃないか。せっかく褒めてあげてるのに、ひねくれてる。


『大丈夫だよ。ヴィクトーもそのうち、アレン先輩みたいに、みんなにキャアキャア言ってもらえるようになるよ』

『そんなの、いらねーよ!』 


(もう。高校生ってまだ反抗期なんだっけ?)


 私は面倒な状態のナカムラをなだめながら、ミミズ捕りに向かった。

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