ポグちゃんのかわいくて白い頭
ハロルドの魔力を飛ばす回路についての研究は、成功の確率が高いらしい。彼が研究に専念している間は残り3人で端末の回路を組み立てることにした。
今のところ、端末は6個作ることにしている。それだけあれば生徒が集まる主な場所には配置できそうだ。
簡単に出来ると思っていた作業は、意外と時間がかかった。何せ作業ごとに膨大な確認作業を行う必要がある。
(組み立てる時間より、確認してる時間の方が長いわ⋯⋯)
大雑把な私には辛い作業だ。きぃーっと叫んでどこかに走り出したくなる。なので、最近はナカムラのミミズ当番までやっている。私がやるはずの確認作業を、ナカムラはブツブツ文句を言いながらも代わってくれる。
そんな感じで放課後は魔道具研究に費やしていたので、剣術部には全然行っていなかった。
◇
夏休みに入ってすぐの事だった。
「きゃーん! 可愛い、こっち向いて!」
暑いので、日が出る前にミミズを捕りに行った私は、土の上に顔を出したポグちゃんに遭遇したのだ。もごもご土が動いた、と思ったら土が大きく盛り上がり、一瞬白い頭がのぞいた。目が見えないと聞いていたけど、小さなつぶらな瞳が愛らしかった。もっとしっかり見たい、と思っているうちにすぐ引っ込んでしまい、じっくり顔を観察することはできなかった。
(朝早かったから見れたのかも)
一瞬とはいえ、初めて見たポグちゃんの姿に、気分が最高に盛り上がる。そんなうきうきの気分のまま、部屋を出たところで『おはよう』と声をかけられた。
(アレン先輩!)
紙の束を抱えていて、どこかに行く途中のように見える。先輩に会うのは、休み前に土まみれになっていた時以来で久しぶりだ。
「おはようございます。先日はありがとうございました。お借りしたハンカチは、夏休みが終わったらお返しするつもりです」
イリスモードに切り替えて完璧な挨拶をする。ポグちゃんの顔が見れて嬉しかったので、もう1箱ミミズを捕りに行こうとしていた。木箱とお箸は後ろに隠す。
(こんなに暑いのに、何て爽やかなの! 汗なんてかかないんじゃない? いい香りがしそう)
「ハンカチなんて、気にしなくていいよ。最近、剣術部に来ないね。会えなくて寂しいな。⋯⋯ここで何をしているの?」
「魔道具の実習をしています」
「前にも言っていた実習だね。夏休みなのに?」
本当はもう実習としては完了しているけど、説明が難しい。何となくそれっぽく説明することにした。
「大掛かりなものを作っているので、夏休みを使わないと完成しないのです。先輩はお休みなのに、領地にお戻りにならないのですか?」
大抵の生徒は実家の領地に帰る。私はポグちゃんもいるし、魔道具を優先しているので王都で過ごすことに決めている。
「僕の家は領地が無いから、いつも王都で過ごすんだ。暇だから、剣術の練習がてら先生の手伝いもしている」
アレン先輩の家は、あまり裕福ではないと聞いたことがある。何かしら国の為に貢献した先祖がいて、その褒賞として男爵という爵位を与えられたはずだ。名誉としての爵位なので領地がないのだろう。
触れてはいけないことを聞いてしまった気がするので話題を変えたいのに、先輩と共通の話題が思いつかない。廊下の向こうから、ナカムラ、ハロルド、マノンが歩いて来るのが見える。
「最近、先輩の剣術を見ることが出来なくて残念です」
少し下がった目尻に優しい光をたたえて、先輩は私の顔をのぞきこむようにかがんだ。先輩の赤い瞳に、うっとりした顔のイリスが映っている。
「今から、練習しに行くけど、一緒に来る?」
一緒に行きたい気持ちはあるけど、イリスの倫理観では先輩について行くわけにはいかない。稽古場に誰もいなかったら二人きりになってしまう。ハセコの倫理観では問題ないのだが。
「私、ミミズ捕りに行かないといけなくて」
「ミミズ?」
私は後ろに隠していた木箱と箸を先輩に見せた。
「えっと、魔道具に必要なので捕りに行くところなのです」
「じゃあ、練習が終わったら一緒に行ってあげるよ」
(えーと、何て言おう)
「ポグーの朝飯がないと、かわいそうだろう。ほら、行くぞ」
先輩の後ろから、ナカムラが声をかけてくれた。ヴィクトーの丁寧な口調ではなく、ナカムラの話し方だ。先輩は振り返ってナカムラを見ると、少し嫌な顔をした。今すぐミミズが必要ない事を知っているハロルドとマノンは微妙な顔をしている。
「君は、ヴィクトーだっけ。侯爵家のご子息だったよね。この前も、イリスと一緒にいたけど、仲がいいんだね」
「そうですね。先輩よりは仲がいいと思いますよ。ほら、よこせ」
私から木箱と箸を取り上げて、すたすたと歩きだしてしまった。先輩の誘いを角を立てずに断るチャンスだ。私は先輩に挨拶をすると、慌ててナカムラの後を追った。
(角を立てずに? いや、ちょっとナカムラの先輩への言い方にトゲがあった気がする)
恐らく、私のイリスモードにイライラしたからだろう。よく考えたら、ヴィクトーとイリスが二人きりになる事を、アレン先輩は誤解するかもしれない。
(まあ、私が誰と二人でいようが、先輩は気にしないか)
私はナカムラに並ぶと、ポグーの顔を見れたことを報告した。
◇
「いい? 行くよ」
ハロルドが廊下でカメラの突起を握り、魔力を注いだ。カメラはまた一回り大きくなっている。魔力を飛ばす回路を組み込んだのだ。
「出来た、マノン、どうだろう?」
教室の中で、本体のディスプレイを見ていたマノンが珍しく大声で叫ぶ。
「出たわ! 撮影したのはヴィクトーの顔ね!」
「いやったあぁぁーー!!」
ついに、魔力の情報を飛ばす事に成功した。ハロルドはほぼ毎日、研究院に通ってエレナさんと一緒に、魔力を情報とエネルギーとして飛ばす回路を作り上げた。
これについては、主任教授の指導のもと、エレナさんと共著で論文にまとめているそうだ。共著とはいえ、高等部の生徒の論文が研究院から発表されることになったら、10年に1度ほどしかない快挙となる。
この成功を受けて魔道具の構成が変更されることになった。
蓄電池と情報が入った本体は、人の出入りを制限できるこの部屋に配置する。
ディスプレイと入力装置は端末として要所に配置。数台のカメラも同じく要所に配置する。
併せて、毎日ポグちゃんの様子を気にする私のために、本体と充電池に、部屋の様子を映し出す監視カメラを加えてくれた。
「各所の端末から、このメンバーだけが見れるようにしておくから、いちいちこの部屋まで来なくてもポグーの様子が分かるんじゃないかな」
前世の監視カメラと違って便利なのは、魔力で視点を制御できるので監視カメラを固定した場所だけでなく、部屋の中なら、どこでもぐるりと見ることが出来る。もしかすると、また、ポグちゃんが顔を出すところが見れるかもしれない。
しかし、ここからが長かった。回路の構成を変えたので、膨大な確認作業をまた初めから行う必要があったのだ。
フォーラム・バージョン2が完成したのは、もうすぐ夏休みが終わろうという頃だった。端末はこの部屋に1個、食堂を始め学校の生徒が集まりそうなところに5個を配置させてもらった。
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