あんた、ゴリマッチョのナカムラなの?

『ねえ、ナカムラ。世界征服してみる?』


 ナカムラは口の中のサンドイッチを飲み込んでから、面倒臭そうな顔をしてこっちを向いた。


『ほら、転生したからには、何か大きな事やらなきゃダメなんじゃない?』


 王立学園のお昼休みは、ほとんどの生徒が食堂で食事をする。でも記憶がよみがえってからの私は、何となく馴染めず中庭で食べている。ナカムラも同じだったようで、私たちは隣合ったベンチに座ってサンドイッチを食べている。


 ここなら日本語で気兼ねなく話せるから気が楽だ。


 現在のナカムラは、金髪碧眼の完璧なイケメン。おとぎ話の王子様みたいだ。かくいう私もシルバーブロンドのさらさらの髪にグリーンの瞳。小柄で愛らしい顔立ちをしている。王立学校の制服を着た私たちは、ゲームにでも出てきそうなビジュアルだ。


『だって、私たちのアバター完璧なんだしさ』

『お前、アバターって言うなよ』


 私たちが転生前の記憶を思い出したのは、10日前の乗馬訓練でのこと。王都のはずれにある森で行動していた。


 森まで遠乗りをすること。

 森の中のチェックポイントを周って印を集めること。


 これを数人ずつのグループで行うのが乗馬訓練だ。私たちは4人。森でチェックポイントを探しているとき、地図を持っていたはずのマノンが泣き出しそうな声で言った。


「ごめんなさい、地図をどこかに落としてしまったみたいなの」


 かなり森の奥まで入ってしまっていて、他の人や馬の姿が見えない。私たちは一番最後に出発しているから後続の助けも望めない。木が生い茂っているため、太陽の方向も良く分からない。


 それでも私たちは、どうにかなるだろうという甘い考えで適当に馬を進めてしまい、ますます迷った。不運な事に大雨まで降り出したので、いったん進むことを諦めて、近くの木に馬をつないで雨宿りをする事にした。


 なだらかな崖にぽかりと口を開ける洞穴に気がついたのは、ハロルドだった。


「あの中に入った方が、雨に当たらなくていいんじゃないかな?」


 確かに風が強くなってきて、大木の下にいても雨が吹き込んできている。遠くで雷の音も聞こえる。マノンが青くなって震えているのを見て、ハロルドとヴィクトーが洞穴の様子を見に行った。


「雨宿りできそうだよ。松明がないから暗くて奥が見えないけど、獣の匂いもしないし、ここよりは体が冷えないと思う」


 私たちはハロルドが見つけた洞穴で雨宿りをすることに決めた。


 洞穴は予想より広く、音の響きから推察するに奥の方まで続いているようだった。しばらく待っても、雨脚が全然弱くならない。飽きて来たハロルドが洞穴の中を探り始める。


「やめろよ、危ないよ」


 ヴィクトーの制止を無視して、暗い奥に進んだハロルドの足音がふと消えたと思ったところで――


「うわああああ!」


 ハロルドの悲鳴が遠くなっていく。


「落ちた?!」


 私が慌てて声が消えた方に駆け出すと、ヴィクトーとマノンが追いかけてきて、私の腕をつかむ。


「危険だから止まって!」

「危ないからやめて!」


 時すでに遅く、私は二人を巻き込んでハロルドが落ちた穴に転がった。


 痛みは無い。落ちた先は、枯れ葉が溜まっているのかフカフカしていた。真っ暗で何も見えない中、手で辺りを探ると何かに触れた。


「わ、誰?」


 私が触れたのはハロルドだ。


「ごめんなさい、イリスです。ハロルド、怪我はない?」

「うん、大丈夫。イリスも平気?」

「どこも痛くないから、大丈夫だと思う」


 ヴィクトーとマノンも大丈夫だろうか。ハロルドが声をかけた。


「ヴィクトーとマノンも大丈夫?」

「「大丈夫」」


 二人がそろって声をあげた。どうやら、全員無事らしい。


 引き続き暗闇の中、手で辺りを探る。枯れ葉の中に大きめの石がごろごろ埋もれているのが分かる。下手な落ち方をしたら頭をぶつけていたかもしれない。


 外から聞こえる、雷の音がどんどん近く、大きくなっている。


「何か響いてこない?」


 マノンが震える声で言う。確かに、雷が近くで轟音をたてると、地面も震えている気がする。雷の音がますます近くなる。地面が震える。私は怖くなって、マノンの声がする方に近寄ってしがみついた。マノンも私に抱きつく。


 バリバリバリ――ゴゴーン!!


 大きな音と地響き。覚えているのは、そこまでだった。


 気が付くと、私たちは病院のベッドに寝かされていた。


 私たちが戻らないことを心配した先生たちが、木につながれている馬を見つけてくれた。そこから洞穴の奥で気を失っている私たちを発見してくれた。


 幸い、私たち4人とも外傷はなく入院することもなく、その日の夜には、それぞれ家人の迎えを受けて帰ることが出来た。


 ――表面上は


(何なの、何なの。どういうことなの?)


 私は家に帰るなり具合が悪いと言って、さっさと入浴してベッドにもぐりこんだ。


(私は長谷川海香。でも、私はイリスだ。どういうこと?)


 病院で目覚めた時から、記憶が混乱しているのだ。


 気持ちは長谷川海香なのに、手足を見ても、鏡を見てもイリスの姿だ。イリスとして16年間過ごしてきた記憶もちゃんとある。それに、ここはどう考えても日本ではない。


(これって、前世の記憶を思い出したってこと?)


 数日間、具合が悪いと部屋にこもって混乱した時を過ごした。そして、立てた仮説がこれだ。


 仮説1、長谷川海香は死んでしまって、イリスに生まれ変わった。

 仮説2、これは長谷川海香が見ている夢だ。


 どちらだとしても、落ち着いて考えてみれば悪いことではなかった。新しい体のイリスは男爵家の娘として何不自由なく暮らしていたし、何よりビジュアルが完璧だった。


 背が高くキツイ顔だちをしていた長谷川海香は、ずっと『可愛い女の子』に憧れていた。


 シルバーブロンドの髪に、グリーンの瞳。真っ白で透き通った肌。目がぱっちりしていて、小顔で顔だちが整っている。イリスは完璧な美少女だ。


 いつか目が覚めてしまうのかもしれないけど、それまでイリスとしての生活を楽しむのも悪くない。



 他にも同類がいると分かったのは、抜き打ちテストが行われた時だった。


「小テストだからって、気を抜かないように。点数が低い人は補修がありますからね」


 予告なしのテストと補修なんてありえない。先生への不満がつい口に出てしまう。


『あいつ、サイコパスじゃないの』


 ふと視線を感じて横を見ると、隣の席のヴィクトーが、真っ青な顔で私を見つめていた。どうせ、日本語だから内容は分からないはずだ。よく分からない独り言を言う私を薄気味悪く思ったのだろう。ヴィクトーは完璧な優等生なので、堅苦しくて少し苦手だ。


(成績がいい人は余裕でいいですねー)


 半分八つ当たりのように思って、しぶしぶテストに取り組もうとしたところで、ヴィクトーの口から出たのは。


『それな』


 日本語だった。


 私たちは授業が終わるなり、目で会話して庭に走った。人目を避けて木の陰に隠れる。何を言えばいいか迷う私に、ヴィクトーは日本語で言った。


『お前、名前は?』

『長谷川海香。あんたは?』

『中村勇迅』


 私たちは同時に悟る。たぶんあの時、同じタイミングで死んだのだ。



 告白を決意したのは、部活の帰り道だった。


 私には好きな先輩がいた。棒高跳びの選手の浅見先輩。先輩が空高く飛び上がる姿に一目ぼれして、私も陸上部に入った。長距離を選んだ私は、走りながらいつも浅見先輩を見ていた。


(それも、あと1か月)


 受験を控える3年生は夏の大会を最後に引退してしまう。先輩が引退するまでに、玉砕覚悟で気持ちだけ伝えたかった。


 玉砕覚悟と言いながら、もしかして⋯⋯もしも上手く行ったら、夏休みを一緒に過ごせたりして、という希望を持っていたことは否定しない。彼氏と夏祭りに行くのは、昔からの憧れだ。


(彼氏って、彼氏って!)


 告白すらしていないのに、妄想が膨らむ。


 ぐずぐずしている場合じゃない。明日の部活が終わった後に、先輩に想いを告げよう。そう決めた私は、地元のパワースポットとして有名な神社に願掛けに行くことにした。


 山の上にあるその神社は、地元では大きな神社だ。でも、もう日が暮れそうな時刻だからか他には参拝客がいない。


「浅見先輩とうまくいきますように」


 奮発してお賽銭箱に千円札を入れて、心をこめてお参りした。おみくじも引く。


「わ。大凶。最悪」


 縁起が悪い。これは結んで帰らなければ。しかし『納め所』と書かれた紐にはぎゅうぎゅうにおみくじが結んであって、空いているところが見当たらない。どうにか結べそうなところを探しているところで、声をかけられた。


「ハセコ!」


 自転車をひいて立っていたのは、同じクラスのナカムラだった。ナカムラは、小学校からずっと同じで、会えば話す程度の友達だ。小学校からの友達はみんな、私の事を『ハセコ』と呼ぶ。ハセガワウミカ、名前にコはつかないのに。


 ナカムラは背が高く筋肉モリモリマッチョなので、自転車がやけに小さく見える。


「ナカムラじゃん。何してるの?」

「何って、ここ俺んち」


 そういえば、神社の息子だと聞いたことがあった。デカい風体とのギャップが意外だと言われていたっけ。


「おみくじ? 結ぶとこ無いならさ⋯⋯」


 ナカムラが私が手に持つおみくじを見て言いかけたその時、空が急に明るくなった。そして遠目に黒い大きな雲が沸き起こるのが見える。凍り付く私の顔を見て、ナカムラも振り返って雲をみた。


(きのこ⋯⋯雲)


 テレビや歴史の資料集で見たことがある⋯⋯そう思ったのが、長谷川海香の体での最後の記憶だった。



『ハセコさあ、世界征服できたとして、その後どうすんの?』


 ナカムラがヴィクトーの顔で言う。私のくだらない話に付き合ってくれる気らしい。ナカムラのそういう優しい所は、前の世界にいた時から結構好きだ。


 何しろ、私たちは世界征服なんて出来ない事を知っている。だって、見た目が理想通りになっただけで、他には何の力もないのだから。


『わかんない。何しよっか』

『世界とか治めるの面倒じゃない? 俺なら、金持ちになって悠々自適に暮らす方がいい』

『あんたのアバター、じゅうぶん金持ちじゃん!』


 ナカムラが転生したヴィクトーは侯爵家の嫡男で、国でも指折りの金持ちだ。上級貴族の跡取り息子なのだから相当なボンボンだ。


『だから、アバターって言うなよ』

『だって、実感わかないだもん。ナカムラは、しっくりきてるの?』


 ナカムラも首をひねる。この王子様みたいなヴィクトーの中身が、あの筋肉モリモリマッチョのナカムラなんて、違和感ありすぎる。


『そういえば、ヴィクトーは筋トレしてないの? ナカムラはムキムキだったじゃん』


 ナカムラは休み時間もゴムバンドみたいなのを伸ばして、マッチョ仲間と筋トレをしていたはず。ヴィクトーはすらりとしていてムキムキ感はない。隠れマッチョなのだろうか。


 ナカムラは気まずそうに言った。


『別に、好きで筋トレしてたわけじゃないよ』

『じゃあ、水泳部⋯⋯だったよね。そのためのトレーニング?』

『そういうわけでもない。背もデカいし、顔もイカツかったからさ、みんなが筋肉あるんだろう、って勝手に期待するんだよ。それでブヨブヨだったら、何かがっかりさせるかと思って』


 確かにあの顔であの体格でブヨブヨは期待外れ、と言われても仕方ないかもしれない。ナカムラなりの気遣いでマッチョだったわけだ。


 そう思うと、金髪碧眼の王子様みたいなイケメン、というのはナカムラの願望だったのかもしれない。私が、色白の可愛らしい女の子に憧れていたように。


『お互い、いいアバターを手に入れたられてラッキーだったよね』

『だからハセコ、アバターって言うなよ。生きてる体なんだからさ』


 今のところ、私たちは転生者としてのメリットを見つけられていない。

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