マノンがずっと思っていたこと
マノンが学校に復帰する頃には、端末も元の場所に戻り、みんなにまた使ってもらえるようになっていた。事件の影響で使用者が減ることを心配していたけど杞憂だった。むしろ増えたくらいだ。
侯爵夫人の指示通り、先生が毎日1回、不適切な投稿が無いかを確認している。投稿者も賛同者も明らかになる仕組みなので、今の所は1件も問題になるような投稿は見つかっていない。
「マノン、怪我はもういいの?」
はにかみながら教室に入って来たマノンに、私は飛びつくように駆け寄った。ハロルドとナカムラもすぐに気が付いて駆け寄って来た。他の級友たちも集まり、マノンの周りにはあっという間に人だかりが出来た。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
マノンが優雅に頭を下げた。
「大ごとになってしまたけど、怪我は大したことがないの。転んで、肘をひどく擦りむいたから、血がかなり出て騒ぎになってしまっただけ」
街で炊き出しの手伝いをしている時、並ぶ人の中に具合の悪そうな女性がいたそうだ。彼女に手助けしようとしたところ、女性が意識を失って倒れてしまい、体重を支え切れなかったマノンが巻き込まれるように倒れて怪我をしてしまったというのが真相だった。
折り悪く通りがかった衛兵が、身なりの良い貴族の令嬢の怪我を見て色めきたち、更に伯爵令嬢という身分が明らかになったことで、大ごとになってしまった。
魔道具の部屋に行き4人だけになったところで、マノンが再びナカムラに深く頭を下げた。
「ジュールのこと、ありがとうございました」
「母がやったことだから、気にしないで」
ナカムラが照れたように答えた。ハロルドをちらりと見ると目が合った。ハロルドも何の事か分からないらしい。触れて良いものか迷っていると、マノンの方から言い出してくれた。
「ヴィクトーにお願い事をしたの。今回の事件でジュールが責任を問われて投獄されそうになってしまって、侯爵家のお力をお借りしたの」
マノンはジュールさんの炊き出しを手伝っていた。伯爵家の令嬢が怪我をした責任を押し付けられてしまったジュールさんは投獄されそうになっていた。ジュールさん自身、マノンを傷つけてしまった事に責任を感じて一切の言い訳をしなかったことも悪い方に働いた。
侯爵家の力は絶大で、ジュールさんは罪に問われることなく無事に解放されたそうだ。
「本当は友達の力を、こんな形で使ってはいけないと思うんだけど、ヴィクトー、本当にありがとう」
「権力なんて、こういう時のためにあるんじゃないの? 誰かを傷つける使い方じゃないなら使えばいいんだよ」
マノンが、はっとしたような顔をしてナカムラを見つめた。
「父と⋯⋯同じことを言うのね」
(父? 伯爵?)
「前の世界のグウェンは、裕福な家に拾われたと言ったでしょう。その父が誰かを救ってお礼を言われると『金なんて、こういう時に使わないでいつ使うんだ。傷つく人がいるわけじゃないし』って返してた。自然にそういう事言えるヴィクトーが、将来侯爵になるのは楽しみだわ」
そうだ、ヴィクトーは将来、侯爵になる。偉い人になるのが決まっているのだ。
「俺も、困ったらヴィクトーを頼ろうかな」
「私も、私もよろしく!」
「おう、任せておけ!」
ナカムラが胸をはって得意げな顔をする。マノンも、少し遠慮がちではあったけど顔を緩めて笑ってくれた。でもまたすぐ、申し訳なさそうな顔に戻ってしまう。
「みんなに、謝らなければならない事がある」
まだ、何かあるのか。私たちの間に緊張が走る。
「みんなの事を、恵まれた環境で育っているから、私の本当の想いは分かりっこないと思っていたの。ヴィクトーとイリスは日本の恵まれた子供だったし、ハロルドだってビジネスで苦労はしていたでしょうけど、スラムで暮らすような苦労とは無縁だわ」
想像は出来るけど、本当に理解できているか私にも自信がない。
「でも、保護者たちにイリスが言った言葉をハロルドから教えてもらって、自分が恥ずかしくなったの。
私は自分だけがそういう苦しみを理解できる特別な人間だと奢っていたのね。私が保護者たちに話をしたら『分かっていないあなたたちに教えてあげる』という鼻もちならない姿勢が透けて見えてしまったと思う。
でもイリスは、保護者たちも『当然そういう考えを持っている』という前提で話をしてくれた。自分たちが善良な人間だと思われている、という敬意のようなものが伝わったから、受け入れてもらえたんじゃないかな」
褒められているらしい。私はマノンが奢っているようには思えないけど、マノンとしては何か思うところがあったのだろう。
「よく分からないけど、私も少しは役に立てたってことかな」
「少しじゃないわよ、ありがとう、イリス」
マノンがやっと、心からと思える笑顔を見せてれた。ハロルドとナカムラも、マノンの笑顔を見てほっとしているのが分かる。
フォーラム・ヴァージョン3、私たちの大事な魔道具。これからも活躍してもらわないといけない。
「ナカムラ、ミミズ捕りに行こうよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます