マノンの大切な人に会いに行く

「カメラを貸してもらえないかしら」


 休日前、マノンが遠慮がちに切り出した。


「人々の暮らしを見るために街に行っている事は前に伝えたと思うんだけど、いつか投稿する時のために、写真も撮影したいの。持って行って撮影に使ってもいいかな」


 全員が笑顔で了承した。


「ねえ、マノン。もし良ければ私も街に連れて行ってもらえない?」


 魔道具を作り始めてから、私なりに『困窮』について情報を得ようとした。両親が王都に来た時に領地での取り組みを聞いたこともある。


 イリスの両親の領地には広大な農地がある。働けば働くほど作物が実る豊かな土壌と恵まれた気候のおかげで領民の暮らしぶりは悪くはない。それでも事情があって人手が足りずに困っている家もある。


 同じ国でも他の地域では、仕事がなく生活に苦しむ人がいる。イリスの家では、そういう他領からの人も招き入れてまとめて雇い、領内の人手が足りない農地に紹介している。


 雇う費用はイリスの家が負担しているため、手間も含めて完全な奉仕活動だ。


「でも、その畑が生み出した収入から、私たちは税をもらっている。既に十分な報酬を頂いているんだよ」


 イリスの父が満足そうに笑っていた。


 困っている人の救済ではあるけれど、マノンが街で見る『困窮』はまた違うものなのだと思う。


 貴族の子女は、たいてい馬車で移動する。街に行くこともなく、店に用がある時には店員を屋敷に呼び立てるか使用人が出向く。大人だって似たようなものだ。だから、私たち貴族が街の平民の暮らしぶりを知るのは、使用人からの話を聞くのがせいぜいだ。


 私もマノンをまねて街に行ってみたいと言ったところ、両親が留守中に家を取り仕切る家令に烈火のごとく怒られて実現しなかった。だからマノンの所に遊びに行く、と言って一緒に連れて行ってもらおうと思ったのだ。


 説明すると、マノンは少し迷ったように考えた。


「ありがとう、理解しようと思う気持ちは嬉しいわ。――そうね、前の世界の記憶があるイリスなら、その辺のご令嬢とは違うから大丈夫かもしれないわね。一緒に行きましょう」

「俺も行きたい」


 ナカムラも名乗りを上げると、ハロルドも笑った。


「それなら、俺も行かなきゃね」


 4人で行く事になった。私とナカムラは急いで予備の持ち運び充電池を作る。香草が足りないので、いつもより少し納豆臭い。



 私たちはマノンの家に集合して、そこから徒歩で街に向かった。15分くらい歩いたところが街の中心地になる。


 領地内ならともかく、王都内では馬車でしか移動しない。イリスとして初めての経験にわくわくする。マノンの家で簡素な服に着替えてきたとはいえ、やはり平民に比べると身なりの良さが目立ってしまう。


「1人ならそれほど目立たないんだけど、4人集まると駄目ね」


 マノンが苦笑している。供としてマノンの家の使用人が1人付いて来てくれている。老年に近い彼は家族の病で苦労しているところを、マノンが父伯爵に口添えしたことで助けを得て、彼女に協力的なのだという。


「街にも協力者がいるの。協力者というより、この世界の困窮について私を導いてくれる先生かな。後で紹介するわね」


 マノンが連れて行ってくれたのは1軒の食堂だった。こじんまりしているけど、丁寧に整えられていることが分かる気持ちのよい佇まいで、スープのような美味しそうな香りが漂っている。


「ジュールさん、紹介します。前に話した魔道具を一緒に作っている友人です」


 マノンの紹介で、20代半ばごろの男性に私たちは挨拶をした。短髪で日に焼けた大柄な男性だ。


 彼には詳しい身分は伝えない事になっている。王立学校の生徒という事から貴族の子弟ということは分かるだろうけど、特にヴィクトーのような高い身分の子供はトラブルに巻き込まれやすいので、街では伏せたほうが良いそうだ。


「こんにちは。君たちもマノンと同じような志を持っていると聞いているよ。学生のうちから、こういう事に興味を持ってくれるなんて将来が心強いね」


 私とナカムラは外見と内面の年齢が同じだけど、ハロルドとマノンは中身は大人だ。ハロルドに至ってはジュールさんよりも年上だ。二人は微妙なほほえみを浮かべている。


 聞けば、ジュールさんは孤児として育ち、周りの助けを得ながら苦労して食堂を持つにまで至ったそうだ。自分が受けた助けを今度は社会に還元したいと考えて活動しているらしい。


「グウェンだった頃、私だけが両親に救われたことを後ろめたく思っていたの。だから、自分が誰かを助ける時にも『平等』にこだわっていた。困窮者全員を救う仕組みにこだわって、もちろん出来なくて、とても苦しかった。上手く行かないことに絶望すらしていたわ」


 ジュールさんに会って、考えが変わったという。


「難しい事を考えずに、1人でも、2人でも助けられる範囲で、助ければいい。助けた2人が、次にまた2人ずつ助けたら6人助けたことになるじゃないか。何人助けたかなんて、気にする意味がないよ」


 そう言って、定期的に困窮者に炊き出しを行うジュールさんを尊敬し、手伝うようになったそうだ。出来る事をまずやる、それだけでも良いのだと思えるようになったそうだ。


「マノンは、僕にはない面白い考えで助言をくれるんだ。無理をせず継続して支援を続ける方法、という考えは実践させてもらっているよ」


 ジュールさんの力では、貴族や町の有力者から寄付を募ることが難しい。食事をしてくれた人に余裕があったら、少し多めに払ってもらって、それを炊き出しの費用にしているそうだ。


「炊き出しだけじゃないよ。お腹が減って困った時には、まずここに食べに来ればいいよ。お腹空いてたら何も出来ないさ」


 伯爵家として大きなお金を寄付することは出来る。でも、マノンはそうしない。


 私たちは食事を頂き、2人分ずつのお金を支払った。余分な1人分の料金が誰かの糧となるなら、こんなに素敵な使い道はない。学校の食堂や屋敷の腕の良い料理人が作る料理にもひけを取らない、とても美味しい料理だった。


 私たちはジュールさんが笑顔で料理を作る様子や、炊き出しをする様子の写真を撮った。


 ちなみに、急いで作って納豆臭が漏れ出る充電池は、外の植え込みに隠しておいた。


「まさか食堂に行くとは思わなかったね」


 私とナカムラは香草は常に多めに確保しておこう、と決めたのだった。

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