第15話 「東国伝記」

 翔輝にお小遣いをもらい町をぶらつく。旅の買い物をする前に用事があるからと、お昼に広場にある噴水前で集合するようにして別れた。


「いざ一人になると、どうしていいのか困りますわ」


 時間を持て余し、周りを見渡す。どこも活気があり、露店の商人がお客を呼んでいる。王都を歩くことすら少なかったので、どれを見ても新鮮で面白く感じる。何より、私が貴族令嬢だということを知っている人がどこにもいないので、自由でいられた。

 旅に関しての準備は全て翔輝がしてくれたので、不自由は感じていない。もらったお小遣いの使い道も考えながら露店を見ているとアクセサリーの店を見つけた。


「お嬢さん、どうだい? いい品揃えしてるから、見ていってくれよ!」


 元気なおじさんに声をかけられ、私は露店を商品をみる。どれもこれも一級品からは程遠い出来栄えで、私が持っていた宝飾品に比べれば安っぽい。

 普段なら手に取らないだろうペンダントに手を伸ばした。コインが半分に割れているようなペンダントトップを不思議そうに見た。


 何故、割れているのかしら?


 私の感覚では到底わかりっこないそれを手の中で転がしていると、商人が話しかけてくる。買ってほしいのだろうが、別に……ほしいとは思わなかった。


「お嬢さんは目利きかい?」

「どう言うことです?」


 いきなりの言葉に、私は思わず反応をしてしまった。しめたと思った商人は私にこのペンダントを買わせるため、前のめりに話し始める。


「これは、東の国にいると言う邪龍が踏んで割れたと言われるコインだよ! ひとつを自分に、もう一方を想い人に持ってもらうと恋が叶うという代物だ」

「そんなバカなことありませんわ!」

「バカなことがどうかは、自分で試してみてくれ。私がかかぁと出会ったのも結婚したのもややこがいるのも全部これのおかげ!」


 いかにもな話をするが、その邪龍というものも信じられない。


「邪龍が踏んだとして、それらを一個ずつ拾ったてことですの? 邪龍って……何かしら? ドラゴンのようなもの? そっちほうは信憑性のない話ですね?」

「まぁ、そう言わずに」

「それより、東の国はそう言う魔物がいるの?」

「お嬢さんは西の人かい?」

「えぇ、そうね?」


 世界中を回ったことはないが、この世界には文化圏の違う国が多数あることは知っている。私が住んでいた国は西の国と言われている。逆に翔輝と向かう国は東の国に当てはまる。同じ龍と言うものでも、私が思い描く龍とはどうやら違うようだ。


「蛇のようなものですか? 私が知っている龍はトカゲのような……」

「文化圏が違うと全く別物。東の国では龍は神として扱われる」

「神……ですか? でも、邪龍って……」

「その邪龍も昔からそうだったわけじゃないんだよ。ずっと昔の神話時代に遡るかもしれない。邪龍には、一対となる龍がもう一体いたと言う話だ。詳しいことは……」


 カバンをガサガサと始める商人を訝しんで見ていると一冊の古い本が出てきた。表紙に「東国伝記」と書かれたそれを差し出された。


「それを買ってくれたら、これもつけよう。東の国のことが書かれている」

「でも、それって……」

「何度も何度も読んだ。ボロくなるまで……中身は頭に入ってるから、興味があったらと思って」


 私は手にあるペンダントを見て、差し出された本とを見比べた。古くなった本にどれほどの価値があるのかはわからない。ただ、興味がわいた。


「いくらになりますか?」


 商人に値段を聞き、安いのか高いのかわからないままお金を払う。騙されたなら、それは私が悪い。今まで人任せで生きてきた代償だ。「ありがとう」と店を去る。ペアになっているペンダントの片方を私は首から下げ、もうひとつのペンダントと本を鞄に入れる。

 途中で、食べ物と飲み物を買って広場へと向かう。待ち合わせまでにはまだ時間は十分あったのだが、その古びた本を早く読みたくて仕方がない。

 私は広場のベンチに腰掛け、昼食と本を鞄から取り出す。片方の手にはパン、膝の上には本を置く。古びた本の手触りはあまり良くないのだが、何度も読みこまれていることに胸が躍った。パンを齧りながら、「東国伝記」の表紙をめくったのであった。

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