第16話 俺が弾かれるの……?

 夢中になって本を読んでいると、急に影ができる。ゆっくり視線をあげると、そこには翔輝が笑っている。


「何読んでるの?」


 気になるのか、覗き込んでくるので、表紙を見せた。


「東方伝記? そんなの買ったの?」


 不思議そうに表紙を見ながら「ボロボロだね?」と呟いている。私は鞄からコインのペンダントを取り出した。手のひらに乗せて翔輝に見せる。


「これは?」

「これとペアになっているそうですよ? それを買ったら、これをくれるというので買いました。よかったら……どうですか?」

「半分のコイン。それなら、もっといいものを作ったのに!」

「そういえば……宝飾品の作り方を教えてくださる約束でしたね?」

「あぁ、そうだよ。まぁ、でも、いいや。ベスがくれるっていうならもらうよ。はい、かけて」


 翔輝はニッコリ笑ってこちらに首を出してくる。手に持っていたペンダントを翔輝の首へとかけるとちょうど胸元へ半分のコインがぶら下がった。


「騙されたとかは思ってる?」

「まぁ、ぼったくられた気はしています」

「そう、ならよかった。でも……見たことがあるなぁ? このコインって何かいわれがあるの?」

「東の国には邪龍がいるのですか?」

「えっ?」


 翔輝が一瞬にして緊張した面持ちになった。私はそんな翔輝を不思議に思ったが、それ以上はわからないので、説明を続ける。


「私の考える龍って……トカゲのようなものなのですけど、」

「あぁ、ドラゴンね。滅多にお目にかかれないものだね?」

「そうです。でも、東の国では蛇のようなものだと聞きました。その邪龍が、暴れたときに、このコインを踏んで割ったとか。それをペンダントにしているそうです。二人で持つと両お……」


 商人に聞いた話をしようとして、言葉を噤んだ。『両想いになる』なんて、言えない。急に話を辞めた私を訝しみ、コインと触っていた翔輝がこちらを見る。黒目に映る私は若干焦っているように映り、そわそわしている。


 ……変に思ったかしら? それとも東の国の人だから、知っているのかしら?


 翔輝の表情を見ても、何もわからない。感情によって表情の変わる翔輝は未だ緊張したままだったので、笑い方もどこかぎこちない。


「どうかした?」

「いえ、なんでもありません。二つ買わないと、本がもらえなかったので、買ったまでですから」

「そう。これから、これをずっとつける?」

「そうですね……せっかくですから、付けておこうかと」


 翔輝は頷いたあと隣に座る。コインをまじまじ見ながら「そうだな」と呟く。その他にも何か呟くと、コインは光った。


「何かしたのですか?」

「ベスが買ったこのペンダントは本物らしい。ベスのも調べていいかい?」

「もちろんですけど……それは?」

「邪龍の魔力が残っているか確認したんだよ」


 私はペンダントを取ろうとしたが、そのままでいいと言われたのでコインの部分を翔輝に渡した。すると、こちらも光る。


「これも本物だな。コインを割るようなことって……したかな?」

「何か言いましたか?」

「こっちのこと。せっかく魔力があるから、これに守りの加護をつけよう。ベスも魔法は使えるし戦えるけど、咄嗟のときに守れるように。俺がいつも側にいるとは限らないし……」

「加護ですか?」

「あぁ、簡単だから、少し待ってて」


 私のコインに向かって何かを呟くと黒い光から赤い光に変わっていく。見たこともない魔物のような、それでいて神聖なもののような何かが現れた。それをジッと見ていると消えていく。コインの光が当たったのだろう。翔輝の方を見たとき、一瞬だけ瞳が赤く光った。


「これで大丈夫」

「翔輝のほうには加護はしないのですか?」

「あぁ、俺のほうね。そうだな……これが一番の加護かなぁ?」


 そういって、私を抱きしめる。急なことで驚いてしまった。危険を感じたわけではないのにペンダントが翔輝を弾く。


「おぉ? 俺が弾かれるの……? それってさ……」


 恨みがましくコインを見てぶつくさ文句を一通りいうと「まぁ、正常に加護が動いたね」とため息をついた。


「あの……どういうことですか?」

「ベスが俺を拒んだんだろ?」

「そんなことは……ビックリしただけで、その……」

「あぁ、じゃあ、今から抱きつきますね! って言ってからなら大丈夫?」

「そ、そういうことではありません!」


 慌てて立ち上がって距離を取ると「悲しいなぁ……」と俯きながら翔輝がごちていた。そんな翔輝に「昼食は食べましたか?」と尋ねると首を横に振る。さっき、買ったパンを鞄から取り出し、「おいしかったですよ」と渡した。

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