魔道具でカメラ作ってみた

 勉強嫌いの私が、授業を楽しみにする日が来るとは思わなかった。魔道具実習の授業の日、先週の石板を机の上に置いてハロルドが口を開いた。


「今日は『どうやって』と『何を』を考えよう。そこに『魔道具』を関連付ければいいね」


 ハロルドが、石板の『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』の下の『どうやって』と『何を』を指した。そして、小さな四角い紙の束を取り出して石板の上に積んだ。


「考えて来たことを、この紙に書いてみて。1個の考えを1枚の紙に書くんだ。似たようなことや同じことでもいいから、まとめないで、たくさん書いて」


 私たちは黙々と作業をする。『掲示板』『写真で見せる』『同じ意見の人を募る』『意見にいいねする』など、どんどん紙が溜まっていく。


 みんなの手が止まったところで、ハロルドが机の上いっぱいに紙を広げて、分類しはじめた。


「これは『どうやって』だね。こっちは『何を』だね」


 そうして、分けられたものを更に、グループ分けしていく。その結果を見て、またみんなで意見を出し合う。


 先生が私たちの作業を覗き込んだ。


「あなたたち、面白いことやってるね。――SNS? 何の記号?」


 まずい、アルファベットだ。


「すみません、これは書き損じです」


 ハロルドが笑顔でごまかす。先生は首をひねりながら立ち去った。他にも先生には意味不明な単語が色々あったはずだ。


 話し合いの結果、作る物は『掲示板といいね機能』に決めた。


 意見を自由に掲載する場を作り、その意見について討論することが出来る。意見には、賛同の意思表示ができる。


 前の世界で発生していた炎上や匿名での攻撃について、私たちが制御できるとは思えない。だから匿名性や非賛同というトラブルを引き起こしそうな要素は排除することにした。透明性を大事にすると決めた。


 実現のための機能は5個。


 文字情報を入力してデータにする仕組み。

 写真を撮影してデータにする仕組み。

 データを保存する仕組み。

 データ同士を結び付ける仕組み。

 データを表示する仕組み。


 これを魔道具を使って実現する。


 魔道具は、既存の回路を組み合わせて作ることができる。視覚を魔力化するような回路をカメラのように使えるのではないか、というのがハロルドの見立てだ。ちなみに、回路は学校の倉庫に大量にある。目的のものを探し出すだけでも一苦労だ。


「ちょっと心当たりがあるんだ。来週、みんなに見せられると思う」



 次の魔道具の授業にハロルドが持ってきたのは、手のひらくらいの大きさの木箱だった。両脇に木箱と同じくらいの長さの突起がついている。木箱の天面にはガラス板がはまっていた。ガラスの下には薄い白い紙が敷かれている。


「これ、ちょっと作ってみたんだ。イリス、突起を両手で握ってマノンを見てくれる?」


 マノンが不思議そうな顔をして木箱を見ている。


「木箱を意識して、魔力を出してみてくれる?」


 授業で習った事を思い出す。眉間に集中しておへそに力を入れて息を吐きだす。


「出た! 木箱のガラス面を見て!」


 そこには、不思議そうな顔をするマノンが映っていた。


「すごい、カメラだ!」


 思わず突起から手を離すと、ガラスに映ったマノンの顔は消えてしまった。


「既存の回路を組み合わせてみた。視覚を魔力化する回路、魔力を検知して光に変換する回路、受け取った光を反射させる回路、記憶の中からカメラの仕組みを引っ張り出して、必要そうな回路を組んでみたんだ」


 ハロルドとマノンは、回路についてあれこれと話す。私とナカムラは、部屋のあちこちを見ては魔力を出して、色んな写真を撮った。


「自分の目で見た通りに表示されるんだね」

「でも視野全体じゃなくて、焦点が合っている辺りに限られてるな」


 はしゃぐ私たちとは違い、ハロルドはこのカメラに納得していない。


「過去の魔道具を参考に、こういうのは組み立てられるんだ。でも、魔力が途切れると消えてしまう」


 魔道具には魔力の入り口が必要だ。このカメラのように、突起を握って人間が魔力を注ぐタイプが多い。注がれた魔力を燃料にして魔道具が稼働するのだが、問題は魔力を貯められないので、魔道具を使う間はずっと突起を握って魔力を注ぎ続ける必要があることだ。


「撮影した画像は、魔道具に魔力が入っている間しか保存できない。誰かが24時間魔力を入れ続けるわけにいかないだろう? 交代でやるとしても、人間がずっと付ききりじゃないと稼働しないなんて道具として失格だ」

「じゃあ、魔力の電池が必要ってこと?」


 ナカムラが聞いた。ハロルドが嬉しそうに親指をたてる。いいね、だ。


「そうだ、俺たちの魔道具の成功は、蓄電技術の実現にかかっている」


 私たちは作業を分担することにした。


 ハロルドとマノンは、回路を研究して機械本体を作る。

 ナカムラと私は、魔力を溜める蓄電池を考える。



『ハロルドってすごいよね』


 正直に言うと、以前のハロルドのことは印象にない。王立学校は1学年の生徒が50人もいないから、初等部から高等部までの間に学年の生徒はほぼ覚えてしまう。何度も同じクラスになった事があるはずなのに、全く印象になかった。


『もっと向こうで勉強しておけば良かったな、って後悔してる』

『今さらかよ』


 ナカムラが笑う。そういえば、ナカムラの成績はとても良かった。運動が出来て成績もいい、そういう所はヴィクトーになっても変わらないのかもしれない。取り柄がないのは私だけか。


『そういえば、ナカムラは何の部に入ってるの?』

『魔獣研究部』


 魔獣。割と珍しい獣で、特に王都では野生の魔獣はほとんど見かけない。普通の獣に近いけど、人間の魔力を吸うことが特徴だ。魔獣によっては、魔力を多量に吸ったり、人を傷つけることがある。魔力は体力のように、失いすぎると命を失うことがあるので、魔獣の取り扱いには注意が必要だ。授業では、そう習った。


『学校にも魔獣っているの?』

『小さいものだけど、何種類かいるよ。ヒューリエとか、ポグーとか』

『ヒューリエって、イタチみたいな小動物だったよね。ポグーってどんなの?』

『ほとんど、モグラ。地面の中で暮らしてる。糞に魔力が含まれるから、耕す前の畑にポグーを放しておくと、良い作物が育つ土にしてくれるらしいよ』


 ふうん、と相槌を打っていて気付いた。


『ナカムラ、それ学校にいるの?』


 ナカムラもハっとした顔をした。


『蓄電池!』



 翌週、ナカムラが魔獣研究部から、飼育しているポグーの糞をもらってきてくれた。両手で抱えるくらいの大きさの木箱に糞が入った土が詰まっている。


 ハロルドのカメラを借りて木箱の突起を片方外し、作って来た長くて折れ曲がっている突起に付け替えた。折れた先を土に差し込む。


「マノン、撮影してみて」


 マノンは突起の土に刺さっていない部分を持ち、私の顔を見て、魔力を出した。ガラスにイリスの顔が映る。


「そのまま、両手を離してみて」


 そっと、両手を離した。


「お! 残ってる!」


 ハロルドが興奮してガラスをのぞきこんだ。イリスの顔が残ったままだった。


「魔力のある糞が混ざった土は、蓄電池になるってことだ!」


 ハロルドの計算では、予定している魔道具の場合、今の4倍ほどの量の土に、常に魔力が充電されている状態が望ましいそうだ。もちろん保存した情報が消えないよう、24時間ずっと魔力を保った状態を維持する必要がある。


「バックアップも考えたら、8倍ってとこかな」


 とりあえず1歩前進した。

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