第17話 世界を?

 翔輝の昼食を食べ終わるまで待ち、買い物へ出かける。今日はこの町で泊まることになるから先に宿屋の確保に向かった。


「部屋は……ふた……」

「一部屋でお願います! ベッドは二つあるといいのですけど……」

「あら、新婚さんぽいのに……別々のベッドかい?」

「えぇ、私の寝相が悪くて……」


 恥ずかしそうに理由をいえば、翔輝の方を気の毒そうに宿屋の主人が見ている。この巨体に踏まれる想像をしているのだろう。野宿をしていたから、交替で仮眠をとっており、今まで一緒に寝たことすらないのだが、宿屋の主人が憐れむのも頷ける。


 これが一番怪しまれないものね。


 納得したように私はニコリと笑うと、翔輝の方が何だか不機嫌であった。

 部屋に通され、荷物を置くと、ベッドに座り込む翔輝。そちらを見ると、少し怒っているようだ。


「どうして、一部屋なの?」

「その方がいいかと思って。宿屋の料金を考えても二部屋取るより一部屋でベッドが別々の……」

「ベスはわかっていて、そうしてる? 俺って、男としてみられてないとか?」


 鋭い視線にドキッとしたが、私は首を横に振る。翔輝のことを信用している以前に、私がそういう対象ではないと考えていた。


「俺、ベスのこと抱けるよ? 危機感なさすぎない? 信用してくれてるのかもしれないけど」

「私がそう思わないのです。翔輝は私を憐れに思っていて、一目惚れなど言ったのではないですか?」

「そんなことない! 俺は、ベスのことを知っているし、本当に……」

「私を知っているのですか? 今の私を知っているのですよね? そうじゃなければ、翔輝は何者ですか?」

「もういい!」


 出ていこうとする翔輝の腕を掴んだ。今、出ていったら、明日の朝まで戻ってこないだろう。


 逃してあげませんわ!


 掴んだ腕に痛みがあったのか、翔輝の体が傾いた。その隙に私は近寄る。


「どこか痛むのですか?」

「……大丈夫」


 私は翔輝の腕を掴んだまま袖を捲ると、そこには包帯が巻かれている。今までの道中、怪我をするようなことはなかったはずなのにだ。午前中離れた間にできた傷なのだろうか? とも思ったが、血も滲んでいないため違うだろう。


「一体、この包帯はなんですか?」


 そっと包帯を取ろうとすると、手を引っ込めようとするので、私は離さなかった。そのとき、包帯が緩みハラリと落ちていく。あらわになった腕は黒くなっており、鱗のような紋様になっている。


「翔輝!」

「……ベス、見ちゃったね」

「これは何なのですか?」

「龍化だよ。俺の国の成人は18歳。あと数ヶ月で俺ももれなく誕生日を迎え、龍になるんだ」

「止められないのですか?」

「あるにはある。正の龍化なら、巫女がいて巫女との契りにより龍にならずにいられる」


 私は翔輝の国のことをよく知らない。龍というのだから……と思い出したのは「東国伝記」。そこには龍のことが書かれていた。東の国では神として崇められる。東の国の王はこの龍の化身だと書かれていた。


「翔輝は神なのですか?」

「まぁ、ある意味では神かな?」


 痛みが和らいだのか、少しだけホッとしたような表情に戻る。ベッドに座らせ私は下から見つめた。


「ベスの考えている神は全知全能のものだろ?」

「えぇ、宗教文化の違いだと思いますわ。東の国は龍を神だと崇め、王を化身としていると、あの本で読みました」

「なるほど、あの本もなかなかどうして役に立っている。ただのボロい本ではなかったんだな」


 ふぅ……と息を吐き、呼吸を整えた翔輝はいつものようだ。安心はしたものの、やはり気になる。


「その表情はさ、気になるってことだよな? 身分証のこと覚えている?」

「もちろん、とても綺麗な桜という花を覚えています」

「そう、俺の国は春になったら、あの花が咲く。春を待ち、パッと咲いてパッと散る。俺の人生のような花だ。俺は18歳までの生しか生きられない。それ以上を望めば……」


 唇を噛んで、それ以上を言葉にできない翔輝。私は「大丈夫ですよ」と抱きしめる。


「翔輝に合う巫女が存在しないということですか?」

「……あぁ、そうだ」

「巫女とはなんですか?」

「龍化を抑える特別な力を持ったものだという。この数年、国内外、たくさんの人にあったが、俺の巫女になれるものがいない。このままだと、世界を……」

「世界を?」


 おうむ返しに聞くがそれ以上は答えてくれなかった。翔輝の表情を見る限りではただ事ではなく、私に何かできないかという焦りのようなものが心の底から湧き上がってきた。

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