第14話 私と夫婦だなんて、
旅を始めて2週間した頃。山道を爆進していた私たち。食料もつきかけ、町へと降りた。初めてくる国外の町。賑やかな町では、少し嗅ぎ慣れない香りと食欲をそそるいい匂いがしてくる。
ぐぅ……となるお腹をさすると、翔輝が笑いだす。
「……、ベ、ベス……。すごい腹の虫だ!」
「もう! そこは聞き流しておいてください!」
ポカポカと腕を叩いてやると翔輝は「痛い、痛い」と大袈裟に痛がり戯れる。ふくれっつらの私に「ごめん」と謝ってくるが、プイッとそっぽを向いた。たまたま、視線の先にあったのは香ばしい匂いをさせた香草焼きだ。じっと見つめているのがバレたようだ。
「おじさん、2本ちょうだい!」
「まいどあり!」
串に刺さった香草焼きを私に差し出して「食べて」と言う。道の真ん中で、食べ歩きなどしたことがなかった。戸惑いながら、翔輝から串を渡してもらうと、香草焼きを見つめた。
何を躊躇っているの! 私はもう、お嬢様じゃないんだから!
自分に言い聞かせたあと、目をつぶってかぶりついた。今までそんな行儀の悪いことをしたことがなかったが、口に入れた瞬間にわかる。じゅわっと広がる肉汁に鼻から抜ける香草と肉の香ばしい匂い。肉を噛んだときの旨みが体に染み渡るようだった。
「……美味しい! いくらでも入りそうですね?」
「気に入ったならよかった。お小遣いあげるから、少し店を回って歩くといい」
「えっ?」
「一人で出歩くのも初めてだろ?」
「えぇ、そうですけど……」
翔輝から皮袋に入った小銭をもらう。中身を確認するように広げたら叱られた。
「こんな人通りの多いところで開けない。本当にお嬢様育ちだな」
ため息をつかれたことに私は情けなくなる。世間の常識が私にはわからないのだ。翔輝のいう言葉は私にのしかかってくる。
……世間知らずで育ったって言われているのね。お金なんて、ほとんど使ったことないもの。
俯いて翔輝が言った意味をよくよく考えた。皮肉めいた言葉の中にも、優しさはある。知らない私のために叱ったのだから。
「ごめん、言葉がきつかった」
「いえ、私が世間知らずなだけです。ダメなところがあれば注意してください」
精一杯の笑顔で笑いかけると、ぎゅっと抱きしめられる。驚きはしたが、嫌な感じはせず、耳元で「ごめん」ともう一度謝る翔輝。
「翔輝が悪いことをしたわけではありませんから、何度も謝らないでください。それより……今の状況のほうが恥ずかしいです」
道の往来で抱きつかれているのだ。みなに見られ揶揄われる。あははと笑いながら離れていく翔輝が、揶揄う町の人に応戦していた。
私はその場から駆け出す。追いかけて私の腕を掴んだ翔輝。心配するように「どうした?」と聞かれたら戸惑う。
「もう! 翔輝のせいで揶揄われたじゃないでしか!」
「嫌だった?」
隣を歩く翔輝は覗き込むようにこちらを見てくる。揶揄われたことも嫌だったわけではない。口元の端が上がっているのを見れば、叱るに叱れなかった。照れ隠しに私は翔輝には答えず、「行きますよ!」と大きな体を揺らしながら先を歩くと後ろを追いかけてきた。
「怒ってるの? 俺と夫婦なんて間違われたから」
私は立ち止まって後ろにいる翔輝を睨み上げる。いや、実際は睨むつもりはなかった。ただ、恥ずかしさのあまり、キッと見てしまっただけで。
「ベス、急に止まった……ら……って、怒ってるじゃん! ごめん、ごめんな?」
「……お、怒っているわけではありません!」
「それ、怒ってないやつの声じゃないよ?」
「それは、その……」
ごにょごにょと言うと、「聞こえない」と返ってくる。視線を外らし、再度、ごにょごにょ……と言えば、んーと唸っている。
……困らせているのね。どうしましょう? 恥ずかしくて……なんてこれ以上言えないわ。
「じゃあ、怒ってないってことでいいんだよな?」
「……えぇ、そうよ!」
「これからも町に出ることもあると思うから、設定を考えていたんだけど、ちょうどいい」
こちらを見ている翔輝は悪いことでもしようかな? とでも言うふうである。
「これから、何か言われたら……夫婦だと言おう。貴族のお嬢様だったけど、親に結婚を反対されて駆け落ちしてきたんだって言うのはどう?」
「どうと言われましても、私と夫婦だなんて、翔輝が不名誉ではありませんか?」
「どこがだよ。俺なんて……あきらかに嬉しい」
本当に嬉しそうに笑う翔輝にこちらの方が困惑してしまう。お腹をそっとさすりながら、私は少し前の私を思い出し視線を落とした。
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