イリスの父は男爵いも?
王都への帰り道、ヴィクトーに本当にイリスの家に興味があるのか聞いてみたところ、本気だとの事だった。ハロルドとマノンも興味を示したので、イリスの父男爵のジャガイモ話を披露したところ、大笑いして二人とも会いたいと言ってくれた。
「じゃあ、みんなを招待するね」
家に帰って両親に伝えたところ快諾してくれたので、二人が王都に滞在している間に来てもらうことにした。
ただし両親にとっては、ヴィクトーのような身分の高い子を招待する事は、緊張を伴うようだった。
「固苦しくない人だから、構えないで優しくしてあげてね」
しかし、当日現れたヴィクトーは、なぜか緊張して顔が強張っていた。王子様のような整った外見のせいで、冷たい印象になってしまい、妹は恐れおののいてヴィクトーに近寄ろうともしなかった。マノンになついて、ぴったりくっついていた。
後でこっそり『私は完璧な王子様みたいなあの人よりも、レオナードの方が好きだな』と言ってきた妹は、イリスのように夢見がちな子ではなく、現実が見れるしっかりした子のようだ。
それでも父と母は、皆を温かくもてなしてくれた。もちろん、様々なジャガイモ料理と共に。
「ごめんなさいね、ジャガイモばかりで。本当にこの人はジャガイモが好きで仕方ないの」
母が申し訳なさそうに謝る。最初に念を押しておいたので、3人とも戸惑うことなくジャガイモを食べてくれている。
「最初に会った時も、ジャガイモの話しかしなかったのよ」
イリスにも初めて聞く話だった。
父の領地では、ジャガイモを栽培している農家が多い。父は領地をこよなく愛していて、王立学園を卒業してからはずっと領地で暮らしている。在学中も頻繁に領地に帰ってきては、自分の父親の手伝いをしていたそうだ。
自分の領地とジャガイモにしか興味が無い父は、容姿も悪くなく勉強もスポーツも出来たにも関わらず、全くモテなかったという。父の方も女性と仲良くなることに興味がないまま、王立学校を卒業して領地に戻って来た。
結婚の気配もないまま年を重ね、心配した親戚に引きずられるようにして出席した舞踏会が、母との出会いだったらしい。
「自分で言うのも何ですけど、私はとても人気があったの」
母は今でも美しいと思う。私が最強アバターだと思ったイリスとよく似ているので、若い頃も美しかったのだと思う。ちなみに私がモテないのは、外見ではなく言動のせいだと思う。ポグーとミミズに夢中な女の子はモテなくて当然だ。
(もしかして私がポグちゃんに夢中なのは、ジャガイモに夢中な父と似ているのかもしれない)
これはまずい。少し考え直さなければならない。
「甘い言葉をくれる男性は、みな素敵だったのよ。でも、どの方も同じように見えてしまって、ずっと誰を選べば良いか分からなかったの」
母は父よりも格上の伯爵家の三女だった。身分も容姿も申し分ない母は、縁談も舞踏会でダンスの申し込みも途切れることが無かったそうだ。
その時、父の親戚が無理やり母と引き合わせ、ダンスの後に二人で話す機会まで作ったらしい。
「この人は、その時もジャガイモの話しかしなかったのよ。驚いたわ」
父は黙っていればそれなりにカッコいい。どうせ他の人と同じだろう、と思っていた母はジャガイモの話しかしない父に、なぜか興味を持ってしまったらしい。
父の方も、ジャガイモの話を聞いてくれる母に夢中になり、二人は結婚したそうだ。母が語る話を、父はにこにこして聞いている。私は知っている。父はジャガイモを愛しているけれど、それ以上に母と私たち姉妹を愛してくれている。
ジャガイモばかり食べさせられる生活だけど、私はこの両親も妹も大好きだ。
「不思議だけど、イリスのご両親を見ていると、前の記憶を思い出しているあなたと似ていると感じるの」
帰り際にマノンが言った言葉は、私も感じていたことだ。
ハセコの両親は、共に大きな企業に勤めていて、とても忙しかった。ハセコが幼いころの母は、いつも保育園が終わる時間ギリギリに駆け込んできて『ごめんね、お待たせ』と息を切らせていた。成長してからは、習い事や留守番をして放課後を過ごし、中学校以降は部活動を熱心にしていた。家で両親と過ごす時間は、ほとんどなかった。
両親はいつも忙しそうで、長く旅行に行ったり、ゆっくり話す事は少なかったけれど、ハセコは二人を尊敬していて大好きだった。二人からは彼らに与えられる限りの愛情をもらったと思っている。
イリスの両親とは全然違う。それでも、今の私はハセコの両親も、イリスの両親も、どちらも『お父さんとお母さん』と感じる。もちろん、一人っ子だった私に出来た妹も、とても可愛くて仕方ない。
最初の頃に感じた、イリスを彼らから奪ってしまったという感覚は、今はもうない。私はイリスだ。
ハセコとして両親に返せなかった恩まで含めて、私はこの家族を大切にしたい。
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