第9話 絶対に忘れません!

「どうか私を置いていかないでください」

「その表情はさ、俺を信じてないな?」


 店を出てすぐの広場で後ろを歩いていた私は翔輝に声をかけた。

 翔輝はむすっと不貞腐れながら、俯き加減の私に近寄ってくる。足元に視線を落としていたら、急に両頬を挟まれた。むぎゅっと変な音が出そうだと考えていたら、そのまま上を向かされた。吸い込まれそうな黒い瞳を見つめ返すと瞼が閉じられた。その様子をぼんやり眺めていたら、唇に柔らかいものが当たる。


 !!


「ごめん、……でも、逃げないで」


 消え入りそうな声にハッとしたときには、頬にあてがわれた手も離れていき、翔輝とも少し距離が空いた後だった。

 ニコッと笑う翔輝が痛々しい。私が捨てないでと縋ったのに、翔輝のほうが捨てられた子犬のようだ。


「逃げたりはしませんわ。拾ってくれた恩にむくいます。ただ、あの、未婚の女性にキスは……その……」

「初めてだった?」


「えぇ」と答えるより早くに私の手を取り歩き始めた。握られた手の温かさを感じながら、翔輝の隣に並んで歩く。


「さっきの……忘れてくれても構わないよ。その……」

「いいえ、覚えておきます。絶対に忘れません! 私に一目惚れをしたのですよね?」

「……あぁ」

「どこにその要素があったのかは分かりませんが、私を救ってくれたこと、心より感謝していますから」


 微笑むと翔輝も返してくれる。いつぶりだろと思うほど、穏やかである。1ヶ所を除いては。


「東の国へとこれから長旅になりますね。どうやって向かうのですか?」


 私は心の中でドキドキと心臓が早鐘打っているをそっと隠した。翔輝にこんな私が選ばれるわけがないのだからと、ホワホワとしている気持ちに蓋をして諦めたのだ。


 さっきのもいい思い出。大切にしまっておこう。私もこれ以上、踏み込まないようにしなくては。


「そうだな」と翔輝に話を聞く限り、3ヶ月の旅路になりそうだった。ただ、それは、私という荷物がいなかったときの話だったので、参考程度に聞いていた。


「一応だけど、本当は2ヶ月もかからない。歩いて行くとはいえ、ベスも俺も身体強化を使えるから山道……というか、獣道を通っていくから。耐えられるよね?」

「……善処はしますが、演習程度の私に踏破は可能ですか?」

「うん、大丈夫。先を急ぐ旅ではないから、3ヶ月と言ったけど、もっと時間をかけてもいいんだ」

「なら、大丈夫ですかね?」

「心配しなくても大丈夫だよ。時折、街には寄って食料補充とかしないとだし、野宿ばかりだと体が疲れてしまうからね」


 旅の説明を聞きながら、なかなかの過酷さを感じた。翔輝はこちらに留学へきたときも同じようにしたらしい。途中、迷うと困るからと半年くらいかけたらしいが、それでも時間が余ったのだと笑う翔輝に苦笑いを返した。通常、年単位の移動になるはずだと思っていたからだ。

 入学式までの間はぷらぷらと周辺の国や領地なんかを見て回ったらしい。その話はとても魅力的である。私が住んでいる王都にも滞在していたこともあるらしく、「いい街だったな」と呟いた。

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