シリコンバレーな王立学園

大森都加沙

序章 ニワトリ係の事件簿

「コケーッ!! ゴケッ、クァッキョー!!」

「やめなさいよっ! 痛っ! ちょっと、痛いってば!」

「馬鹿、離せよ! お前、生意気なんだよっ!」

「コケッ、コケッ、ケケケケー! クックルーッ」


 飼育小屋の方が騒がしい。バケツに水を汲んでいた俺は慌てて蛇口をひねって水を止めた。


「このニワトリが悪いんだよっ! 余計なことすんなよ、この馬鹿!」

「どけよ、ばーかっ! 女だって、蹴っ飛ばすからな!」

「クァッキョー!! ケケッケケッ! コケーッ!!」

「痛いって言ってんでしょ!」


(誰だよ! 何やってんだよ!)


 水道の音で気が付くのが遅れたけど、少し前から騒ぎが起こっていたようだ。バケツを置いたまま、校舎の角を曲がって飼育小屋に走った。


(あいつら! 6年か!)


「馬鹿、早く出て来いよ! もうその女ほっとけよ!」

「コケーッ!! コケーッ!!」

「この泥、片付けていきなさいよね! 片付けるまで、絶対離さないんだから! 痛っ! 何すんのよっ!」


 小屋の中と外に上級生が数人いた。小屋の中で大柄な上級生につかみかかっているのは――


(ハセコ!)


 小屋の外の上級生が、中の仲間を引っ張り出そうとするが、扉を開くとニワトリが出て来てしまう。外に出てくるようにと、わめき散らしている。


「何やってんだよっ!」


 走りながら大声で叫ぶと、上級生たちがビクっとした。


「やべっ! デカいのが来た!」

「離せってば!」

「きゃっ!」


 小屋の中の上級生が、思い切りハセコを突き飛ばした。ハセコが大きな音をたてて床に転ぶ。その姿をみてカッとなった俺は、外にいたやつと、扉から出て来た仲間の襟首をつかみ引きずり倒した。


「お前ら、何やってんだよ!」


 残りのやつらは逃げてしまった。地面に転がった上級生2人は顔を引きつらせながら、俺から離れようと地面の上で身をよじっている。


「あ、あいつが悪いんだよ!」

「ちょっとニワトリに仕返ししようとしただけなのに、あの女が騒ぐから」


 小屋の中を見ると、ハセコが痛そうにうめいている。立ち上がれないのだろうか。


「ハセコ?」


 気を取られているうちに上級生二人は、立ち上がって逃げ出してしまった。


「ちょっとデカいからって、調子のんなよな!」

「ばーか、ばーか」


(馬鹿はどっちだ!)


 金網越しにのぞくと、ハセコは転がったまま、コッコとひよ太郎の様子を確認しているようだった。ものすごく、つつかれている。足蹴りもされている。


「痛いってば。やめて! ちょっと、羽見せてよ」

「大丈夫?」


 俺も覚悟を決めて扉を開けて中に入る。2羽は新しい敵とばかりに、俺に向かって攻撃をしかけてきた。床が泥まみれになっている。


「これだけ元気なら、大丈夫じゃないの?」


 2羽とも少し汚れているだけで元気そうに見える。ハセコもそう判断したのか、やっと立ち上がった。ハセコと俺は協力してニワトリが外に逃げないように気を付けながら、扉から外に出た。


 普段は、餌で気を引いたり木の囲いを使ったりして、小屋の中の掃除をする。こんな風に何も準備しない状態で飛び込んだりはしない。


「何があったの?」


 ハセコの姿はひどかった。顔も服も泥まみれで、ショートカットの頭は、餌のくずにまみれている。


「あいつら、絶対許さないんだから。次に見つけたら、蹴り入れてやるの!」

「やめなよ、勝てないよ」


 小学校で飼っている2羽のニワトリのコッコとひよ太郎は狂暴だ。もう何年も飼われているのに、絶対に誰にも懐かない。飼育委員の中で担当を決めるとき、ほぼ全員がウサギを希望した。亀ですら数人立候補したのに、ニワトリだけ誰も希望がいない。


「はい、私やります」

「俺、やります」


 ニワトリに立候補したのは、俺とハセコだけだった。


「だって、あの子たちにだって意思も感情もあるんだから、嫌々お世話されたら可哀そうじゃん」


 ハセコは、狂暴で懐かない2羽を名前を呼び分けて可愛がっていた。雨の日も台風の日も、夏休みも世話を休まない。家族で出掛けるという日も、朝早くに来て世話をしていた。何となく負けるのが悔しくて、俺もまだ1日も世話を欠かしていない。


「あいつら、この子たちに意地悪しようとしてたんだよ!」


 どうやら、コッコとひよ太郎に悪戯をしようとして、つつかれた事に逆恨みして、泥を投げ込んだりぶつけたりしていたらしい。そこを世話をしにきたハセコが見つけて、騒ぎになっていた。


「とりあえず、床の泥を片付けよう。ナカムラ、バケツ知らない?」


 水道のところに置きっぱなしだった。慌てて取りに行って戻ると、ハセコが餌で2羽の気を逸らしながら、床の泥を竹ほうきで掃き出していた。自分はまだ頭に餌のくずをつけて汚れたままだ。


(女子っぽくないんだよな)


 ハセコは、女子の中では話しやすい。他人に干渉しないので、他の女子みたいにうるさい事を言ったりしない。髪が短いし、背が高くてひょろっとしているところも女子っぽくない。でも人気者の男子に、きゃあきゃあ言うところだけは女子っぽいかもしれない。


「あ、お水! ありがとう!」


 小屋用の古いモップを使って、残りの泥をぬぐった。コッコとひよ太郎も、落ち着きを取り戻しつつある。


「ケガしなかった?」

「んー、擦り傷出来たけど、これ全部コッコとひよ太郎にやられたやつだわ」


 ハセコはモップの手をとめて、俺の方を見てにっこり笑った。


「助けてくれて、ありがとう」


 まっすぐに見つめられて、素直にお礼を言われて、どうしていいか分からなくなる。


「俺、何もしてないし」

「ううん。ナカムラが来てくれて、あいつらをひっつかんでデーンと投げたのカッコよかったよ」


(かっこいい?!)


「ナカムラなのに、ときめいちゃった。3ときめきくらい」


(ときめきって、こいつ俺のことが好きなの? でも3って多いのか? 少ないのか?)


 心臓がドキドキする。


「3ときめきってどのくらい?」

「えっとねえ、100ときめきで恋だね」

「少なっ!」


 ハセコが頭に餌のクズをつけたまま笑う。


「でも、筋肉マッチョで大きくてかっこよかった。ありがとう」

「俺、そんなに筋肉ないよ」

「そう? じゃあ、もっと筋肉あったら100ときめき超えてたかもね」

「マジで?」


(兄ちゃん、動画見て筋トレしてたよな)


 ハセコは筋肉マッチョが好きということか。俺のことをカッコいいって言ってたから、期待に応えてやってもいいかもしれない。帰ったら兄ちゃんに教えてもらおう。


「ハセコ、頭に餌のくずついてるよ」

「え? やだなあ。⋯⋯あ、ちょっと待って。コッコとひよ太郎の水がない。今度は私が水道行ってくるよ」


 ハセコがバケツを持って走って行く。まだ、頭には餌のくずがついたままだ。


(自分より、ニワトリ優先かよ)


 変わったやつだと思うけど、飼育委員の相棒としては頼もしくて最高だ。

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