サンドイッチ協定を締結する

 魔道具のバージョン1が『仮』完成したのは、夏が始まりかけた7月初旬だった。


「あくまで、仮だからね」


 喜ぶ私たちにハロルドが釘をさす。この後、想定通りに動くかどうか確認するそうだ。


「それぞれの部品の動作確認は済んでる。確認内容が気になるなら、そこの紙を見て。俺が作ったところと、マノンが作ったところ、それぞれの分があるから」


 『そこ』には山のような紙が積んであった。中を見ると動作が通し番号と共に一覧となって並んでいる。


 13-5.画像を選択すると『登録』と『戻る』の選択肢が表示されること。

 13-6.『登録』を選択すると、画像が登録されて完了画面が表示されること。

 13-7.『戻る』を選択すると、画像選択画面が表示されること。


(なんじゃこりゃ)


 ナカムラをちらりと見ると、私と同じく戸惑った顔をしている。


「このすごい量、マノンとふたりで書いたの?」


 二人は満足そうに微笑んだ。マノンが具体的な作業を指示してくれる。


「今度は同じように、部品を組み合わせた時の確認をするのよ。そこに書き出してある順番で、魔道具を指示通りに操作して結果が想定通りになるかどうかを試してくれる?」


 私たちは分担して作業を始めた。細かくて気が遠くなりそうな作業だ。



 先に音を上げた私は、気分転換にミミズを捕りに行く事にした。ナカムラも追いかけてくる。


「俺、頭おかしくなりそうだ!」

「私には頭脳労働は向いてないわ。肉体労働で貢献します」


 二人で木箱を持って並んで歩いていて、ふとアリシアの言葉を思い出した。


(そうだった、接触を控えるんだった)


 魔道具の部屋の中なら平気だけど、外に出たら他の人の目に触れる。あまり仲良さそうにしてはいけない。私が少し距離を取ったことに気づいたナカムラが、ちょっとムッとした顔をした。


「何だよ、この前から。感じ悪いよ。あ⋯⋯ポグー臭い?」


 ナカムラが自分の腕をくんくん臭う。


「臭くないよ。そういう仕草、ヴィクトーの王子様顔には似合わないからやめなよ」

「じゃあ、何だよ」


 機嫌が悪いナカムラとミミズを捕りに行くのも気まずい。正直に伝える事にする。


「ヴィクトーって人気あるんだって。だから、仲良くしすぎると誤解されて女子から反感買うよ、って忠告もらったの」

「はあ? マジで面倒なんだけど」


 ナカムラが天を仰いでため息をつく。次いで、恐るおそる聞いてくる。


「やっぱり、女子の間で反感買ったら大変なの?」


 育ちのいい子が多いせいか、そっと距離をおかれるくらいで、表立って悪口を言われている子は見た事がない。陰では分からないけれど。


「実はそんなに困らない。マノンもいるし。でも、ヴィクトーの事が好きな子が誤解して悲しむのは可哀そうだと思う」


 しばらく何かを考えていたナカムラは足を止めた。私もつられて足を止める。


「ってことは、表立って俺とイリスが仲良くしてたら、俺には他の女が近寄らないってこと?」

「そうだよ、モテなくなっちゃうよ」


 せっかく王子様みたいなアバターを手に入れたんだから、ナカムラだってモテたいだろう。ニヤニヤする私にナカムラが意外な取引を持ち掛けて来た。


「俺、婚約破棄したばっかりだし女子と仲良くなる気がないから、イリスと仲良くしておけば、面倒がなくていいと思う」

「嫌だよ、私がモテなくなるでしょ」

「そうだな⋯⋯サンドイッチでどう?」

「いつもお昼に食べてるサンドイッチを、分けてくれるって事?」


 ヴィクトーが食べている侯爵家のサンドイッチは、とても豪華でうらやましかった。うちの料理人のは⋯⋯あまり美味しくない。


 アレン先輩が私ごときの交友関係を気にするはずもないし、悪い取引ではない気がしてきた。


「うちのサンドイッチは美味いよ」

「何日分?」

「1か月。毎日ランチに持ってくるよ」

「――やらせてください、女子からの盾になります!」


 サンドイッチも嬉しいけど、ナカムラといると私も楽しいのだ。距離を取るのは、ちょっと寂しいと思っていた。忠告してくれたアリシアには悪いけど、今まで通り気にせず接することにする。


 ずっとモヤモヤしていた気持ちが無くなって、すっきりした。



「今度こそ、バージョン1の完成!」


 ハロルドの宣言に、私たちは涙を流さんばかりに喜んだ。ものすごい達成感。


 出来上がった魔道具は、衣装ケースくらいの大きさの本体が1個、そこにつながる、衣装ケース3個分くらいの大きさの充電池。あとは持ち運びが出来るカメラだ。


 本体の天面にかなり大きいガラスがはまっていて、ディスプレイになっている。


 最初にマノンが試すことになった。


 ディスプレイには『あなたは誰ですか?』と表示されている。マノンは側面から出ている突起を握り名乗った。


「マノン・ベルナール」


 魔道具は予め登録しておいたマノンの情報を検索し、ディスプレイに認証が完了したことを表示した。この魔道具は予め登録されている人が本人認証を行うことで使えるようになる。本人認証は、魔力の質を確認する回路を使っている。魔力は指紋のように、一人ひとり微妙に違うらしい。


 続けてマノンは突起を握ったまま話した。


「機能、メッセージ投稿。私が食堂で好きなメニューは、具材がたくさん入ったスープです」


 デイスプレイに、マノンが話した通りの内容が表示される。その下に『投稿する』と『修正する』という表示が出ている。マノンは『投稿する』と言った。


 ディスプレイには『投稿完了』と表示される。マノンが『最初に戻る』というと、ディスプレイの表示が変わり、マノンが言った『私が食堂で好きなメニューは、具材がたくさん入ったスープです』が表示された。


 続けてマノンが保存しておいた写真を呼び出し、メッセージに紐づけた。


 次に私が認証を行い、マノンの投稿に『賛同』という印を登録する。


 これで、私はマノンの意見に賛同した、という事になる。投稿を選び『賛同者』と言うとディスプレイには、私の名前と賛同した日時が表示された。


 『掲示板といいね機能』がちゃんと動いている。続けてマノンの投稿に『私の好きなメニューは魚料理です』と投稿し、写真を紐づけた。同じように、ハロルドとナカムラも投稿する。


「すごいよ!」


 問題はこの魔道具の名前だった。作り始めた頃からずっと名前をつけようとしてきたけど、誰も良いものが思いつけないまま、バージョン1が完成してしまった。仕方がないので、ハロルドとマノンが仮称として使っていた『フォーラム』という名前をそのまま使う事にした。どうやら集まって意見を述べる場、みたいな意味があるらしい。英語だけど。


「では、フォーラム・バージョン1、先生にお披露目することにしよう」


 私たちの魔道具が気になって仕方なかった先生に声をかけると、やりかけの作業を放り出して、すごい勢いで部屋に向かっていった。私たちは小走りでついていく。


 魔道具を前にして興奮する先生に、ハロルドが使い方の説明書を渡した。


(こんなものまで用意してたんだ。さすが、ハロルド!)


 先生の情報を登録した。先生は本人認証を行い、掲示板の内容を読む。そしてハロルドのハンバーグに『賛同』した。投稿したがる先生のために、教師たちの控室までカメラを持って行って、おやつのリンゴを撮影する。


 先生が大騒ぎするので、他の科目の先生まで集まって来てしまい、魔道具の部屋まで付いてきてしまった。


「私が好きなのはリンゴです」


 先生の初投稿だ。他の先生たちも興味深そうにディスプレイを覗く。そして同じように投稿したがるので、私たちはカメラを持って、教師用の控室まで戻り、先生たちに撮影方法を教えた。先生たちは子供のようにはしゃいで、おやつを撮影している。


「私のおやつは焼き菓子です。とても美味しいです」

「賛同」

「私が好きなのはパンです。とてもお腹がすくのです」


「テストの採点は大変です」

「賛同」

「字が汚い生徒の採点は特に大変です」

「賛同」

「賛同」

「賛同」

「賛同」


 先生たちは使いこなしはじめ、新しい話題も投稿し始めている。


「まだ7月なのに、こんなにすごい魔道具が完成してしまったね!」


 魔道具の先生の言葉に、ハロルドが重々しく言う。


「いえ、先生。俺たちはまだ完成させていません。⋯⋯だよね?」


 私たちは全員、力強くうなずく。私たちはなぜこの魔道具を作ろうと思ったのか。


『困窮者の支援について話し合いをする場を作りたい』


 まだやっと1歩を踏み出したにすぎない。

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