懐かないポグちゃんとミミズ当番

 蓄電池は順調だ。ナカムラが土に混ぜ込むと糞の臭いが消える香草を手に入れてきてくれて、納豆臭の問題は解決した。


 ポグーは土に潜っていているので、元気かどうかが分からない。その点については、ハロルドが魔力測定器を作ってくれた。土に差しておくと、魔力を数値化して表示してくれる装置だ。これが順調に増えていれば、ポグーが健康的に糞をしているということが分かる。


「もう、この数値計だけで、十分に課題の合格あげられそうなんだけど」


 先生の戸惑いをよそに、私たちの勢いは止まらない。マノンの想いを実現するのだ。


「ねえ、イリスのチームは魔道具の実習どう?」


 剣術の前の柔軟体操をしながら、同じクラスのアレシアが聞いてくる。


「順調よ。チームのハロルドとマノンがすごくて、ヴィクトーと私はお手伝いしかしてないんだけど。アレシアのところは?」


 アレシアは、ふふふ、と笑った。


「私たちのチームは、全員やる気が出なくて困っているの。ミレオのお兄さんが何年か前に作った魔道具を真似しちゃおうって話が出ているくらい。――あ、ロベール先輩!」


 アレシアはロベール先輩が好きだ。ロベール先輩が対戦のために剣を準備している。相手はアレン先輩。


 私たちは柔軟そっちのけで、二人の対戦が見やすい場所に移動する。同じような考えの女子が多く、先生が言いつけた柔軟を真面目にやっている人はほとんどいない。


 相変わらず、アレン先輩が舞うように美しく剣を振るう。対するロベール先輩も、後ろに束ねた長髪をなびかせながら、優雅に剣を繰り出す。美しい二人の闘いは、まるでダンスのようだ。


 先生はうっとり見つめる女子たちを指導することを諦め、二人の対決が終わるのを待つ。


 僅差でアレン先輩が勝ち、ロベール先輩を応援していたアレシアが残念そうに嘆いた。


(アレン先輩、いつも残って練習してるのかな)


 きっと、そういう影ながらの努力のおかげに違いない、と思っていると、アレン先輩の視線が私に向けられた。そして何と、にっこり微笑んでくれた。


(いやーーーーー!)


 一気に心拍数が上がり、全身が熱くなった。素敵すぎる。一瞬のことだったけど絶対に私を見てくれた。


「今、アレン先輩こっち見た気がしない?」


 アレシアが、私の腕をつかんでゆさぶった。


「そうだよね、こっち見たよね!」


 浮かれた気持ちのまま活動を終え、控室から出たところで『ねえ』と話しかけてきたのは、アレン先輩だった。


「ひっ!」


 私も、一緒にいたアレシアも固まる。周りにいた女子たちがざわつく。


「この間の魔道具の実習の話、詳しく聞かせてくれない?」


(先輩が、私に話しかけてる!)


 天にも昇る気持ちで『はい』と言いかけた所で思い出した。


(ポグちゃん! 今日はミミズ当番だ)


 急に現実に引き戻された。


「お声がけ頂いてありがとうございます。でも今日は用事がありますので、残念ですが失礼いたします」


 私はしおらしくお辞儀をした。先輩は『残念。またね』と言って去っていく。


「ねえイリス! 用事って何なの! せっかく先輩と話せる機会なのにいいの?」


 大騒ぎするアレシアに、まさか魔獣を優先したとは言えない。私は『とても大事な用事』と笑ってごまかした。


 残念過ぎるけどポグちゃんは生き物だから、また明日というわけにはいかないのだ。私は木箱とお箸を持って研究院に行った。最近はコツをつかんだので、短時間でミミズを木箱いっぱいに捕まえられる。


「ポグちゃん、ご飯だよ」


 ミミズを土の上に撒くと、うねうね動いて中に潜っていく。生き物を飼う楽しみの一つがエサやりなのに、食べる所が見れないのは残念だ。顔を出してパクっとしてくれたら最高なのに姿すら見えない。


「ポグちゃん、出ておいでー。ポーグちゃん」

「聞こえないと思うよ」

「わあ!」


 ナカムラだ。いつの間に。驚いた。


「ごめん、何度も声かけたけど、お前、ポグちゃんに夢中だったから」

「今日、当番じゃないじゃん」


 私たちは、交代で2日に1回ミミズをやることにしている。私はポグちゃんが心配なので、どちらも当番じゃない日は魔力計だけ確認しに来ていた。なので、ナカムラの当番の日以外は毎日ポグちゃんの様子を見に来ている。


「お前、ポグーのことポグちゃんって呼んでるの?」

「うん、その方が愛情わかない?」

「そういうとこ、変わらないなあ」


 ナカムラが少し嬉しそうに言う。


「そういうとこ?」

「ニワトリの飼育委員の時。あんなに懐かないのに2羽の名前を呼び分けて可愛がってたじゃん」


 コッコとひよ太郎。あれは本当に懐かないニワトリだった。雨の日も台風の日も毎日世話に通ったのに、最後まで私の姿を見るなり狂暴につついてきた。


「まあ、私たちの都合で閉じ込めてるわけだから、ちょっとでも快適に過ごさせてあげたいじゃん。ポグちゃんは快適かどうか糞の量でしか判断できないのが寂しいね」


 ナカムラは魔力計を確認している。


「何で当番じゃないのに来たの?」

「ここ数日乾燥してたから、土に水分足そうかと思って」


 なんだかんだ、ナカムラだってポグちゃんを気にかけている。ニワトリ当番も、ナカムラだって1日も欠かさなかった。


「転生してまで、飼育係やってるって不思議だね」

「ほんとだな」

「私なんて、せっかくアレン先輩が話しかけてくれたのに、ミミズ優先してここに来たんだよ。最強アバター手に入れたのに、ほんと無意味だわ」

「おう、えらいえらい」


 なぜか上機嫌になったナカムラが、私にご褒美をくれるという。


「前の世界だったらアイスでもおごってやるんだけど、ここじゃあな。⋯⋯うちの料理人が作るケーキが、めちゃくちゃ美味いんだよ。今度、ハロルドとマノンと一緒に食べに来いよ」

「え、いいの? 侯爵家の料理人なんて、すごく腕が良さそう。行きたい!」


 これは楽しみだ。ミミズを優先して良いこともある。

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