心に満ち溢れるポグーへの愛

『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』


 いよいよ最終段階に入った。


 フォーラム・バージョン2は改良を加え、今やバージョン3になっている。魔力を飛ばす回路に改良が加えられ、一度に飛ばせる量が増えて距離が伸びた。それにより、端末と本体の通信速度が上がった。魔力の消費も抑えられている。


 投稿も順調に増え、利用者として登録している生徒は高等部の8割を超える驚異的な数となっている。『賛同』を何より愛するインフルエンサーも発生し始めた。


「そろそろ、良い頃合いじゃないかな。マノン、準備は出来ている?」


 ハロルドの言葉に、少し緊張した面持ちでマノンがうなずいた。


「写真も撮り溜めてあるの。少しずつ、投稿を始めるわ」


 マノンの写真を見せてもらった。マノンは休日になると、ジュールさんの所に行ってカメラで撮影している。ジュールさんの食堂以外の写真もたくさんある。


 何度かマノンに付いていったけど、王都はハセコの感覚で見ても、それほど荒れている感じは受けない。


「ホームレスもいないし、ストリートで暮らす子供たちも見かけない。だから、私たちは気が付きにくいんだけど、まだまだ困っている人は多くいるの」


 貴族が通う学校とは違い、平民の学校は通学させるかどうかは親の判断に委ねられる。ジュールさんによると、6割くらいの子どもしか通学していないそうだ。


「教育を受けさせるよりも家業を手伝わせることを選んだり、学校に通う費用を賄えなかったり、理由は様々みたい」


 その他にも、病や体に不自由があるなどの事情があって働くことが出来ない人たちへのサポートや、私たちの世界にもあった介護に苦労するような問題もあるらしい。


「これだけのことを、よく調べたね」


 ハロルドが、感嘆のため息をついた。


「ジュールの他にも、同じような志の人に出会う事ができたの。彼に教えてもらいながら、私が出来ることを探しているわ。前の世界で行われていたような施策も取り入れている」


 初等部からずっと一緒に過ごしている同級生達について記憶を探っても、マノンのような考えを持つ生徒は思い当たらない。マノンの投稿によって、公言していないだけの生徒や、新たに考えに賛同する生徒を交流させることが、この魔道具を作った目的だ。


「あまり重すぎない話題から、少しずつ投稿してみる」


 マノンは心が痛む写真よりも取り組みを紹介する写真を多く撮影している。問題提起だけでなく、解決方法を紹介することで、他のアイデアを募ったり、取り組んでみようを思う人を増やしたいそうだ。


 マノンの投稿に、ハロルド、ナカムラ、私の3人は『賛同』した。



 カメラが大人気で順番待ちになっている。私たちはカメラを追加することにした。


「充電池が心もとないね」


 ハロルドの計算では、あと2匹分くらいのポグーと土があると安心とのこと。ナカムラが魔獣研究部から、ポグーを追加で借りてくれることになった。


「お願いします、一緒に連れて行ってください」


 ポグーを移す時に全身が見れるかもしれない。私はまだ、夏に頭を少し見ただけで、ポグー全体を見たことがない。図鑑では見たけれど、どうしても実物を見たい。


「そんなに見たいの?」


 ナカムラは私の情熱に驚きつつも、魔獣研究部に連れていってくれた。


「イリス? どうしてここに?」


 出迎えてくれたのは舞踏会でエスコートしてくれたレオナードだった。レオナードは魔獣研究部に所属していて、ポグーのお世話を担当しているそうだ。私のポグーの全身を見てみたい、という強い訴えに驚きつつも嬉しそうに準備してくれた。


 小さい木箱に、ポグーを入れて私に差し出してくれる。


「やっと見れた! 可愛い、可愛い、可愛い! しっぽがあるのね!」

「か、かわいいかな⋯⋯」


 確かに造形として万人が可愛いと感じるとは思わない。でも私は毎日ミミズを与えて世話をしている。ポグーに対する愛が心に満ちあふれている。


「ミミズ、あげてみる?」

「いいの?」

「女の子はミミズを嫌がるものだと思っていたよ」


 レオナードが戸惑ったような顔をしながらも、奥の棚からボックスに詰め込まれたミミズを出してきた。


(んん? 私がいつも捕っている方が活きがいい気がする)


 ピンセットのような道具で1匹つまんでポグーの前に置いてくれた。気配を感じたのか、ポグーがカサカサ箱の中を動き回る。目が見えないせいか、ミミズになかなかたどり着かない。


(がんばれ、もっとそっち!)


 やがて、ポグーはミミズに出会い、あむっと食いついた。そして、両手を器用に使ってミミズを食べる。


「ポグちゃーん、上手、上手! 美味しい?」


 とても満足だ。興奮している私を呆れたように見ていたナカムラが、私の後ろに来て日本語でそっとつぶやいた。


『お前、ハセコになってるよ』


 まずい、レオナードがいるんだった。慌ててイリスモードに戻す。でも、レオナードは不審に思う様子はなく、喜ぶ私をニコニコして見守ってくれていた。


「ねえ、人間の魔力も吸うんでしょう? 私の手を出したら魔力吸う?」


 レオナードが苦笑した。


「やめた方がいいよ。無害と言われていても魔獣なんだ。個体によっては吸い取る力が強いし、魔力は体力みたいなものだから、失いすぎると危険だよ」


 とても残念だ。私は体力ある方だから、ちょっとだけなら大丈夫そうな気がするけど。ナカムラが怖い顔でじっと見ているから、あきらめた。あれは『やるなよ?』と牽制している顔だ。


「イリスが、こんなにポグーに興味があるとは知らなかった。また土から出ているポグーが見たくなったら、いつでもおいでよ」


 レオナード、本当にいい人だ。


「ありがとう!」


 私はお礼を言って、充電池用のポグーを土に入れてもらった。


「今度、僕も充電池のポグーの様子を見に行ってもいい?」

「うん、ぜひ来て!」



 マノンの投稿は、インフルエンサーたちが投稿する華やかな内容には劣るものの、少しずつ『賛同』を集めていた。そんな現実を知らなかった、という声や自分の領地ではこういう取り組みをしている、という声も出てきている。


 そういう声を上げている生徒に、マノンは直接会いに行って話し合うこともあるそうだ。魔道具上の交流と、現実の交流が上手く混ざり合っている。



 ハロルドは、誰かとの共著ではなく、自分だけの論文をまとめ始めた。エレナさんと、エレナさんの祖父である主任教授の指導を受けている。ちなみに、エレナさんとの事については、主任教授も認めていて既に公認の仲とのこと。それでも、二人に婚約という話は出ていない。


 ハロルドは男爵家の爵位を継ぐ立場にはない。研究院の教授とその家族は、貴族と同等の地位が与えられているので、もしエレナさんがハロルドと結婚したら、彼女は貴族の地位を失うことになってしまう。


 エレナさんはそれでもいい、と言っているけれど、ハロルドには割り切れないものがあるようだ。


「俺も、研究院の教授を目指すことが出来るのかな⋯⋯」


 まずは、論文に専念して研究院入りを確実にする、と言っていた。

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