バズる記事を考えよう
魔道具の準備は整った。新学期の始まりと共に、次のステップに移る。
『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』
実現するためには、この魔道具を使って意見を自由に言える流れを作りたい。
「まずは存在を知ってもらうことから始めようと思う」
「試しに使ってもらうってこと?」
ハロルドが優しく笑って、壁の大きな石板に向かった。先生が授業で使うものを、この部屋にも設置してもらったのだ。
「そうだね。もう少し細かく、使ってもらうという行動に踏み切ってもらうためにはどうすれば良いかを考えてみよう」
『知ってもらう』と書いた後に矢印を引き、続けて『興味を引く』と書いた。
「存在を知らせて、次に興味を持ってもらう。もっと知りたいと思ってもらえたら、ここには検索エンジンもAIチャットも無いから、きっと人を介して情報収集をするよね」
『情報を提供』が後に続き、『使ってみる』が書かれた。
「そこで自分が使うに値すると判断されたら、やっと使ってみよう、と思ってもらえるんだ」
(なるほど!)
「そこで終わってはいけない。その後、口コミで広めてもらう」
『評価』が追加される。
「これが繰り返されることで、利用者をどんどん増やしていく作戦にしたいと思う」
「はい! ハロルド先生、質問です!」
挙手した私の方を向き、ハロルドが目で発言を促す。
「1個ずつやらないで、まとめてやっても良いんですか? 例えば『知ってもらう』『興味を引く』『情報を提供』を一緒にやってしまうとか」
「もちろん、構わないよ。これはあくまで、過程を分解して書いただけだから」
幸いなことに、私たちの魔道具が研究院にまで認められたという事は、学校中に広まっている。みな、配置済みの魔道具にも興味津々だ。種は撒かれている。ハロルドが爽やかな笑顔で宣言する。
「さあ、撒いた種に水をやろうか」
魔道具の先生に相談して、来週の実習の時間を、私たちの魔道具のお披露目に使わせてもらえることになった。併せて私とマノンで流行に敏感な女子が飛びつきそうな話題を考える。
最初から困窮者支援をうたうと敷居が高くなってしまうので、まずは使って楽しいと思ってもらいたい。
「それなら、やっぱり舞踏会だよね」
私とマノンの意見は一致している。
夏休みが明けてからの学校では、舞踏会の練習にかなりの時間が割かれている。今月末に行われる学校主催の舞踏会は、1年の中で最大のイベントだ。
この国では16歳になると結婚できるけど、貴族の子女は高等部を卒業する19歳より後に結婚することが多い。そのため、本格的な社交に参加し始めるのは、高等部3年生の18歳から19歳頃になるのが主流だ。それまでは出席しても、誰かのおまけとしての賑やかし程度だ。
社交の季節には、あちこちの貴族のお屋敷や王宮でも舞踏会や晩餐会が開催される。そういう場で恥をかかないよう、学校で事前練習を行い、実践形式の舞踏会が開かれる。
「ねえ、マノンのドレスはどんなの?」
「シンプルな感じにしてもらった。私はこだわりがないから、母と妹たちが細かいところを決めてくれた。イリスは?」
「私は、ふわふわの可愛い感じにしてもらったの」
実践とはいえ、本格的な衣装で行われる。ドレスの仕立てには時間がかかるので、大抵の人はもう仮縫いが終わって最終の仕上げに入っているはずだ。
「今の悩みどころは髪型と髪飾り、アクセサリーよね」
マノンもうなずく。夏休み前に、どんな雰囲気のドレスにするかが話題になっていた。流行の最先端を目指す人、自分らしいこだわりを追求する人、家の伝統のスタイルを守る人、それぞれだった。
この時期には、仕上がりつつあるドレスを実際に着て、髪型や髪飾り、アクセサリーの最終調整を行う。みんながどんな様子なのか、気になるタイミングだ。
同時に男子が気になりそうな話題も検討した。
『これをやったら嫌われる? こんなエスコート嫌だ』
アレシアなどクラスの女子に聞き込みを行って投稿する。これは、『賛同』や他にもこんなの嫌、という投稿が続く気がする。
ハロルドとナカムラに見せたら、腹をかかえて笑ってくれた。
「これは俺も気になるね。エレナと過ごす時の参考にしたい」
舞踏会の参加者は高等部の生徒に限られるので、残念ながらエレナさんは出席できない。
◇
「はい、合図と共に男子は女子の手を取って進んでください。上からつかんではいけませんよ、下からやさしく受け取るように手を取ってくださいね」
先生の言葉に従って、男子が自分のパートナーの女子の手を取る。
(痛っ)
レオナードが私の手をわしづかみにする。先生が下から優しくと言っているのに、あたふた、おろおろして、動作が色々おかしい。
私のパートナーは、レオナードという男の子だ。昔はエスコートの相手を自分たちで決められたらしいけど、今は学校で決められている。エスコートをめぐるトラブルがあったらしい、という噂だけは聞く。
「女子を巡って、決闘にまでなったらしいわよ」
アレシアが騒いでいた。
合図が無いのに引っ張られて、私はよろけてしまう。
「ごめんね、イリス。ごめんね」
レオナードは謝りっぱなしだ。手に汗をかいてしまっていることが気になるのか、しきりに服でぬぐうために手を離すので、全然エスコートになっていない。
「レオナード、あまり気を遣わないで。私だって手に汗かいちゃうもの。ドレスを着たら手袋もすることだし、気にしないようにしましょう?」
レオナードは大きな体を縮めてカチコチになっている。だからダンスもぎこちなく、私は何度も足を踏まれてしまう。
「あなたは背が高くて素敵なんだから、堂々と背筋を伸ばしたらどうかしら。私の足くらい踏んでもいいや、と思って胸を張って踊ればいいのよ」
「僕でも素敵って言ってくれるの?」
とたんに、背筋をピンと伸ばすところが素直だ。
「うん、とっても素敵。今度はもう少し大股で動いてみたらどうかしら?」
「こうかな?」
「完璧、かっこいいわ! ターンの時に顔をむやみに動かさないようにしたら、あなたの綺麗な髪がなびいて、みんなうっとりしっちゃうわよ」
「やってみるよ!」
褒めると伸びる子だ。これで何とか足を踏まれずに済みそうでほっとする。舞踏会の時には高めのハイヒールを履くので、足を踏まれるととても痛いのだ。
◇
私たちのフォーラム・バージョン2のお披露目は大成功だった。『知ってもらう』『興味を引く』『情報を提供』のうち、情報の提供を行っただけで、先を争ってカメラと端末を操作しようとする。
投稿についても舞踏会の髪型などについて、予想以上のやりとりが発生している。
アレシアが、認証用に撮った本人写真を、舞踏会の時にドレスアップした姿で撮り直したいと言ってきた。
「舞踏会の日に登録キャンペーンを実施するのもいいかもね」
ハロルドの頭の中では、他にも拡散させるアイデアが湧き出しているようだ。
「ねえ、『使ってみる』の後の『評価』はどうしたらいいの?」
「今のところ、必要なさそうだね。使ってみた体験を争うようにして他の人に伝えているから。この流れが止まってきたら、対策を考えれば十分だよ」
レオナードが、泣きそうな顔をして私のところに来た。
「ねえ、イリス。『これをやったら嫌われる? こんなエスコート嫌だ』を読んだけど、僕のことかな」
(まずい)
他の女子からも聞き取りはしたけど、半分以上は私がレオナードに対して思ったことだ。これでは、承認欲求を満たすために友達を売っているような状態だ。
「まさか! レオナードには全然あてはまらないわ。私のパートナーがあなたで本当に良かったと思っているのよ」
イリスのアバターを最大限に活かして、可愛らしく言ってみる。レオナードは、はにかみながら立ち去ってくれた。素直な人で助かった。
翌日には、他の学年にまで広がっていた。魔道具の横に説明書を設置したおかげで、誰でも使うことが出来る。そもそも説明書自体が理解しやすく書かれていて素晴らしい。
前に説明書を称賛したら、ハロルドがたくさん語っていたけど、ほとんど忘れてしまった。何か色々コツがあるらしい。
「まず、誰が読むかということを想定することから始めないと⋯⋯」
◇
久しぶりに剣術部に参加した。身体を動かして汗をかいて、すがすがしい気分で控室を出た。今日はナカムラがミミズ当番なので、畑に行かなくても良い。
アレン先輩にハンカチを返したい。今日も先輩は残って練習をするだろうか。いつもよりもゆっくり時間をかけて支度をして、一番最後に控室を出た。アレシア達には、先に帰ってもらっている。
練習場の方に向かおうと思ったところで、外の壁にもたれかかるアレン先輩が目に入った。
「イリス、話したかったんだ。待ってたよ」
私に気が付くと、ふわりと優しく微笑んでくれた。最近、アレン先輩が名前を呼んでくれることが多い気がする。
(いつまで経っても慣れなくてドキドキする)
アレン先輩の、美しい赤毛が暮れかけた夕日を浴びて、いつも以上に鮮やかに輝いている。わたしは、絵になりそうな姿にうっとりしてしまう。
「お疲れ様です、アレン先輩」
「君たちが作っていた魔道具、僕も使ってみたよ」
他の学年の先輩も使っているとは聞いていたけど、アレン先輩も使ってくれているなんて。後で先輩の投稿を探さなくては。
「あれだけ熱心に作っていたから、素晴らしいものが出来るだろうと思っていたけど想像以上だった。でも、どうしてミミズが関係あるの?」
前にミミズを捕りに行くと言った事や、畑で転んで泥まみれだったことを覚えていてくれたのだろう。私は充電池について説明した。
そして、お借りしたままだったハンカチを返した。新しいハンカチも一緒に添えてある。
「こんな気をつかわなくて良かったのに。でも、君からの贈り物だから、僕は大切にするよ」
やさしく微笑んでくれる。そして、少し言いにくそうに続けた。
「充電池の発想はすごいね。それは、仲良しのヴィクトーが魔獣研究部だから出た発想なのかな」
「そうです。ポグーも魔獣研究部からお借りしています」
「その⋯⋯イリスは、彼と特別な関係なの?」
先輩の赤い瞳に、読み取りにくい感情が浮かんでいる。優しさの奥に、何か鋭いものが見え隠れするような。
(もしかして、先輩、気にしてくれている!)
「いえ、仲の良い友人というだけです」
「良かった」
先輩がまたふわりとほほ笑んだ。この展開はどういうことだろう。胸の高鳴りが止まらない。
「僕には、彼のような立派な家柄が無いから、君と話すのも少し気おくれしてしまう。でも君は結婚相手を迎えて爵位を継ぐ身でしょう。彼のように継ぐ家がある人よりも、身軽な僕の方が合っているんじゃないかな」
(え! 結婚相手って!)
顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。見られるのが恥ずかしくて、頬を手で隠した。そんな私の様子をみて、先輩がくすりと笑った。
男性の控室から数人出て来た。私とアレン先輩とちらちら見ながら通り過ぎていく。
「今度は、人がいないところで落ち着いて話そうね」
先輩は優雅な足取りで校舎の方に歩いて行った。素敵すぎて心臓がどうにかなりそうだ。
私は夜寝るまで、何度も何度も先輩との会話を頭の中で繰り返し思い出して楽しんだ。先輩が、ヴィクトーが魔獣研究部ということや、うちの爵位の事まで色々詳しいことが少しだけ引っかかった。
(もしかして、私に興味があって調べてくれたのかな。⋯⋯さすがに自惚れすぎね)
ハセコの時に、浅見先輩ともこんな風に二人で話してみたかった。
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