彼女の胸に響いていたらしい

「私もジュールに、前の世界のことを告げたの」


 マノンが恥ずかしそうに教えてくれた。今日はマノンと一緒にジュールさんの食堂に来ている。ここ最近、マノンの両親が王都に滞在していたせいで、全然ジュールさんのところに行けなかったそうだ。


 ジュールさんに会えない期間に、マノンは自分がジュールさんに恋していることを確信したのだという。


「ジュールは、私のことを子供だと思っていたでしょう? 本当の年齢は同じなのに」


 マノンの前の世界の最後の記憶と、ジュールさんの今の年齢は同じだという。子供扱いされている事が悔しかったから、記憶の事を告げたそうだ。


「マノン、少しこちらを手伝ってもらえないかな」


 ジュールさんの態度は私から見ても、もうマノンを子供ではなく対等な立場の相手として尊重しているようだった。


「私の今までの言動が大人びているのは、貴族だからなのかと思っていたそうよ。話をしたら、疑いもせずに納得していたわ」


 ただ、ジュールさんとそれほど親しくない私たちのことは伝えていないそうだ。


「良かったら、お嬢さんもこっちを手伝ってくれる?」


 私が子供扱いされるのは、見た目も中身も子供だから仕方ない。ちなみに、恋心についても受け入れてもらえたそうだが身分の差が大きすぎるので、婚約や結婚などのことは考えていないそうだ。


 婚約と言えば、ヴィクトーの元婚約者のジュリアには、再び悩まされた。


 その日、教師が昼休みの開始を告げるなり、ものすごい勢いでナカムラに中庭まで引っ張って行かれた。


「何よ、どうしたのよ!」

「申し訳なかった!」


 ナカムラはいきなり頭を下げた。土下座せんばかりの勢いに私は戸惑った。私はこんなに謝られるような、何かをされたのか。続く言葉を聞くのが怖い。


 ドキドキしている私に告げられたのは、意外なことだった。


「ジュリアが、――ヴィクトーの元婚約者がハセコにした仕打ちを聞いた。本当に申し訳なかった」


(そのことか)


 ナカムラには私から告げなかった。どうして耳に入ったのか不思議に思っていると、ナカムラが続けた。


「ジュリアが昨日、うちに謝りに来たんだ」


 侯爵夫人がいる日をわざわざ選んで、ジュリアが来たそうだ。そこで、今までの不満を全てぶちまけ、ついでに私にしたこともぶちまけ、すっきりして帰っていったとのこと。


「お前に、ものすごく感謝していたんだ」


 どうやら、私が王族か王子に嫁げばいいのに、と言った事が響いていたらしい。両親に頼み込み、かなり年上だけど妻を亡くしている王族との婚約が成立したそうだ。彼女は本当に身分にしか興味がないらしく、会ったこともない相手との婚約を、意気揚々と自慢していたとのこと。


「すごかったんだよ。いかに婚約先が俺の家よりも格上かという自慢と、俺がジュリアとの婚約を破棄するなんて異常だということ、そもそも俺の母の出身が気に入らなかったことを、次々とまくし立てるんだ」


 なんか、想像がついておかしくなった。


「さすがの母も、最後の方はイライラしていた。あの子と婚約を破棄した俺は偉いって褒められたよ」


 家格が同じとはいえ、侯爵夫人を不愉快にさせるなんて怖いもの知らずもいいところだ。


「母や俺への侮辱は聞き流せるけど、お前に対する仕打ちは水に流せない。あの日、土まみれになっていたのはジュリアのせいだったんだな。全然気が付かなくて⋯⋯ごめん」


 ナカムラが再び頭を深く下げる。


「いいのよ、怪我したわけじゃないし。汚れぐらい大したことないわ」


 本当にもう気にしていない。むしろ、ジュリアが自分の幸せだと思う道に進んでくれて良かったと思っている。本当だ。


「ジュリアに直接謝罪するように言ったけど、そんな事したくないって頑ななんだ」

「本当に気にしてないし、謝られても困る。どちらかというと、疲れるからもう会いたくないよ」


 ナカムラが視線を伏せる。まだ何かあるようだ。


「それで、あの、母が君を家に招待したいって」

「えええー?」

「迷惑をかけたお詫びをしたいって」

「ごめん、断らせて。侯爵夫人に謝られるなんて恐れ多くて困るよ」

「それに、えっと⋯⋯お前のことを気に入ったみたいで、もし婚約者とか決まった人がいないならって⋯⋯」


 ナカムラが赤くなっている。


「ちょっと! 素敵な母に強く言いにくいのは理解できるけど、私に言わせないで自分でちゃんと断りなよ! 学校で女の子からの盾になる約束はしたけど、親公認にまでなっちゃったら、本当の婚約みたいじゃん!」


 ナカムラめ!自分の親なのに、言いにくいことを私に言わせようというのはずるい。


「それでも⋯⋯いいと思う」


 正気なのか、ナカムラ。そんなに母が怖いのか。


「あのさ、そんなことしたら本当に他の女の子が寄ってこなくなるよ。今はいいだろうけど、今後、好きな人が出来たら困るんじゃない?」

「きっと、大丈夫だよ」


 何だそれ、すごい自信。そんな誤解なんて障害にもならないというのか。


(あれ? 誤解? 私の方は?)


「ちょっと待って。それって、私のダメージ大きすぎるよ。もしアレン先輩が私の事好きになってくれたらどうするの! 私、誤解を解く自信なんてない」


 やっぱり絶対ダメだ。せっかく最近、話が出来るようになってきたのに。脱力してベンチに腰掛けたら、お腹がぐーっと鳴ってしまった。


 不機嫌そうな顔をしていたナカムラが、黙ってサンドイッチを差し出してくれる。


「ありがとう。とにかく、侯爵夫人には、謝罪のお気持ちは十分にありがたいけど、お気持ちだけで結構です、ってお礼を言ってください」

「――分かった」


 私はもう、サンドイッチ1年分くらいの働きをした気がする。


「ジュリアの事は、本当にごめん。申し訳なかった。でも、こういう事があったら、ちゃんと話してくれ。黙って我慢しないで欲しい」

「うん、分かった」


 私はサンドイッチを口に入れた。


「今日のサンドイッチも美味しい。ありがとう」


 ナカムラがやっと笑ってくれた。

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