おとぎ話のような舞踏会、お相手は誰?

 舞踏会の日の学校は、普段からは想像できないくらい華やかだ。教室に入り、女の子同士でお互いに着飾った姿を褒め合う。


「マノン! 美人すぎる!」


 制服を着ていても大人っぽいマノンは、ドレスを着るとよりいっそう大人の女性の魅力にあふれていた。飾りの少ないドレスが、身動きするたびに美しい光を放つ。


「着慣れないから、少し恥ずかしいな」


 家族がドレスを選んだと言っていた。理知的な彼女に似合うものを良く分かっていると思う。


「イリスもとても良く似合ってる」


 私の瞳の色より少し淡いグリーンのドレスには、レースがふんだんに使われていて、風にふわふわとゆれる。ドレスがふわふわの分、髪の毛はきっちりまとめて、同じく淡いグリーンの宝石がついた髪飾りを付けてもらった。この姿を見て、父は何度も何度も『可愛い』とほめてくれた。


 私たちはお互いの姿をカメラで撮影し、他の女の子たちも撮影してあげた。みんな、とっておきの写真を魔道具の認証用本人写真として登録している。


 ハロルドとナカムラもカメラを片手に色んな人を撮影しては、フォーラム・バージョン2の啓蒙活動を行っている。


 騒いでいるところに先生がやってきた。時間だ。私はカメラを置き、レオナードにエスコートされて、広間に向かう。レオナードは練習の時よりもずっとスムーズにエスコートしてくれた。ぶつかったり、もたついたりするペアもいる中で、私たちは上手くいっている方だと思う。


 そして、ダンス。レオナードは、今までで一番上手く踊ってくれた。足は一度も踏まれていない。


「レオナード、今までで一番素敵なダンスだわ」


 私が褒めたので、真っ赤になって照れている。


「僕、イリスがパートナーで良かった。今日のこのダンス、きっと一生忘れない」


 ずいぶん大げさだけど、社交辞令も含めてのエスコートなのだろう。私も社交辞令を返す。


「私もこんな素敵なダンス、一生忘れないわ」


 レオナードと私は笑い合って、なごやかにダンスを終えて挨拶をした。ふと周りを見ると、女の子が不機嫌そうにしているペアや、喧嘩を始めてしまったペアもいる。もしかして相手を選べないのは、慣れないうちに本命をエスコートして破局する不幸を避けるためかもしれない。


 ここから先の行動は自由だ。ダンスの曲は続くので、誰かとダンスをするもよし、歓談するもよし、帰ってもよし。私は目でマノンを探した。


 すると、マノンの前にはダンスを申し込む男の子たちの列が出来ていた!


(さすが、マノン!)


 友達がモテる姿に、変な満足感を感じて観察していると、私の前にもダンスを申し込んでくれる男の子が現れた。名前だけ知っているけど、話した事がない子だ。


 実習では、基本的にダンスのお誘いは承諾するのがマナーだ。私は誘いを受けて踊った。曲が終わる度に違う男の子が現れて誘ってくれる。名前も知らない上級生もいる。少し疲れた頃に誘ってくれたのは、ハロルドだった。


「こういう時、違う世界に来たって実感するよ」


 ハロルドが優雅にステップを踏みながら言う。背が低いと思っていたけれど、こうやって並ぶとさすがに私よりは大きい。ナカムラに教えてもらって筋トレをしているらしく、最近ガッシリしてきている。


「シンデレラのお城の舞踏会、子供の頃は憧れたんだけどな」


 ハロルドが笑った。


「何? その言い方だと実際にはあんまり、といったところ?」

「楽しいのは着飾るところまでね。ドレスはきつくて苦しいし、マナーはややこしいし、結構大変なのね」

「現実って、そんなものかもな」


 ダンスが終わると、ハロルドは『次はマノンの順番待ちをする』と去っていった。


(そういえば、ナカムラはどうしてるのかな)


 見回すと、広間の端で壁によりかかって、ぼんやりしているナカムラを見つけた。改めて見ると、金髪碧眼で背が高いヴィクトーは盛装が良く似合い、シンデレラに出てくる王子様のようだった。とても中身がゴリマッチョのナカムラとは思えない。声をかけようと歩き出したところで、行く手をさえぎられた。


「アレン先輩!」


 先輩が、すっと私に手を差し出した。


「僕と踊ってくれる?」


 私は緊張しながら、先輩の手に自分の手を重ねた。一気に心拍数が上がる。きっと顔も真っ赤になっているだろう。


 ゆるやかな曲が始まり、踊り始める。先輩を見上げると、赤い髪が灯りに照らされてキラキラと輝き、少し下がっている目尻には柔らかく優しい微笑みが浮かんでいる。


 夢にまでみた憧れの先輩とのダンス。それなのに。


(あれ?)


 少し違和感を覚えて、頭が冷静さを取り戻す。先輩のリードは他の子に比べると力強い。手を握る力も強く、動きが少し強引だった。


(少し、思っていたのとは違う⋯⋯)


 先ほどまで踊っていた男の子たちに比べて、触り方に遠慮が無いことが少しだけ不快だった。何というか、先輩の振る舞いには私の気持ちを構わないようなところがある。


 それでも、時折こちらに向けてくれる眼差しは、いつもの甘く優しいものだ。


 ダンスが終わり礼をした。ナカムラの所に行こうと思って目で探すと、先ほどと同じところにもたれかかっていた。ナカムラと目が合った。笑顔で手を振ろうとしたけれど、アレン先輩にその手をつかまれてしまった。


 戸惑って先輩の顔を見ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「僕についてきて」


 そのまま私の手を引いて、広間の外に出ようとする。魅力的な笑顔なのに、さっき感じた不快感が後をひいている。


(なんか、嫌だな)


 でも断れないまま、先輩に付いて行く形になってしまう。行かなくて済む口実を思いつけないまま広間の外に連れ出されてしまった。


「先輩、どちらに行くんですか?」


 先輩はほほ笑むだけで、何も答えてくれない。そのまま進み、徐々に周りから人がいなくなっていく。ようやく、中庭に近いところまで来て立ち止まった。ダンスの音楽が遠くで聞こえる。


「二人きりで話がしたかったんだ」


 私のもう片方の手も取って、少しかがんで私の目を覗き込む。以前ならときめいた先輩の仕草が、今は少し怖く感じる。先輩が両手に力を入れ、私は1歩引き寄せられる。イリスの倫理観では、これはアウトだ。ハセコの倫理観でも、恋人でもないのにこの距離はアウトだ。


「あの、先輩、近いです」


 1歩後ろに下がると、先輩がもっと歩み寄る。先輩の目からは、優しさではなく獲物を狩るような熱を感じる。


「僕は、君の事が好きだよ」

「え?」

「君も、僕の事を好きでいてくれるんじゃないかと思ったんだけど、僕の勘違いかな?」

「え?」


 感じるのは嬉しさではなく恐怖。先輩が、また腕を引き寄せる。


(どうしよう、すごく嫌だ)


 腕を振り払おうとしても、先輩の腕はびくともしない。


「先輩、あの、少し離れてください」

「どうして? 離れたら、こういう事できないじゃないか」


 先輩はくすりと笑って、美しい顔を近づけて来た。


(やだ!)


 私が顔を思い切りそむけたところで、ガタン、と大きな音が響いた。音がした廊下に気を取られた先輩の手が緩んだ。そのすきに思い切り手を振り払って、私は走り出した。


「イリス、待って!」


 先輩の声が聞こえた気がするけど、私はやみくもに走って走って、目についた入り口から校舎に入り近くの教室に入って、しゃがみこんだ。息がきれて苦しい。ハイヒールで走ったから、足もズキズキ痛む。


 追いかけてくる足音がする。でも、腰が抜けたように力が入らず立ち上がることが出来ない。見つかりませんように、という願いもむなしく開けっぱなしの教室の扉に手をかけて、大きな影が入ってくる。


「ハセコ、いるのか?」


(ナカムラ!)


 力が抜けて、床にぺったり座り込んでしまった。ナカムラは私を見つけると、近くまで歩いてきた。息を切らしている。


「お前、逃げるなら人がいる方に行けよな」

「あの、ガタンて音はナカムラがやってくれたの?」


 ナカムラは答えずに、険しい顔で息を整えている。


「ありがとう」


(怖かった⋯⋯)


 涙が出てきてしまった。アレン先輩なのに知らない人みたいだった。ナカムラは少し困った顔をして、ポケットからハンカチを出すと、私に差し出してくれた。それを見て、私はますます涙が止まらなくなってしまった。


「ありがと。鼻水ついても怒らないでね」

「⋯⋯今言うのも何だけどさ、アレン先輩は浅見先輩じゃないからな」

「な、浅見先輩って、何で!」


 なぜ、浅見先輩の名前がここで出てくるのだろう。そもそも、何でナカムラが私が浅見先輩を好きだった事を知ってるのか。


「お前、声でかいんだよ。――あの日神社で、お前が『浅見先輩とうまくいきますように』ってお参りしてるの聞こえたんだよ」


 誰もいなかったから、神様に聞こえるよう大きな声でお願いをした気がする。聞かれていたのか。


「何となく、アレン先輩と浅見先輩の雰囲気が似てるってのは分かる気がする。でも、別人だからな。そうやって一緒にするのはアレン先輩にも失礼だと思う」


 ナカムラの言う事は正しいけど間違っている。


 きっと私はアレン先輩を通して浅見先輩を見ていただけで、アレン先輩という人間が好きではなかった。だから、アレン先輩が『憧れ』の距離を越えて、一人の人間だと感じた時に気持ち悪いと思ってしまった。


 ナカムラが間違っているのは、私が浅見先輩のことを本当に好きだったと思っていることだ。さっき分かった。もし今日のアレン先輩と同じ事が、浅見先輩と起こったら。そう考えても嫌悪感が沸いてしまったのだ。


「憧れと好きって違うのかな。分かんないや」


 ナカムラが泣き続ける私の横に座ってくれた。


 ハセコとイリスが、空っぽの人間に思える。ハロルドとマノンはすごい人だ。ナカムラだって、侯爵家の跡取りとして周りの期待に確実に応えている。あまり言わないけど、学校以外でも家庭教師について勉強している事を知っている。


(最強アバターを手に入れても、中身が伴わなければ、何も変わらないんだな)


 ハセコとイリスを分けて考えるから、ちゃんと進めないのだろうか。何で私は、みんなみたいに新しい体での人生を受け入れて、全力を尽くせないんだろう。


「もう、長谷川海香には戻れないんだと思う?」

「――分からない。けど、俺はそういう覚悟でいる」


 ナカムラに借りたハンカチで涙をぬぐう。


「ね、ちょっとくっついてもいい?」


 ナカムラはため息をついた。


「いいよ」


 私はずりずりと体をずらして、横に座るナカムラにぴったりひっついた。ナカムラの体温を感じて二人で体育すわりしていると、ちょっと心細さが薄れる。


「ナカムラは、ナカムラ時代の心残りある?」

「いっぱいある。やり込み中のゲームあるし、続きが気になるマンガも山ほどある。パティスリーミズノの新作ケーキも食い損なった」

「ふふふ。ナカムラ、ケーキ好きだったんだ」

「ミズノのチョコレートケーキは神だな⋯⋯もう食えないけど」

「⋯⋯だね」


 ナカムラは、ヴィクトーとして生きて行く覚悟が出来ているような口ぶりだった。森の洞穴で思ったように、私は今のイリスの生活が好きになってきている。


(ハセコもイリスも同じ私だ)


 考えるのは得意ではない。分けずに『私』と思えば、きっとイリスの人生を全力で進めるんだ。


 少し気分が落ち着いてくると、せっかくのドレスで床に座り込んでいることが気になった。ちょっと体を引いて、隣のヴィクトーを眺める。相変わらずおとぎ話の王子様みたいだ。


「なに?」

「ヴィクトーと踊ってない」


 困った顔をされた。


「お前、ダンスの申し込みが途切れないし、だんだん疲れてきてるみたいだったし」

「踊りたいと思ってくれたの?」


 答えずにヴィクトーが立ち上がった。そして優雅な姿勢で私に手を差し出す。


(音楽もないのに)


 立ち上がって、そっと手を重ねるとヴィクトーは優しく微笑んで、音楽を口ずさんだ。ヴィクトーから響く美しい音楽に合わせて、すっと手を引かれる。


 そのままダンスを始めた。


 教室の机を器用によけてリードしてくれる。それでも時々ぶつかってしまい、その度に音楽が途切れる。私は笑い、ヴィクトーは困った顔をしながら机にぶつからないよう頑張る。


 私たちは、ヴィクトーが『のどが限界』と咳き込んでしまうまで、笑い合って何曲もダンスをした。


「ありがとう。今日一番、素敵なダンスだった」


 ヴィクトーはせき込んで涙目になったまま、嬉しそうに微笑んでくれた。

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