主任教授ってそんなに偉いの?

 朝からハロルドがカチコチに固まっている。今日はいよいよ、研究院から魔力研究の主任教授がやって来る。来訪は午後なのだけど、私たちは準備もあるので今日1日、全ての授業を休むことを許されていた。


 朝から魔道具の最後の調整と、気に留めてもらえた場合に見せる資料を並べる。私とナカムラは念のため今日も木箱いっぱいのミミズをポグちゃんに与えておいた。


「学生たちが、これほどの物を作るとは思いませんでした」


 主任教授らしきお爺さんと、その他大勢を案内しているのは、トイプードルのようなふわふわ頭の教授だ。何と私たちの学園の学園長もいる。ハロルドだけでなく魔道具の先生まで、緊張で固まっている。


「初めまして、私たちは⋯⋯」


 ハロルドの挨拶も聞かず、主任教授は部屋に入るなり、魔道具に突進した。何やら独り言を言いながら、並べた資料を見て魔道具を撫でまわす。操作マニュアルを自分で読み、勝手に使い始めた。


「これがカメラだな」


 カシャ、と蓄電池を撮影した。さっさと個人登録と認証も済ませた。


「機能、メッセージ投稿。蓄電技術を産み出し、情報を保ち続けるという考えは画期的だ」


 順調に投稿している。そして一緒にやってきた人に『賛同』させた。


 魔道具に群がる人をかき分けて、ハロルドが何とか主任教授に話しかけている。私とマノンとナカムラは、部屋の隅っこでひっそりと様子を見守る事しか出来なかった。


 どれほどの時間が経っただろうか。くたびれて座りたくなって来た頃に、やっとみんな帰って行った。ハロルドと魔道具の先生は、興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。


「聞いてくれ。魔力を飛ばす技術の糸口が見つかった」


 主任教授によると、そういう回路についての論文を見た記憶があるそうだ。どこかにあるはずなので探してくれるとのこと。主任教授は改めて読み込みたい、と私たちの資料を全部持って帰った。


 ハロルドのエレベーター作戦が効いたのかどうか良く分からないけれど、今日のところは大成功と言える。



 学園長が来たことで進展したことがある。何と、期日前なのに魔道具の実習は合格したことになり、残りの期間は研究に使って良い事になった。授業の間は魔道具の担当教師経由でしか、他者からの助言がもらえなかったが、今後は誰に相談しても良い。


 しかも、研究院への出入りが許された。


 まれな事だけど、特別な成績を修めると高等部に在籍中でも研究院の一部の授業を受けることが出来る。魔力や魔道具の回路についての講義に、自由に出席して良いことになった。


 これはハロルドに任せた。さすがのマノンもレベルが高すぎてついていけないらしい。私とナカムラは論外だ。


「前世での俺は、工学よりは経営寄りのエンジニアだったけど、もっと工学を学んでおけば良かったと後悔している」


 ハロルドは前世でうっすらとしか学んでいなかった事を、紙に書き起こして情報をつなぎ合わせているそうだ。似ている部分が多いらしい。


 そして学園から、魔道具に使える予算がもらえた。ミミズにも使えるけれど、本格的な回路を購入するなど、他に使い道があるかもしれないので、それには使わず引き続き畑で調達している。



 魔力を飛ばす回路についての論文が見つかったという知らせは、思ったよりも早く届いた。私たちはハロルドに引っ張られるようにして、放課後に研究院に向かった。


 中等部時代に研究院を見学をした時には、大きな講義室や実験室などを中心に見せてもらった。教授たちの個人の研究部屋がある部分には、講義を聞きにきているハロルドですら初めて足を踏み入れる。


「散らかってんなー」

「何の臭いかしら⋯⋯」

「ポグちゃんの臭いとも、また違う、何か獣っぽい臭いがするね」

「うっはー、これは魔獣から魔力を吸い出す魔道具じゃないか?」


 ハロルドだけは、興奮してあれこれ触りながらたまに奇声を上げている。指定された部屋は扉が開いたままだった。

 

「失礼します。私たち学園の高等部の者ですが⋯⋯」


 本と書類がぎっしり詰まった部屋の中には主任教授の姿はなく、女性が座って書類に目を通していた。20代半ばくらいだろうか、落ち着いて知的な彼女は、この本に埋もれた部屋の一部のように馴染んでいる。


「祖父から聞いています。狭いところですが、どうぞお入り下さい」


(主任教授の孫娘! 全然似てない!)


 部屋のあちらこちらに置かれてある椅子に、それぞれ腰かけた。本が積まれていない椅子は人数分しかなかったので、予め座る場所を作っておいてくれたのだろう。


「改めまして、エレナと申します。駆け出しの身ではありますが、魔力研究者の端くれですので、みなさんのお力になれるような事がありましたら、遠慮なくご相談ください」


 素晴らしくエレガントな女性だ。ハロルドに教えてもらったところ、魔力研究というのは、前の世界でのエネルギーに関する研究に近いらしい。


 人間や魔獣に備わっている魔力を魔道具などを使って活用し、生活に役立てようという学問のことだと言っていた。魔道具を使う人が少ない割に、学問は盛んらしい。ハロルドが将来の可能性がなんたら、と話してたけど、良く分からなかった。


「魔力を飛ばす回路についての論文があると聞いたのですが」


 身を乗り出すハロルドに、エレナさんは優しく微笑んで手に持っていた書類を渡した。


「あなた方がまとめた資料を拝見しました。動力と、情報、それぞれを魔力として飛ばしたいということですよね。この論文の場合には⋯⋯」


 ハロルドとエレナさんが、論文を挟んで熱心に論じ始めた。でも私はハロルドが論文に集中しきれず、エレナさんをとても気にしているように思えた。


(すっごい美人だから、一目ぼれしたのかな)


 ハロルドの中身は30歳を超えていた気がする。『加齢臭出かかってた体と、若い体は全然違うな』と良く言っているのだ。私から見るとお姉さんのエレナさんも、ハロルドから見ると年下の可愛い女の子に見えるのかもしれない。


 ぼんやり考えていたら、マノンと目があった。話し込む二人を目で示して、悪戯っぽく笑ったので、私と同じことを考えているに違いない。


 ナカムラは、意外な事にその辺にある本を熱心に読んでいた。


「何読んでるの?」

「魔獣の本が色々あるんだよ。魔力の研究室だからかな」


 そういえばナカムラは魔獣研究部に入っている。ポグちゃんの事が書いてるかもしれない、と思って私も魔獣の本を探して読んでみた。


(ウリオンって、狼みたいでカッコいい! え、ドラゴンもいるの? うーん、カメレオンみたいで愉快な見た目ね)


 イリスは今まで魔獣に興味を持ったことが無かったので、全然知識がなかった。ポグー以外にも色々な魔獣がいるようで面白い。


 帰り道のハロルドは、もう誰の話も聞こえない様子で自分の世界に入りこんでいた。

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