ハロルドリーダーの魔道具検討会議

 魔道具の授業の日。私たちは、お互いに持ち寄った案を発表した。


 まず、ナカムラ。


「ゲーム作りたい、スイッチみたいなやつ」


 次に私。


「スマホ! ネット検索したい」


 マノンの中身は20代半ばの大人だ。アホ丸出し高校生の私たちとはちょっと違った。


「私は魔道具を使ってSNSを実現したいわ。この世界には、自由に意見を述べて発表する場がないもの」


 ハロルドが大きな石板を机に乗せた。チョークっぽいもので書き込みができる。4人の中ではハロルドが一番中身の年齢が高い。30代半ばのITエンジニアだったはずだ。


「プロダクト⋯⋯つまり何かモノを作る時に大事なのはね『なぜそれを作りたいか』という想いなんだ」


 ハロルドが、中身がナカムラのヴィクトーに尋ねる。


「ヴィクトーは、なぜゲームを作りたいの?」


 ナカムラは視線を斜め上に据えて考え込んだ。


「――楽しそうだから、かな」

「うん、いいね」


 ハロルドは石板に『今までに無い楽しめるものを作りたい』と書いた。そして、下に向けた矢印を書き『どうやって?』と書いた。


「なぜそれを作りたいか、そしてどうやって実現するか、次に来るのが⋯⋯」


 ハロルドは『どうやって?』の次に矢印を書いて『何を?』と書いた。


「何を作るか。一番最初に『何を』を決めてしまうと、作っている途中で道に迷ってしまうよ」


(さすがハロルド。前の世界で仕事してた人は違うわ)


 私たち3人は尊敬の念を込めてハロルドを見つめた。ハロルドは前世では金髪碧眼で背が高かったらしい。現世は栗色の髪と瞳に、かなり小柄でぽちゃっとしている。前世の姿が恋しいと言っていたので、理想の姿ではないのだろう。


 それでも、小柄なハロルドが今は大きく見える。前世のハロルドに出会っていたら、尊敬のあまり好きになってしまいそうだ。


「ハロルドさん、私のスマホ発言は忘れてください。ヴィクトーのゲーム発言も忘れていいと思います。マノンの案をもっと考えたいです」


 ナカムラは眉をしかめて、ちらっと私を見たけど何も言わなかった。ハロルドは軽く笑った。


「俺もマノンの提案が気になる。もう少し掘り下げようか。マノン、なぜ自由に意見を言える場が欲しいのかな」


 マノンは『少し長くなるけどいい?』と言い、私たちはみなうなずいた。


「私は――前の世界のグウェンのことだけど、スラムで生まれ育ったの。煙が立ちのぼるゴミの山で一人ぼっちでごみを拾って暮らしていたわ。気が付いたら一人だったから、本当の両親の記憶はない。幸運なことに、裕福な篤志家の両親に拾われて養女にしてもらって、大学で学位を得る事もできた。


 人権擁護活動を行う団体に所属して、やっとこれから受けた恩を社会に還元しようとしていたところで、グウェンの人生が終わってしまったの」


 3人とも、身じろぎもせずマノンの話に聞き入った。


「この世界で、私は貴族として生を受けた。うちは伯爵家で領地運営も上手くいっていてとても裕福だわ。父も母も、領民の暮らしが豊かになるように気を配ってはいる。でも、もっと積極的に手を差し伸べてもいいと思うの」


 イリスの家も領地を持っている。でも、どれだけ記憶を探ってみても、領民がどういう生活をしているのか、貧困が発生していないのかイリスは知らない。


「前世の記憶が蘇ってから、渋る使用人を促して、王都の平民が暮らす地域に行ってみたの。親がなくて苦労している子供たちもいたわ。平民同士で協力しあって暮らしていたけれど、もっと、私たち貴族が手を差し伸べるべきだと思うの」


 ハロルドがつぶやいた。


「ノブレス・オブリージュ」


 マノンがほほ笑んだ。


「そう。富める私たちには果たすべき責任があるのよ」


 マノンが輝いて見える。ハロルドとマノンの素晴らしさに比べて、アホな高校生二人組の何と見劣りすることか。私とナカムラはもじもじしてしまった。


「俺はマノンの想いを実現したいと思う。二人は?」

「感動しました。私も協力したいです」

「俺も」


 ハロルドは石板の『今までに無い楽しめるものを作りたい』を消して『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』と書いた。


「理想が高すぎても難しくなるからまとめてみたんだけど⋯⋯マノン、これでいい?」


 マノンが最高の笑顔でうなずいた。黒髪に黒い瞳。理知的な風貌は、前世とあまり変わらないと言っていた。前世では一生出会うことが無かったかもしれない。転生したおかげで、こんな素晴らしい女性と出会う事ができた。


 先生の時間終了を呼びかける声が聞こえる。


「じゃあ、次回までの『どうやって』と『何を』を考えてきてね」


 ハロルドからの宿題。私は慌てて石板の内容をノートに書き写した。



 その日の午後はずっと、マノンの話が頭から抜けなかった。そうやって、ぼんやりしていたからだろう、剣術部の控室に、ハロルドの宿題を控えたノートを忘れてきてしまった事に気が付いた。


(今日、帰ってゆっくり考えようと思ったのに)


 迎えに来ていた使用人に一言断って馬車を待たせ、急いで剣術部の控室に向かった。


 女子の控室を開けようとしたけど既に鍵が閉まっている。確か担当の先生は遅くまで稽古場の方にいたはず。急いで稽古場の方に走った。


――カン、カン、カカン!


 剣を打ち合う音が聞こえた。まだ、誰か残って練習しているのだろうか。そっと覗くと、私の憧れのアレン先輩と先生だった。


(先輩、汗かいてる)


 私たちが見るときの先輩はいつも、涼しい顔をして優雅に舞うように剣をふるう。こんなに必死な顔で汗をかいたりしない。


 黙々と走りこむ陸上部の浅見先輩を思い出した。棒高跳びをする浅見先輩は、軽やかに飛ぶあの一瞬のために、基礎トレーニングを熱心に行っていた。私は飛ぶ先輩も好きだったけど、真剣に努力する先輩はもっと好きだった。


 急いでいた事も忘れて、私は黙々と打ち合うアレン先輩と教先生を眺めた。


 しばらくして、二人が打ち合いを終了する。すると、先生が入り口のそばに佇む私に気づいた。


「どうしたの?」

「申し訳ありませんが、控室に忘れ物をしてしまいました。鍵を貸して頂けないでしょうか」

「ちょっと待っててね」


 先生が鍵を取りに奥に行った。アレン先輩は汗をぬぐうと、自分と先生の木剣を片付けて荷物をまとめ始めた。


(アレン先輩、全ての所作が美しいです)


 私の熱い視線を感じたのか、アレン先輩がこちらを向いて微笑んだ。心臓が口から飛び出しそうになり、一気に顔が熱くなる。


(何て攻撃力の高い笑顔なの)


 私は倒れそうだった。そこに先生が鍵を手に戻って来た。


「先生、僕、控室に着替えに行くので、よろしければその鍵預かりますよ。後で男子控室の鍵と一緒に戻しておきます」

「助かるよ!」


 アレン先輩は女子控室の鍵を先生から受け取ると、私の方に向かって来た。


「お待たせ、行こう」


 アレン先輩が控室の方に歩き出す。私を見てほほ笑んでくれただけでも気絶しそうなのに、並んで歩くなんて無理。私は一歩さがって、後ろをついていった。先輩は振り返って私がついて来ていることを確認すると、また歩き始めた。


(先輩、いい匂いがする)


 汗をかいていたはずなのに、先輩から漂ってくるのは爽やかな花のような香りだ。


「イリスは、控室に何を忘れたの?」


 また、心臓が口から飛び出しそうになり。私は思わず足を止めた。返事が無いことを不審に思ったのか先輩が振り返り、立ち止まった私を見て困ったような顔をする。


「ごめん、聞いちゃいけなかった?」

「いえ、失礼いたしました。私の名前をご存じだと思わなかったので驚いてしまって」


 先輩は、最高の笑顔で笑った。


「知ってるよ。可愛い後輩の名前じゃないか。――それに、君の事は前から気になっていたんだ。こんな風に話す機会を持てて嬉しいよ」


 その後のことは、夢見心地ではっきりと覚えていない。先輩が色々と話しかけてくれて、私が緊張して答える。その繰り返しだったと思う。


 無事に、控室に忘れたノートを回収して帰ろうとすると、先輩は、私に向かい合い、少し身をかがめるようにして私の瞳を覗き込んだ。


「また、話しかけてもいいかな」


 アレン先輩の赤い瞳にイリスが映っている。イリスが主人公のドラマを見ているような気分になった。


 私は頬を染めて少し俯くと、イリスらしくおしとやかに答えた。


「はい、嬉しいです」


 学校の入り口で、かなり待たされた使用人に叱られたけど、幸せすぎて全く気にならなかった。

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