第13話 誰もこんな牛のような私を連れ去ろうなんて考えませんよ?

「そういえば、さっきの音はなんだったのですか?」

「結界に触れた音だよ」

「結界に? 私が触れてしまったっということですか?」


 私は周りを見渡す。目に見える結界は、遠い場所でゆらゆらをシャボン玉のように虹色に揺れている。それに外から触れた様子はなかった。そうすると、別の結界があって、それに触れたのではないかと考えたのだ。


「ベスには言ってなかったね……二重結界になっているんだ。まず、周りに見える結界はわかる?」

「はい、あの七色に輝いているのがそうですよね?」


 確認をとれば、翔輝が頷いている。その他にも内側に結界があることを翔輝は言っているのだ。それには、どんな意味があるのだろうか? と、考える。


「テントとこのこの場所を中心に、もうひとつ張ってある。いわゆる、対人ようの結界」

「対人用ですか?」

「うん、ここは山の中だから大丈夫だとは思っても……さ。ベスも女の子なんだから、変な人に攫われたりしたら、困るだろう?」

「誰もこんな牛のような私を連れ去ろうなんて考えませんよ? ここは人が住む場所より遥かに高地ですよ? そんな奇特な旅人は私たちだけです」

「言われると、そうなんだけどね……ベスがいなくなる可能性もあるし」


 ……私がいなくなる可能性? 何でしょう……? お花を摘みに行くとかさっきみたいに動き回られては困るという意味でしょうか?


 読み取れない翔輝の表情を見ながら考えてみたけど、何も思いつかなかった。


「……私が翔輝から離れることはありませんよ。翔輝が私を置いて行くことはあるかもしれませんが」

「それはない! ベスを置いて行くだなんて!!」

「それならよかった」


 少しずつ飲んでいたハーブティーを飲み干したので、もう少し仮眠するよう翔輝を促すと、不安そうに「どこにも行かない?」と聞かれた。元々、どこにも行っていないのだが、「どこにもいきませんよ」と答えると安心したようにテントに戻っていく。その後ろ姿がいつもより幼く見えた。

 使ったかポットとカップを洗う。淹れたハーブを火にくべると少し火力が弱くなったが、しばらくすると戻ってくる。あたり一面、優しい香りに包まれ、私は先程からしようとしていた薬の調合を始める。傷薬はあったので、頭痛や鎮痛剤など思いつく限りのものを作っていく。生の薬草なので、火であぶって水分を飛ばしたりしながら、静かな夜を過ごした。


「ベス、交代の時間だよ」


 薬作りに没頭していた私は、翔輝に声をかけられるまで、気が付かなかった。顔をあげ、たくさん並ぶ薬に驚いたくらいだ。


「ずいぶん、たくさん作ったね?」

「えぇ、少し没頭しすぎたようですね……薬草ももうありませんわ!」

「もしかして、さっき、薬草を取っていたの?」

「はい、そうですけど?」


 きょとんとしながら翔輝に答えるといきなり笑いだす。何のことだかわからない私は、そんな翔輝を見つめるだけだ。


「ごめん、ごめん。気がつかなくて。ベスは薬が作れるんだね?」

「習ったことがあるものや、常用するようなものであればですけど……」

「なるほど……」


 手に取ってみている陽翔。うーんと唸りながら、何度か頷いている。


「品質がとてもいい。もし、薬草を揃えたら、薬作りは続けてくれる?」

「もちろんですけど……それほどいらないのではないですか?」

「それは……卸せばいいから大丈夫。商人としても活動しているから、そのあたりは俺に任せておいて。ベスはもう仮眠だね。俺はこのあたりで採れる薬草を見ておくから、交替しよう」


 私はテントへ行くよう言われたので、素直に従った。まだ、翔輝の温もりが残ったままの寝具の中へと入ると、ストンと夢の中に落ちていく。仮眠といえど、守ってくれている人がいると安心して、ゆっくりと眠った。

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