最終話 婚約破棄をしてくれたこと感謝いたします。
赤い目がこちらを睨んでいる。邪龍に飛び込んだ私は、かのものからブレスが飛んでくる。それは、大きな山を5つも消し炭にしたものだ。もう、避ける手段が私には残っていない。
そのまま、重力と共に落ちていくだけなのだから。まともにブレスの範囲に入り、美鈴の私を呼ぶ声が聞こえた気がした。翔輝に抱きつくと思えば、これくらいと笑いながら、邪龍の胸に飛び込んでいく。
……私の
翔輝が示した宝玉の場所に邪龍殺しの大太刀は刺さり、邪龍が悲鳴をあげる。苦しいのだろう。私は全身を使って、大太刀をさらに差し込んでいく。そこには、翔輝との想い出や交わした言葉、私の想いをありったけ込めて魔法に変えていく。
本来、この魔法は、七柱の神から力を得るものだ。最後にお願いした愛の神アフロディーテは、邪龍から翔輝を取り戻したい一心だった。願いを叶えてくれたと思っていいのだろう。八色の神の力をこの手にしたのだから。
……邪龍になんて、支配されないでください。翔輝はそんな心の弱い人ではないわ。私を救ってくれたのですから。戻ってきて、翔輝。
大太刀から手を離し、抱きつく。苦しむ邪龍は体をくねらせ、振り落とされそうになったが、もういいだろう。一緒に逝くと決めたのだから。
涙がポロポロと溢れてくる。私は魔力を全部使い果たした。邪龍の体の中を這いずり回っているのは、私の魔法だ。それが、邪龍の体を蝕んでいるのがわかる。ところどころ黒い鱗が取れ始め、邪龍の動きも緩慢になってきた。上へ上へと登り始め、厚い雲の上に出た。太陽が燦燦と輝き眩しい。目を細めてふっと笑っていると、今度は邪龍が落ち始める。
私は体力もつきかけていた。邪龍に抱きつく握力も何も残っておらず、邪龍とは別に落ち始める。
……翔輝より、先に私が逝ってしまいそうね。
苦笑いをして目を閉じた。耳に風切り音と隣で同じように落ちている邪龍を感じながら、終わったなと少しだけ安堵する。
「……ス!」
……翔輝の声? 幻聴かしら? ふふっ、こんなときに。
「ベス! 諦めるな! こっちを……俺を見てくれ!」
幻聴だと思っていた翔輝の声がはっきり聞こえ、私は声の聞こえた方を見上げた。そこには、邪龍の支配から抜け出した翔輝が邪龍とは別の体で私に手を伸ばしていた。
「ベス、手を!」
「……翔輝?」
「あぁ、そうだ。ベスが……ベスが俺を救ってくれたんだ!」
どういうことですの? でも、翔輝が生きている!
翔輝の伸ばした手を握ると、私を引き寄せ抱きしめてくれる。
あぁ、温かい。本当に、生きて……。
「ベス、今はまだ、涙は取っておいて。落下してるんだ。今はどうやってこの状況を打破するか考えないと」
「翔輝は、空を駆けることは出来ないのですか?」
美鈴と桃がしていたので、翔輝もできるだろうと思っていた。余程焦っていたらしく、頭からすっかり抜け落ちていたようで、「そうか」と呟いている。
「捕まっていて!」
「もちろん! 離せと言っても離しませんよ?」
「それは、嬉しいね。じゃあ、舌を噛まないように口を閉じていてね?」
コクコクと二回頷けば、体に体重の何倍もの重力がかかった。内臓がつぶれてしまうのではないかと思うほどの重力を今度は制御してくれる。
「大丈夫?」
「……おかげさまで」
コホコホと数回咳をしただけで、なんとか無事なようだ。シャドウが私たちを見つけて、駆け寄ってくる。私をシャドウに乗せてから翔輝も乗せてもらっている。大きく尻尾をブンブン振り回しているシャドウの頭を何度も何度も撫でた。下では、邪龍が山に落ちたようで、すさまじい地響きがしている。
「あっ、まずい! このままじゃ、地震が……」
「旦那、そこは手を打っておいたぞ?」
「……桃?」
「旦那様、おかえりなさいませ」
「美鈴」
「『厄災の魔女』も旦那様を守ってくださりありがとうございます」
二人が先を見越して、邪龍の落ちそうな場所に結界を張ってくれたらしく、地響きはしたが、その他に被害はないそうだ。ホッとしたように息を吐くと、翔輝が「あっちの山、なくなっちゃったね?」なんて、暢気なことを言い始めた。
「もう、翔輝は! こちらの身にもなってください!」
「あぁ、はいはい。ごめんね? まさか、死ぬとは思わなくてさ。あれで、邪龍の力の制御ができなくなっちゃって。それにしても、『厄災の魔女』ってどういうこと? 俺、聞いていないけど?」
後ろから抱きしめ、「ねぇ? ベス?」と甘えた声で聞いてくる。私は怒ったふりをして、「それより言いたいことがあるんです!」と鼻息を荒くした。
「言いたいこと? それなら、もう十分、俺の心に届いているけど?」
「どういうことです?」
「ほら……ベスが俺のことをあい……ふぐぐ……」
「何を言っているのやら? 私が言いたいのは、どうして私にあんな魔法をかけたのか知りたいのです!」
何か言いかけた翔輝の口を手で押さえつけたので、続きは聞いていない。美鈴や桃がいる前で恥ずかしいので言わないでほしい。翔輝だけが知っていれば十分なのだから。
「あぁ、あれね? 知りたい?」
「はい、それを問いただすために、私は翔輝を人に戻したのですから!」
「わかった。じゃあ、俺も話すから、ベスも教えてくれる?」
頷くと、翔輝は私に経緯を教えてくれた。魔法をかけたのは、やはり翔輝で、それを指示したのは元婚約者のクライシスだった。
「もう! どうして、早く言ってくださらなかったのですか?」
「……ごめん。なんか、言いづらくて」
「……今回は特別に許して差し上げます!」
「本当? 嬉しいな。それで、『厄災の魔女』だけど」
「そのままの意味です!」
ツーンとすると、「困ったねぇ?」と苦笑いする。そんな私たちを見て、美鈴と桃はどうしたものかとため息をついた。
私たちはこのまま、翔輝の故郷まで向かうこととなった。その道中、お互いの話をしなくてはならず、私の口癖「もうもう」が復活したことは翔輝以外、誰も気が付いていなかった。
◇
紅い衣装に身を包む翔輝を見ると、ドキドキする。私も婚礼衣装に身を包み、翔輝を見上げた。
「……目の色」
「あぁ、左目ね? 赤いままになってしまったね。邪龍の残りだ」
邪龍討伐から1年が経った。
国へ戻った翔輝は、邪龍がいなくなったことにより、王太子として復権した。同時に、私を『厄災の魔女』ではなく『救国の巫女』として受け入れ、王太子の婚約者として国内外へと通達を出してくれる。
私を探していた西の国にある実家から申し出があり、婚約の取り決め等の話し合いをと言ってきたらしい。実際、この国まで両親がわざわざ出向いて来たそうだ。翔輝が全て笑顔でよきにはからってくれたらしい。おかげで、私を捨てた両親とは、捨てられた日以来会っていない。
「どうして、私を拾ったのですか?」
「そうだね?」
私を見つめたまま、微笑む。
「一目惚れをした。クライシスは婚約破棄をしたがっていたし、俺はベスのことを気に入った。婚約破棄され失意のどん底なら、いつ死ぬかわからない俺でもベスは愛してくれるかな? って」
「それって、私の気持ちは置いてけぼりじゃないですか?」
「……それもそうだ。ごめんね?」
「いいですよ。思惑通りになってしまったので。今では、クライ様が婚約破棄をしてくれたこと感謝いたします。私には、やっぱりあの方は合いませんわ!」
「どうして?」と聞くので、それまでの話を聞かせてあげると、あははは……と苦笑いしている。
「ベスのもうもう言いたくなる理由がわかったよ。俺も気をつけよう」
「そうしてください。それと、もう、忘れましょう。今日は結婚式で新たな門出なのですから」
「もう、お互い過去には縛られないでおこう」
「そうですね」と笑いあう。二人を侍女になっている美鈴が呼びに来てくれたので、式場へと移動する。
「そういえば、クライシスの話さ?」
「過去は、忘れるのではなかったのですか?」
「最後に言わせて?」
「もう、いいですよ?」
わざとらしく「もう」と言ってみると、クスクス笑う翔輝。その笑顔が優しくて私も嬉しくなる。
「クライシスが何やらやらかして、伯爵家が取り潰しになったらしいよ?」
「まぁ! そんなことが?」
「ベスがあのまま結婚していれば、そんなことはなかっただろうけどね? そのぶん、ベスが苦労しただろうし、これでよかったんだよ」
「私は、これ以上の幸せはありませんよ?」
「なんたって、ベスは俺のことを愛してくれてますからね?」
ぱしっと翔輝の二の腕を叩くと、大袈裟に痛がった。コホンと美鈴が咳ばらいをするので、お互い表情をよそ行きに変えた。
そっと寄り添って私の耳元に翔輝が寄ってくるので「ん?」というと、「ベス、愛しているよ」と優しく囁いた。
邪龍の王子は、愛する巫女を。
厄災の魔女は、愛する龍神を。
二人が治める治政は、最も繁栄されたと語り継がれた。
the END
もうもうが口癖令嬢は、婚約者の手先の魔術師にもうもうに変えられてしまいましたが、婚約破棄をしてくれたこと感謝いたします。 悠月 星花 @reimns0804
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