そうだよね、転生するのは日本人だけじゃないよね

 どうやらナカムラも遠乗り訓練の洞穴で記憶が蘇ったらしい。


 ということは、あの時一緒にいたハロルドとマノンも、前の世界の記憶が蘇っているかもしれない。私たちは確認してみることにした。


 私のアバターのイリスと、中身がナカムラのヴィクトー、マノン、ハロルドの4人はクラスでグループ活動する時の固定メンバーだ。私とナカムラは、二人に前の世界の記憶があるかどうか確認するため、グループ活動中に『転生って戸惑うよね』とか、『前世思い出したりしてない?』と、何度か日本語でつぶやいた。


(無反応?)


 ナカムラと観察したが、二人とも『何て言ったの?』とは言ったけど、言葉の内容には反応しなかった。日本語が通じていないようだ。


「転生したのは、私たちだけなのかもね」


――しかしそれは早合点だった。


「魔道具を作る実習に入ります」


 先生の声掛けで、いつものグループに分かれて座った。高等部1年生の最大の難所と言われている魔道具実習だ。難しいのに採点が厳しく、合格できないと留年もあり得る。私たちは気合を入れて先生の話を聞く。


 王立学校は貴族の子弟が通う学校だけど、システムは日本の学校と似ていて、初等部6年、中等部3年、高等部3年、と別れている。学齢も日本と同じだから理解しやすい。私もナカムラも高等部の1年生。つまり死んだ時と同じ学年だ。


 ただし、学問の内容は日本とは全く違う。算術や人体、生き物についてはほぼ同じだけど、言語が違うし、もちろん歴史も違う。物理化学などは、微妙に違う気がする。そもそも、ここは地球なのだろうか。宇宙という概念については耳にしたことがない。今の所、転生して役に立っている知識は九九くらいなものだ。


 特に『魔力』は向こうの世界にはなかった。私は『気功』に近いと解釈している。体力に近い『魔力』というものが人間には生まれつき備わっていて、放出することが出来る⋯⋯らしい。


 というのも、目に見えるものではないので『魔道具』と呼ばれる、魔力を注ぐことで動く 道具に入れるくらいしか使い道がない。しかも、魔力を放出すると疲れてしまうので、魔道具を使ってまでやりたいことも無い。


 『魔力』を使う人は、ほとんどいない。


(日常で全然使わないのに、無駄な授業としか思えないわ)


 でも、なぜか重要科目になっている。魔力は将来のエネルギー問題の解決がうんたらかんたら、何か先生が言ってた気がするけど忘れた。ただひたすら面倒だ。


「11月には、グループごとに発表してもらうからね」


 今は5月だからあと7か月。先生の言葉に、みんなため息をついた。グループごとに魔道具を1個作って発表するというのが課題だ。それぞれグループで集まって計画を立て始める。


 4人で、実習室の隣室にある先輩たちの過去の課題作品を見に行った。道具と説明書きが、ずらりと棚に納められている。


 見ただけで用途が分かるもの、予想もつかないもの、大きさも見た目もバラバラの道具がたくさん並んでいる。説明書きに評価点も書いてあるので、点数が高そうなものを中心に見て参考になりそうなものを探す。平たい手のひらサイズのものを見つけた私は、なんだか懐かしくなってナカムラに言う。


『これってさ、スマホみたいじゃない? ネットにつながったりして』

『ネットワークも無いのに、つながるわけないじゃん』

『network?』


 誰も聞いていないと思ったら、後ろに呆然とした顔のハロルドが立っていた。


(もしかして)


『アーユースピーク、イングリッシュ?』

『Fantastic!』


 ハロルドは英語圏からの転生者だった。そして何と英語にはマノンも反応した。英語をちゃんと話せない私は、この世界の言葉で言い直す。


「もしかして、ハロルドとマノンも、前の世界の記憶を思い出したの?」


 二人とも興奮した顔でうなずいた。私たち4人は魔道具の課題は後回しにして中庭に移動した。


 ハロルドは、前の世界ではジェイというアメリカ人で、シリコンバレーで働くITエンジニアだった。


 マノンはフィリピンの人権擁護活動を行う団体に所属するグウェン。


 二人とも前の世界では大人だったが、死んだ時の状況を覚えていない。ただ、最後の記憶をたどると、私とナカムラと同じ日時の記憶までしか無さそうだ。


 ハロルドは残業して日を越しそうだった時。マノンは夕食の炊き出しの準備をしていた時。私とナカムラは夕方の神社にいた。時差を考えると妥当な感じだ。


「あの時、世界が滅亡したのかもしれない」


 二人は、私とナカムラが見た最後の光景に絶句した。当時の国際情勢を考えると、そんなはず無いとは誰も言えないのが切ないところだ。


「せっかくだからさ、前の世界の記憶を活かして魔道具作っちゃおうよ」


 ハロルドが言う。マノンも、私もナカムラも賛成した。


 ちなみふたりは、今の名で呼んで欲しいそうだ。私とナカムラみたいに、以前からの知り合いならともかく、二人の中では私はイリス、ナカムラはヴィクトーと固定されているので、呼び名を変えるのは混乱するとのこと。


 私たちは次回までにアイデアをまとめておくことを宿題にして解散した。

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